29話 無限の国 08
「儂は、ルーベル・レイサンダー!年齢、不詳!
────ああ、お前さんらは名乗らんでいい!興味が無いからな!
で、こっちの猫がルクレチア28世、好物は」
「猫の平均寿命を8年としても、飼い主は200歳を軽く超えていますね、ボス」
「ええい!不詳じゃ、と言っとろうが!まったく、失礼な泥棒共め!」
「失礼じゃねぇ泥棒ってのが、この世にいるのかよ?
それに、俺達は泥棒じゃなく『取立て屋』だぜ」
「ああん?」
「さっさとその妙な障壁を解いて、俺らの取り分を渡しやがれ!」
「ほほーーーう・・・」
朽ちかけた革張り椅子の上、ぐい、と伸びをしながら。
ルーベルと名乗る老人は、余裕たっぷりの笑みを見せた。
「『どうか盗ませてください』と頼む泥棒が、この世にいるとは!
哀れすぎて欠伸が出るのう!」
「なんだと、この野郎───!!」
「あのう・・・」
「────うん?」
遠慮がちな天使の声に、ぴくり、と口髭を震わせる老人。
「ええと────はい!────この絵の作者さんは、貴方でしょうか?」
「今のは、手品か?」
「手品ですよー」
「ほうほう・・・これはこれは・・・」
身を乗り出した老人の眼に。
子供のような好奇心と、悪戯な色。
「うむ。確かに儂が描いた!まだこの世に残っていたとはのう!
懐かしや、懐かしや!」
「この絵の続きを描いていただきたくて、貴方を探していたのです。
どうか、お願いします!」
「理由を言うてみい」
「────え?」
「理由、じゃよ。今、あんたは躊躇したな?
躊躇したということは、自分でもそれが正当でないと思うからかの?」
「そんな事は!!」
天使は、弾かれたように頭を振り。
深呼吸の後、言葉を紡ぐ。
「────この絵に描かれた『ゼラさん』が哀れです。
このままで終わることも進むことも出来ないのが、不憫でなりません」
「おお!絵から名前まで読み解けたとは!
いやはや、大した御婦人じゃて!」
「都合の良いハッピーエンドを求めているわけでは、ありません。
でも、『ゼラさん』がこのまま『イルファさん』を忘れ去るにしても。
一番最後、どうなるかまで描ききって、仕上げとしていただけませんか?」
「────────」
「世間知らずのわたくしでも、世の中には悲しい事があると知っています。
きっと、創作の中でもそうでしょう。
ですが、物語は、物語として終わらせてあげてください。
わたくしはそれを受け入れ、歌ってゆきますから」
「────ふうむ────」
「ルーベルさん」
しばしの沈黙の後。
老人の貧乏ゆすりと、髭をしごく手が止まり。
優しく柔らかな声が響いた。




