308話 悪魔のプライド 01
【悪魔のプライド】
皆が彼女を、”天使だ”と言う。
明るい金色の、ゆるく波打つ髪。
通りを歩けば誰もが振り返る、息を呑むような美貌。
落ち着いた佇まい。
美形にありがちな他者を拒絶する要素は、どこにも無い。
怒ることも、誰かを貶める発言もしない。
どんな悪意でさえ、彼女は赦してしまう。
『正しさ』以外も、腕を広げ優しく受け止めて。
その中に隠された小さな『正しさ』を共に見付けようとする、寛容性。
包容力。
やや下がり気味の目元。
笑った時の、あどけない瞳の輝き。
そういう子供らしさ、愛らしさが彼女の雰囲気を柔らかくしている。
まるで。
それはまるで、『本物の天使』のように。
───細くしなやかな指が、楽器を持った。
───微かに、息を吸い込む音。
───桜色の唇に、その先端が当てがわれ。
ペ〜〜〜。
・・・もう一度。
ペ〜〜〜。
「あああっ・・・」
俺を含むメンバー全員、同じ声を上げて。
たまらず、膝から崩れ落ちた。
おいおい。
そりゃないよ、幾らなんでも。
普通は、『ピーー』って鳴る筈だろ。
笑いを取るにしたって、『プーー』までが限界で。
『ペ〜〜〜』って、何だよ。
『ペ〜〜〜』って。
足に力が入らねーよ。
「・・・縦笛も、駄目か」
「・・・控え目に言って、才能が無いな」
ドラムス担当のルッセとキーボード担当のエイブランが、口々に言う。
まあ、こいつら、言葉が出るだけまだマシだろう。
ベースのケーニヒは床に手を突いたまま目を剥き、動けないでいる。
───木曜昼下がりの、貸しスタジオ。
メジャーレーベル所属となった俺達は、以前よりも練習回数が多くなった。
いや、これは急にマジメになった、とかの話じゃなく。
指定店舗でのレンタル料金を、月8回まではレーベルが出してくれるからだ。
つまりは、金。
何と言っても、とにかく金だ。
レーベルと契約して助かったのは何よりも、こういう部分。
気軽に『音出し』が出来るようになった俺達は、頻繁に顔を合わせ。
こんな具合に、練習のような打ち合わせのような場を持つ事も可能になって。
ただし。
本日の俺達は、初っ端から非常に難航している。
───もはや、楽器が尽きた。
トライアングル。
タンバリン。
カスタネットに、ハーモニカ。
アコーディオン。
マラカス。
一通り試してみたが、どれもイケてない。
上手いとか下手以前に、何故かまともな音が出ず。
打楽器系もリズムがヨレヨレで、聴いていると酔う。
もっと正直に言うと、吐き気に襲われる。
流石に、ライブでの演奏は不可能。
アルバムに入れる為に録音しても、こんなのを他のトラックと重ねられない。
「なあ、ランツェ。やっぱり、楽器はやめた方がいいんじゃないか?」
「歌はすっげえ上手いんだから、無理に頑張らなくてもさ。」
ルッセ達の言い分は、もっともだ。
『天』はそう簡単に、3物も4物も与えたりしない。
幾らねーちゃんが『天使』だからって、全てを完璧にこなせる訳ないだろ。
「───でも───寂しいんです」
「「え?」」
しょんぼりと項垂れたねーちゃんの言葉に、2人分の驚きが重なる。
ちなみにケーニヒは、未だ復活できていない。
「歌はどうしても、途切れてしまうので」
「『途切れる』、って?」
「曲の間奏中は歌パートが休みになる、ってこと?」
「はい。
皆さんが楽しそうに演奏なさってるのを見て、聴いていると。
”いいなぁ”、”自分もその輪の中に入りたいなぁ”、って」
「・・・」
「・・・」
あー。
これは、どこかで聞いたことがあるような。
ベース兼ボーカルとかじゃなく。
『専業のボーカリスト』が抱える悩みの1つ、だとか。
どんなに客席が盛り上がっても満たされない、疎外感。
自分の事を『声の出る楽器』としか思えなくなる、孤独感。
うーーん。
どうしたもんだろう?
それを言われちまったらなぁ。
俺もルッセ達と同様、掛ける言葉が見付からない。
ねーちゃんの気持ちを考えたら、何とかしてやりたいのは山々なんだけどさ。




