表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
310/743

308話 悪魔のプライド 01


【悪魔のプライド】



皆が彼女を、”天使だ”と言う。


明るい金色の、ゆるく波打つ髪。

通りを歩けば誰もが振り返る、息を呑むような美貌。

落ち着いた佇まい。


美形にありがちな他者を拒絶する要素は、どこにも無い。

怒ることも、誰かを(おとし)める発言もしない。


どんな悪意でさえ、彼女は(ゆる)してしまう。

『正しさ』以外も、腕を広げ優しく受け止めて。

その中に隠された小さな『正しさ』を共に見付けようとする、寛容性。

包容力。


やや下がり気味の目元。

笑った時の、あどけない瞳の輝き。

そういう子供らしさ、愛らしさが彼女の雰囲気を柔らかくしている。


まるで。

それはまるで、『本物の天使』のように。




───細くしなやかな指が、楽器を持った。


───(かす)かに、息を吸い込む音。


───桜色の唇に、その先端が当てがわれ。





ペ〜〜〜。


・・・もう一度。


ペ〜〜〜。



「あああっ・・・」



俺を含むメンバー全員、同じ声を上げて。

たまらず、膝から崩れ落ちた。



おいおい。

そりゃないよ、幾らなんでも。


普通は、『ピーー』って鳴る筈だろ。

笑いを取るにしたって、『プーー』までが限界で。


『ペ〜〜〜』って、何だよ。

『ペ〜〜〜』って。


足に力が入らねーよ。



「・・・縦笛(リコーダー)も、駄目か」

「・・・控え目に言って、才能が無いな」



ドラムス担当のルッセとキーボード担当のエイブランが、口々に言う。


まあ、こいつら、言葉が出るだけまだマシだろう。

ベースのケーニヒは床に手を突いたまま目を()き、動けないでいる。




───木曜昼下がりの、貸しスタジオ。


メジャーレーベル所属となった俺達は、以前よりも練習回数が多くなった。


いや、これは急にマジメになった、とかの話じゃなく。

指定店舗でのレンタル料金を、月8回まではレーベルが出してくれるからだ。


つまりは、金。

何と言っても、とにかく金だ。

レーベルと契約して助かったのは何よりも、こういう部分。


気軽に『音出し』が出来るようになった俺達は、頻繁に顔を合わせ。

こんな具合に、練習のような打ち合わせのような場を持つ事も可能になって。



ただし。

本日の俺達は、初っ端(しょっぱな)から非常に難航している。




───もはや、楽器(ネタ)が尽きた。


トライアングル。

タンバリン。

カスタネットに、ハーモニカ。

アコーディオン。

マラカス。


一通り試してみたが、どれもイケてない。


上手いとか下手以前に、何故かまともな音が出ず。

打楽器系もリズムがヨレヨレで、聴いていると酔う。


もっと正直に言うと、吐き気に襲われる。


流石に、ライブでの演奏は不可能。

アルバムに入れる為に録音(レコーディング)しても、こんなのを他のトラックと重ねられない。



「なあ、ランツェ。やっぱり、楽器はやめた方がいいんじゃないか?」

「歌はすっげえ上手いんだから、無理に頑張らなくてもさ。」



ルッセ達の言い分は、もっともだ。

『天』はそう簡単に、3物も4物も与えたりしない。

幾らねーちゃんが『天使』だからって、全てを完璧にこなせる訳ないだろ。



「───でも───寂しいんです」


「「え?」」



しょんぼりと項垂れたねーちゃんの言葉に、2人分の驚きが重なる。

ちなみにケーニヒは、未だ復活できていない。



「歌はどうしても、途切れてしまうので」


「『途切れる』、って?」

「曲の間奏中は歌パートが休みになる、ってこと?」


「はい。

皆さんが楽しそうに演奏なさってるのを見て、聴いていると。

”いいなぁ”、”自分もその輪の中に入りたいなぁ”、って」


「・・・」

「・・・」



あー。

これは、どこかで聞いたことがあるような。


ベース兼ボーカルとかじゃなく。

『専業のボーカリスト』が抱える悩みの1つ、だとか。


どんなに客席が盛り上がっても満たされない、疎外感。

自分の事を『声の出る楽器』としか思えなくなる、孤独感。


うーーん。

どうしたもんだろう?


それを言われちまったらなぁ。


俺もルッセ達と同様、掛ける言葉が見付からない。

ねーちゃんの気持ちを考えたら、何とかしてやりたいのは山々なんだけどさ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ