303話 公認される 07
「・・・あのさぁ、アル」
「どうした」
「君の話が、もしも本当だとして」
「『もしも』じゃあない。確定だろう、これは。
どこにも理論の破綻が無く、全ての流れが圧倒的に自然だ」
「・・・いや、その。
うっかり思い出しちゃったんだけどさ。
昔・・・君と僕で本家の樽を開けて、中身を飲んだよね?
それも、勢い余って結構な量を」
「ああ、あったな」
「それって・・・その」
「俺達も、FFCの一員だな。自動的に」
「・・・えーー・・・」
「ついでに、もう時効だろうから告白するが。
あの時、俺は樽の中に自分の血を一滴、垂らした」
「は??」
「!!」
「いや、別段深い意味は無い。
ただ、”ドラゴンの血が入りゃ、パワーアップするんじゃないか”、とな。
───もしかして、駄目だったか?」
「・・・・・・」
「い、いえ───大丈夫よ───大丈夫」
「そうか。良かった」
「ちょっと、これは・・・『トンデモ話』だと思ってたのに・・・。
最後の最後で、急に信憑性を帯びてきたぞ・・・」
「───ご免なさい。少し席を外すわ。
樽を見てくる」
「ああ」
カップに残った最後の一口を飲み干し、出て行くファリアの背を見送る。
いやあ、バッチリと決まったな!
頭脳派タイプじゃない俺でも、時に冴え渡る事があるらしい。
一仕事終えた爽快感と、開放感。
ビールでも飲みたい気分だが、多分この屋敷には無いだろうなぁ。
「・・・ねえ、今の見たかい、アル?
ファリアの顔、真っ赤だったよ」
「ん?ああ、そうだな。
流石のファリアも、俺の洞察力には驚いたんだろう」
「いや、そうじゃなく」
「クライス、お前も変な意地を張らずにだな。
こういう時くらいは素直に、俺を褒めてみたらどうだ?
認めるべきところは認める。
それが『いい男』ってもんだぞ?」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
「よし来い、カモン」
「・・・爆発しろ」
「ああ??」
「爆発しろ!」
「おう、上等だ!表に出やがれ!」
・
・
・
・
・
・
・
廊下の突き当り、右側の壁の『隠し扉』。
そこを通り、更に2つの扉を抜けて、《貯蔵庫》へと踏み入り。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、ファリアは息を吐いた。
長い長い、身体の内部の『熱』を抜くような、溜息。
───自分は、冷静な性格だ。
頭首としてそうあるべき、というより、元々がそういう性質だ。
物事を情報として取り込む時に、余計な感情を付加しない。
嗜好を加味しない。
分析し、状況を踏まえ、最終的な判断を下す際も同じ。
《ズィーエルハイトとして、正しいか》。
心の中で問うのは、ただそれのみ。
───自分は、冷静な性格だ。
───いかなる時も、必ずだ。
それなのに。
さっきのあれは、狡い。
『ファリアちゃん』は、あまりにも狡い。
名前の末尾に『ちゃん』を付けるのは、親しみを込める為。
古き時代の伝統を重んじがちな自分とて、それくらいは知っている。
だが、これまで誰からも、そういう風に呼ばれた事は無かった。
両親にも、ズィーエルハイトの郎党にも。
特に両親が死去してからは、徹頭徹尾、『様付け』だ。
気さくに呼んでくれるのはクライスと、ほんの僅かな古参のみ。
その彼等さえ、たとえ頼み込んでも『ファリアちゃん』とは言わないだろう。
『ファリアちゃん』。
『俺の』。
『ファリアちゃん』。
───ああ、駄目だ。
さっきから頭の中を駆け巡るのは、そればかり。
まるで、何かの魔法だ。
ある種の快楽を伴う、とても厄介な魔法だ。
はあーー。
もう一度息を吐き、鼓動を落ち着かせ・・・られない。
もやもやとした感情が、どうしても晴れてくれない。
だが、何時までもこうしている訳にはいかない。
彼の言った事が真実であるなら、自分にはやらねばならない事がある。
ズィーエルハイトの頭首として。
何も知らぬふりで無視してはいけない事が、あるのだ。
コツ、コツと石の床に足音を刻み、『樽』の前に立つ。
整然と並ぶそれらは、ズィーエルハイト開祖の時代より続く『財産』。
戦乱の時代を駆け抜けて生き永らえた、『古参中の古参』。
これら無くして、ズィーエルハイトの名は語れまい。
自分が生まれてきた事も、生きてゆく理由も、これらがあってこそ。
『樽』の中に、命があるのなら。
その一滴一滴に、感情が、心が宿っているのなら。
頭首としてするべきは、ただ一つ。
「───皆の献身と助力に、感謝するわ───有難う」
胸に手を当て、深く礼をした。
この行為に意味があると、信じた。
”いやいや。気にするなよ、当然の事をしたまでだ”
「───え───?」
何処からか。
そんな言葉が聞こえた気が、した。
それも何故か、アルヴァレストの声で。
(そんな!?・・・嘘でしょう!?)
驚愕のあまりに力が抜け、ぺたん、とへたり込んだ。
そこに追い打ちを掛ける如く、尚も声は続く。
”新しく入った連中も、いっぱしの『FFC』として鍛えるからな”
”任せとけ、ファリアちゃん”
親指を立てて笑う顔さえ、脳裏に浮かんだ。
(一体、どうなっているの!?)
(こんな事って・・・私は・・・どうしたらいいの!?)
ファリア・ズィーエルハイトは、両手で顔を覆い。
最後の一言のせいで、しばらくの間、立ち上がる事すら叶わなかった。




