300話 公認される 04
「人間達には、何て答えたの?」
「『吸血鬼が存在する』という仮定の上でだけれど、正直に話したわ。
”人ならざる者の暴虐から人間を守る為、血は使われる”。
”それはすでに、遠い昔に此処で暮らしていた者達から受け取っている”。
”だから、貴方達が捧げる必要は無い”。
───それでも、彼等は食い下がったのよ。
”ならば、すでに捧げられた血が尽きた時は、どうなるのか”、と」
「・・・もう完全に『黒』じゃん、それ。
吸血鬼を知ってるどころか、ズィーエルハイトの事情まで把握してるような」
「”血は尽きようと、永遠に《約束》は果たされる”。
そう告げた時、何故か全員が安堵の表情を見せたわ。
そこで、私も気付いたの。
彼等はきっと、目の前の私が吸血鬼だと知っても怖れない。
血を捧げたくないのではなく。
捧げる為に納得したいのだ、と」
カップに口を付け、静かにそれをソーサーへ戻すファリア。
「───しばらくして人間達の代表が、こう言ったの。
”これまで、『もしも』『もしも』で話をしてきたが”。
”『もし吸血鬼がいる』なら、『人間に危害を与える何か』もいるのだろう”。
”どんなに有能で誠実な役人でも、財源が無ければ橋一つ架けられない”。
”だから自分は、血を払う”。
”《税金》としてではなく”。
”『血を捧げる必要は無い』と言う吸血鬼を信頼し、自らの意思で”。
”《保険料》として、血を支払わせてもらう”、と。
それを皮切りに、残りの皆も”そうする”、と言い出して。
───何とも言葉にし難い感情に、戸惑ってしまったわ」
「・・・凄いね・・・この御時世に、自主的な《奉血》とか・・・」
「きっと私は。
初めて血の杯を捧げられた初代頭首と、同じ表情をしていたでしょうね。
結局、集まっていた全員から一滴ずつ血を受け取って。
彼等はこれからも毎月、屋敷へ訪れることになったの」
「どうせなら一滴じゃなくて、もっと貰えばいいのに」
「ズィーエルハイトに『強制』は無いわ」
「ちぇっ!言うと思った」
「だったら、貴方も言わないで頂戴」
「・・・まあ、それにしてもさぁ。
本家に血が補填されるのは、いい話なんだけど。
そのきっかけが『夢』っていうのが、どうもスッキリしないよね」
「『誰が』『どうやったのか』、未だに分からないままね。
カールベンやシオラにも尋ねたけれど、関係していないようだし」
「でもさー。本家の樽が大量に消費された、このタイミングじゃん?
人間達を誘導したのは絶対、関係者だと思うんだけどなー」
ファリアとクライスが、頭を悩ませている。
俺が聞いてもこれは、相当に奇妙な話だ。
しかし。
”物事の解決とは考え方だ”、とマギルが言ってたっけ。
───ここはひとつ、《考える順番》を変えてみよう。
俺を含めて全員、これまでは時系列に沿って考察していた。
『夢』を見た人間達が、屋敷の前へ来て。
けれど、どうして『夢』を見たのかは不明で、一旦保留とし。
その先へ進んではみたものの、やっぱり謎は解けず保留した地点に戻った。
───それなら、《逆》から行こうか。
本家の樽に、めでたく血が追加された。
しかも、月イチで集まることになった。
有り難い話だ。
誰にとって有り難いか?
それは明らかに、ファリア。
納得しかねてはいるものの、やっぱりファリアが一番嬉しいに違いない。
本家の頭首様だもんな。
じゃあ、その次に嬉しいのは誰だ?
クライスの言う通り、『夢』で誘導を仕掛けたのは関係者だろう。
その関係者だって、自分も嬉しくなりたくて、そうしたんだろう。
血が集まって、ファリアの次に嬉しいのは誰だ?
蓄えられる血でファリアの他の、一体誰が得をする?
───渦を巻いていた思考が、ゆっくりと解けてゆく。
───動き始める。
───扉を開け、曲がりくねった道を進み、また新たな扉を潜り。
───そして。
───それはやがて、《隠し部屋》へと辿り着き。
ああ、そういう事か。
全てが、すとん、と腑に落ちた。




