310話 悪魔のプライド 03
メジャー契約が決まった時、そりゃもうメンバーは喜んだ。
けれど、俺が予想していた『狂喜』『狂乱』とは、かなり異なっていた。
”やったぜ!!
これで安心して、この面子で『音楽』がやれるよな!?”
一番のお調子者なエイブランが、真っ先に放った言葉。
これは、バンド活動する全ての連中が抱える『悩み』、『思い』だ。
アマチュアには、”食っていけないから”と脱退するメンバーがいる。
”もっと上に行く為に”と、誰かが首を切られることもある。
需要に合わせて本来の音楽性を変え、『場繋ぎの誰か』を探し。
結局何がやりたかったのか、自分達でも分からなくなり。
そうやって情熱を失った瞳でステージに立つ奴等が、ごまんといる。
”その心配が無くなった”と喜ぶメンバー達に俺、不覚にも泣いちまったよ。
ドイツへ来て良かった。
こいつらと組めて、本当に良かった。
心底そう思った。
───勿論、これで何もかもが安泰、という訳じゃあない。
《レーベルの飼い犬》。
上がりたくても上がれない奴等からは、やっかみ込みでそう揶揄されるけど。
その表現は、正しいとは言えない。
所属アーティストは、ペットや愛玩動物とは違う。
稼げなかったら、もしくは稼げなくなった場合は、即座に捨てられる。
微塵も容赦は無い。
アルバムを何枚リリースしていようと、そんなものは関係無い。
そして。
放り出されるような奴はそもそも、食っていけるような額の印税も入らない。
たちまち、アマチュア時代に逆戻りだ。
ヘタに『上』を知った分、謙虚にマジメにやっていくのも難しい。
これから俺がやらなければいけないのは、ガッチリ稼ぐ事。
もしもの時に今のレーベルから離脱する為の、軍資金。
裁判で争ってでも他所と契約可能なだけの、『体力』を付ける事。
リーダーは、色々考えなきゃ駄目だからな。
自分達をスーパースターだなんて思ってたら、すぐに終わってしまうぜ。
「あの!どうでしたか、皆さん?」
「いいじゃん、いいじゃん!」
「これ、MVでも使えるだろ!」
「ランツェ的には、どうだった?」
「すっごく、楽しいです!」
うんうん、いいな。
確かにこれは、上手くハマったかも。
ルッセの言う通り、近い内に撮影されるMVの中盤あたりで映えそうだ。
もっとも、作製は映像作家だから、バンドの意見が反映されるかは不明だが。
案外、あっさり採用されそうな気もするなぁ。
そんな想像と同時進行で、さて次は何を演ろうか、と考えていた時。
───バタンッ!!
鍵を掛けていた筈のドアが、荒々しく開かれ。
予期せぬ『乱入者』が現れた。
「お前ら、『MAXWELL Zwei』だな?」
片手に、黒いステッキ。
燕尾服。
冗談みたいな高さのシルクハットを被った、老齢の男。
『それ』は、呆然としている俺達に構わず、ズカズカと進んできて。
「人間に───やはり、天使か───いや、それはいいだろう。
そんな事は、重要ではない」
聞こえよがしな独り言。
じろり、と周囲を睨めつけた後。
男が持つステッキの先端が、びしり、と俺の方を指した。
「おい、お前!分かっているな!?」
「───え?」
「HMAだ!《加盟料》を払え!今すぐ!
四の五の言わさんぞ!
この場で即、速やかに支払ってもらおう!!」
皺深い顔面。
赤い目を、カッ!、と剥いて怒鳴る『それ』は。
『こいつ』は───人間じゃあない。
『悪魔』だ。
「いきなり何だよ、このオッサン」
「著作権とか、そういうのか?」
「難しい話は、会社としてくれよな」
高飛車で傲岸な物言いに、眉をひそめるメンバー達。
いや、その。
”分かっているな”、と言われても!
俺にはさっぱり分からない。
何の事だよ?
『HMA』ってのがまず、何の略なんだ?
───とにかく、これはヤバいぞ。
ぽかん、と口を開けたままのねーちゃんは、ともかくも。
他の連中の前で『悪魔絡みの話』は、勘弁してくれよ!
”兄貴と契約してギターが上手くなった”のも、冗談で通してんのに!
これ、どうすりゃいいんだ?
何か払わなきゃいけないらしいが、何をどれだけ払えって?
『ドッキリ』とかならもう、ネタバラシしてくれよ。
「あ」
冷や汗をかきかき、俯いていたら、ルッセの声。
「閣下??」
「うわっ、閣下だ!どうしたのさ!?」
視線を上げれば、開きっ放しのドアの向こう。
入り口に、『閣下』が立っていた!!
「やあやあ!!『マクツヴァ』の諸君、息災かな!?」
記憶通りの声質と、大声量。
青地にハイビスカスが咲き乱れた、アロハシャツ。
膝丈の白いワークパンツ。
素足に履いているのは、ええと、確かアジアの、《ゾウリ》だっけ?
「まあ!閣下、お久しぶりです!
お元気でいらっしゃいましたか?」
「おお、ランツェ嬢!!元気も元気!!
だが、この暑さは流石に堪えるなぁ!
フハハハハハ!!」
目がハートマークになったねーちゃんと、豪快に笑う閣下。
《閣下》は、超・大物ミュージシャン。
しばらく前、日本の音楽祭に呼ばれた時に、共演した間柄だ。
あの時もねーちゃん、とんでもなく舞い上がってたよなぁ。
投獄される前、地上への滞在許可を申請していた、とかの話だけど。
その目的の1つが、閣下と会う事だったらしい。
今日はステージの上じゃなくプライベートで、しかもラフな格好。
それでも、閣下の存在感は半端じゃない。
カリスマとかオーラとかってのは、こういう事なんだろう。
「ああ、これ『差し入れ』な!
それで、あ〜〜、何だ───今、取り込み中だったか??」
閣下がぶら下げていたビニール袋をケーニヒに手渡し、首を傾げたところ。
燕尾服の奴が、がし、とアロハの裾を掴んだ。
「おい!ちょっと、こっちへ来い!!」
「んん〜??」
「いいから、来いッ!!外へ出ろッ!!」
え?
な、何だこれ?
どういう展開なの??
長帽子の野郎に引きずられていった閣下が、後ろ手でドアを閉める時。
一瞬だけ振り向いてこちらへ、ニヤリ、と笑った。
───おお!
───めっちゃカッケーなぁ!
とにかく助かったぞ!
多分もう、大丈夫だ!
結局『HMA』が何なのか、さっぱりだし。
俺は少しも、事態が飲み込めてないけど。
突如現れた閣下が、華麗に全て収めてくれそうな気がする。
そうであってほしいな。
頼むよ、ホント!!




