305話 絡まれる 02
「・・・だいじょうぶ。頭からバリバリ、食べたりしない」
「やめてくれ」
「・・・非常用しょくりょうにも、しない」
「やめてくれ」
ほぼ直上から照りつける、真夏の太陽。
毎年、ニュースで”最高気温更新”とか言ってるが、今年もそうなんだろうな。
時間帯としても、午後の今あたりが暑さのピークだ。
緑豊かな公園に、人影は少ない。
こんな所で足を止めるくらいなら、エアコンの効いた場所に逃げ込むべき。
百戦錬磨の営業マンでも、こいつはかなりキツいぜ。
向こうで”早くフリスビーを投げろ!”と催促してる、薄茶のラブラドール。
いい加減にしないとお前のご主人、倒れちまうぞ?
「知り合いに似てたから、声をかけた」
「───ん?」
木陰のベンチ、隣に腰掛けた少女の言葉に、思い当たる節はある。
というか、俺に似てる奴なんて、1人しかいやしないだろう。
「バルスト社長、か?」
「・・・そう。バルスト」
偽名なんだろうが、通じたみたいだな。
「・・・ええと・・・」
「俺は、キースだ」
「・・・わたしは、リン。
バルストの会社とは、ぎょうむていけい、してる」
「へえ」
見た目は、10くらいか?
”会社がどうこう”とか言うような年齢には思えないが。
けれど、人間じゃあなさそうだしなぁ。
偽名っぽいし。
俺には、それ以上の事までは分からないが。
「キースは、バルストの血をひいてる?・・・孫とか、ひ孫?」
「まあ、普通に考えればそうだろうよ。
社長は脂汗ダラダラ流して、誤魔化してたけどな」
「・・・あいつは、すごく駄目なやつ。
けど、キースもその血をひいた駄目なやつだから、ゆるしてやるべき」
「ひっでぇな、それ」
そりゃ社長とは、顔も背格好も、趣味だって似ちゃあいるが。
責任感の無い男だと思われるのは、大心外だ。
俺は、違うぞ?
もし俺に、知らないところで子供が出来たとしたら。
俺は。
ええと───あ〜〜───俺は───。
いや、よしておこう。
こんな『もしも』を今から考えたって、意味が無いだろ。
うん。
「それにしても、社長の知り合いとはねぇ。
───あ、もしかしてリンも、『ドラゴン』なのか?」
「ちがう。わたしは、蜘蛛」
「『蜘蛛』?蜘蛛って、あの───脚が8本あるヤツか?」
「わたしは上等な蜘蛛だから、14本」
「───上等になると、脚が増えるのか」
水色のキュロットから伸びるサンダル履きの脚を、ぷらぷらと揺らす少女。
当然、それは2本しかないのだが。
見た目だけで判断していい相手ではないんだろうな。
袖を掴まれた時の力というか引っ張り具合も、尋常じゃなかったし。
「蜘蛛か───いいよなぁ、蜘蛛」
「・・・え?」
「俺は昔っから、蜘蛛が好きでな。
綺麗な『巣』を見かけたら、思わず立ち止まっちまうんだ。
子供の頃、こっそり家に持ち帰ったのがバレて、しこたま怒られたっけ」
「・・・蜘蛛、すきなの?
蜘蛛はみんな、嫌われてるとおもってた」
「いやいや!少なくとも、俺は大好きだぞ?
特に、でっかいヤツがいいな!
手の平くらいのタランチュラとか、映像で見ただけでワクワクするよ」
「わたしも、大きい!」
「おう。どれくらいなんだ?」
「あそこの建物より、大きい!」
「───お、おう───」
おい、待てよ。
指さしてんの、3階建ての『消防署』だぞ?
いくらなんでも、でか過ぎだろ!
「キースは、蜘蛛のみかた。あくしゅ、しよう」
「あ、ああ」
差し出された手を見て、反射的にこちらも右手を出す。
握り潰されるかと思ったが、ごく普通の握力だった。
これは、加減してくれてるのか?
「・・・・・・」
「──────」
「・・・・・・」
「───どうした?」
「・・・おまえ、ろりこんじゃないな」
「いきなり何を言い出すんだ」
「それなりの、たいしょをする」
「何だよ、対処って。
というか、もしロリコンだった場合は、どういう対処になるんだ?」
「たらしこむ」
「即答すんなよ!」
「気に入ったから、いいもの、あげる」
「───え?」
じわり、と。
握られた手から、熱でも電流でもない『何か』が伝わってくる。
俺の内部に、侵入してくる。
「・・・”キースは、すばやさが5上がった”」
「へ??」
「・・・”かしこさが、4下がった”」
「おいっ!?」
「・・・だいじょうぶ。半分は、じょうだん」
「冗談なのは、どっちだ!?どっちの半分だ!?」
「そんなの、気にしなくていい」
「いやいや!!気になるだろ、滅茶苦茶!!」
「わたしは、気にしない」




