307話 絡まれる 04
俺は、かなりの健啖家だ。
それがドラゴンの血が入ってるせいなのかは、不明だが。
腹8分目で大体、他人の3倍くらいが胃に入る。
ラグビー選手や、プロレスラーと同程度だろうか。
食費が嵩むから、普段はそこまで食わないようにしているけどな。
甘いモンだって、嫌いじゃない。
それなりに食べるさ。
それなりにな。
───だが、リンの食いっぷりは、おかしいだろ。
ビジュアル的には、もぐもぐと子供らしい食べ方なのに。
速度が、減ってゆく量が異常すぎて、目眩がする。
もし昼メシがまだだったとしても、俺にこのスピードは無理だ。
しかも、甘いモンばかりを立て続けだぞ?
その上、平然と4品も追加注文しやがったよ!
ちくしょう、俺を殺すつもりだな!?
「───なあ───美味いか?」
「うん。とても、おいしい」
「───」
「・・・わたしの部下に、健康おたくがいる」
「ほう」
「そいつは、苦いお茶を飲まそうとするし。
甘いものを食べようとすると、おこる」
「だから、食い溜めか」
「そう。ここでえんりょしたら、負け」
負けてもいいじゃねぇか。
いや、負けろってば。
恨むぜ、『健康オタク』さんよ。
「・・・ん・・・」
ストロベリーとキウィのクレープを突付いていたフォークが、止まった。
「どうした。流石に食えなくなったか?」
「・・・ちがう。連絡」
「ああ?」
「健康おたくから、連絡がきた」
「テレパシー的なヤツか?」
「そう。てれぱしー的なやつ」
「”早く帰ってきて仕事しろ”、とかだろ」
「わたしに命令とか、かたはらいたい。
黒髪ろんぐの美少女は、働かないのが正義」
「リンは社長なんだろ?
率先して働かないと、バルスト社長みたいになるぞ」
「それでも、やだ。ぜったい、や、だ。
・・・それに、キースだって働いてないし」
「おい、馬鹿言うな!
俺は営業マンとして、真っ当に働いてんだよ。
午前中に空前絶後な契約を取ったから、午後は休んでるだけで」
「よしよし。えらい、えらい。
会社から『ごほうび』出るから、わたしにおごっても、平気だ」
「平気じゃねぇよ。今回の分の報奨金が入るのは、来月だぞ?
それまでに餓死するっての」
「・・・キース、かわいそう。
もっと食べたいけど、おかわりはやめておこう」
「ああ───頼むぜ」
もっと早く、その結論に達してほしかったけどな。
出来れば、追加注文する前に!
クレープの残りを平らげ、まだ未練タラタラな感じのリン。
何とかそれを宥めすかして立ち上がらせ、支払いへ向かう。
───スマホから響いた、明るく軽快な『決済音』。
───背筋が凍るような金額が、吹き飛んだ。
「お腹一杯。
とっても美味しかったです。ありがとう」
あどけない、満面の笑顔を見せるリン。
「あらあら。それは良かった!
ぜひまた、いらしてくださいね?」
店長らしき長身の女性も、柔らかく微笑んで。
かなりの枚数の『割り引き券』が手渡された。
支払った俺じゃなく、リンに。
「───驚いたぜ。あんな表情もできるんだな」
店を出てつい、呟けば。
目の前で少女の顔はたちまち、仮面のような無表情へと戻ってゆく。
「・・・あの女は、ろりこんだ」
「───」
「でも、『見る専門』だから、じつがいが無い。
ああゆうのは、使えるだけ使わないと、損」
『割り引き券』の束が、当然の如くキュロットのポケットにしまわれる。
まあ、いいけどな。
俺は本当にもう、2度と、絶対に、何があっても、ここにゃ入らないし。
「・・・部下がうるさいから、いやだけど、会社にかえる」
「おう」
「おごってくれた分の『おれい』は、必ずする。
ちかいうち、わたしの『蜘蛛の姿』をみせてあげる。
きょうだい達や、ほかにも大きいのを、いっぱい」
「───ああ。期待してるよ」
食うだけ食って、すたすたと立ち去ってゆく小さな背中。
冷房に慣れた身体が熱気に晒され、たちまち視界が歪む。
午前よりも格段に、湿度が上昇しているな。
そのせいで、サウナに入ってるような状態だ。
(明日は、一雨来るかもなぁ)
向かい側の建物の窓に反射した、日差しの眩しさ。
目を細めて、額の汗をぬぐう。
───暑い。
そして、次の給料日までは、遥かに遠い───
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ふう。
そこそこ、食べた。
やはりあの店は、一流中の一流。
『定番商品』の味を維持しつつ、新メニューや季節限定モノにも余念が無い。
いつ訪れても安心感と、多くの新鮮さがある。
腹に入れた量としては7分目、というところか。
標準的なサイズのバケツで一杯分程度の生クリームなら、まだ入るが。
まあ、飢えた狼のようにがっつかないのが、淑女。
いや、美少女の嗜みだろう。
───キース・マクドガル。
───なかなか面白い男だ。
偶然見掛けて後を追い、話をしてみて正解だった。
ヴァレスト一派とは同盟関係ではあるが、このままの状態では良くない。
早急に、とまではいかなくとも、いずれはこちらが『上』とならねば。
そういう思いもあり。
少しでもアドバンテージを取るつもりで、接触してみたのだが。
───まさか、ドラゴンである意味を理解していないとは、な。
キース本人が人間であろうとするなら、『人間』でいられるだろう。
目立たず大人しく生活する分には、他の人間から見て『人間』であり。
あの程度の力なら、我々悪魔から見ても概ね、ただの『人間』。
しかし、『評議会』からすれば、そうではない。
他の竜族とは違い、ドラゴンは悪魔。
その血が数滴混じっているだけでも、キースは『悪魔』として分類される。
どれほど弱かろうと。
契約の1つさえ取る力が、無かろうとも。
評議会の取り立ての熾烈さは、あまりにも有名だ。
決して減額されることはなく、逃げおおせることも叶わない。
外宇宙の探査船に乗り込んで、太陽系を遠く離れ。
してやったりと思ったら、隣の同僚が評議会の『徴収員』だった。
そんな話が、まことしやかに囁かれるほどである。
───ところが、だ。
契約点数を稼げない、あまりにも弱い悪魔の場合、評議会は《徴収しない》。
何年でも、何百年でも取り立てることなく、放置する。
『徴収員』も、やって来ない。
しかし、それは温情どころか、『罠』。
見逃しているのだ。
わざと。
有事の際、強制連行する為に。
───実際にそれが行われたのが、先の『大戦時』だ。
”契約点数を払わず、滞納した”。
それを理由に戦地の、それも最前線に駆り出され、突撃を強いられ。
当然、殆どが戦死した。
生き残った者さえ、『滞納分』は微塵も免除されることがなかった。
一般的な悪魔と、力を持たず見逃された悪魔との違い。
評議会の法律では、滞納した場合の利息計算に大きな差がある。
後者には督促状はおろか、どうやってどこへ払うのかさえ指示されない。
何も知らない間に、塵だったものが山になり。
その山が、大陸規模になり。
特別な法律によって定められた、特別な複利によって、負債は膨れ上がる。
もはや払うに払えない、誰も肩代わりできない、天文学的な数字となる。
私がカルロゥに命じて、評議会のデータを調べさせた結果。
───キース・マクドガルの滞納分は、数ヶ月前に全て支払われていた。
───ヴァレスト・ディル・ブランフォールの名義で。
以降、毎月の支払いも同じ。
《身元保証者》としての手続きも、ヴァレストの名で申請済み。
意外や意外。
黒竜め、腹を括ったか。
キースが生まれてから現在までの『滞納』は、30数年分。
大領地の領主ですら、まず支払えない額面。
これを一括で出せる者など、《四家》くらいのものだろう。
おそらくヴァレストは、溜め込んだ『お宝』を放出したに違いない。
それも、相当なグレードの逸品を。
かなりの数。
ドラゴンが悪魔である事をキースに説明していないのは、奴の《親心》か。
悪魔の世界に首を突っ込まず、『人間として』生きてほしい?
お優しい事だな。
一応、私もバラさずにおいてやったが。
───だが、まだまだ甘いぞ。
───キース・マクドガルをこちらへ取り込む余地は、幾らでもある。
キースよ。
別れ際、”近い内に蜘蛛の姿を見せよう”、と言った私に。
お前は、”期待している”、と答えたな?
『悪魔との約束事に同意』したな?
最初に教えてやった筈だぞ。
”上位の悪魔は、人間界で真の姿になれぬ”、と。
鋼鉄をも引き裂く、私の艷やかなる14の脚。
それを『見る』ということは。
地獄の最奥、我が領土に招待される、という意味だ。
ああ。
楽しみに待つがいい、我が妹達。
奴は、とても───『蜘蛛が好き』らしいぞ?




