01話 燃えるNY(その1)
そして、お話は現代へ。
【燃えるNY】
ギュイイイィィィーーーーン
キュリキュリキュリ、ギャギャアアアーーン
「どーーッスか、兄貴!
見違えるような指運び!魂の慟哭さえ呼び起こす、この!」
「特大の蜂の巣を突ついたら、そういう音がするのかもな。
あと、俺はお前の兄貴じゃあない」
「しかし、ですね!」
ギュラララララ
「これはもう、世界の頂点を!」
ギョリギョリギョリ
「目指すべき、と!
エリックが心の中で言うんですよ、兄貴!」
ギュアアアアアーーン
「エリックって誰だよ?
それに、兄貴と呼ぶな、鬱陶しい」
ギュルギュルギュルギュル
・・・シャラーーーン
寂しいコードが、断末魔のように響く。
「やっぱり・・・・『My Lord』のほうが??」
「────もう、いい」
「今の人間、随分と活きの良い色をしていましたが。
ボス、ちゃんと魂に楔を打ってます?」
「するわけないだろう、あんな奴に」
コーヒーカップを片付ける途中の秘書の指が、ぴたりと止まった。
ぎ、ぎ、ぎ、とその白い指に力が込められるのを見て、いや聴き。
ヴァレストは慌てて弁明する。
「あー、いや!待て待て待て!!
奴はな、ちょっとばかりオカシイんだ!
13日の金曜深夜に、十字路で血まみれの鶏持って、泣いてんだぞ!?」
「どこがおかしいんです?古風で純粋だと思いますが?」
「おかしいだろ!?今時、そんなのやらねぇだろ!?
しかも、たまたま通りかかった俺の肩を掴んで、『ギターが上手くなりたい!』って
泣き叫ぶんだよ!
滝のように涙を流して!
マジに号泣だぞ!?普通、引くだろ!」
「・・・はぁ」
「俺ぁ、ピンときたね!
こいつはヤバイ、関わっちゃマズイ、と!
『OK,OK!まかしとけ、BOY!』って微笑んでから、全力疾走で逃げてきたわけだ」
「つまり、『契約』はしてない、と?」
「当たり前だ!
それが何をとち狂ったか、『兄貴のおかげで上手くなりました!!』ってよ!
そんなもん、練習の成果が出てきただけだろ、全く!」
テーブルの上に投げ出したヴァレストの脚を、秘書は冷ややかに見つめた。
「私は、彼の『以前』を知っているわけではありませんけれど。
先ほど聴いた限りでは相当、上手いかと」
「あーー?そうなのか?」
「はい。エリックの名を口に出すのは、さすがにどうかと思いますが」
「────ふうむ」
(だから、エリックって誰だよ?)
もやもやとした気持ちを飲み込み、ヴァレストは腕組みする。
スーツの皺になった部分に、またもや秘書の冷たい視線。
それを無視して、釘を差しておく。
「まあ、点数にはならねぇが。
とりあえず・・・手を出すなよ?」
「何故」
「いいじゃねぇか、勝手に幸せになっただけだろ?
鶏に免じて、見逃してやっとけ」
「・・・はあ」
ひらひらと手を振るヴァレスト。
溜息をつく秘書。
「兄貴と呼ばれたのが嬉しいのですね?」
「そうは言ってない」
「いつものように私達で、ボスの分の点数を稼げ、と?」
「・・・そうは・・・言ってない」
トレイにカップとソーサーを纏めた秘書が、音も立てず向かい側のソファーに座った。
「今月は、かなりボルコーが稼いでいます。
ただ、法廷慣れしてきたのは良いのですが、まだ『勝ちパターン』の幅が狭い。
陪審員の心象をひっくり返すような、強引な論述を研究するべきですね」
「そうか。あいつ主力になるかもなぁ、この先」
「ジリィとガストムは、引き続き株式市場で。
『下落止まり』からの逆転を狙う、かなり行き詰まった輩にターゲットを絞り、契
約ポイントを伸ばしています。
しかし、ユーロが落ち着いたせいで、ここからは厳しくなるかと」
「ふうん。まあ、それでいいんじゃないか?
しかしなぁ、うち以外の同業者は基本、何やって凌いでるんだ?」
「それは・・・『悪魔』ですからね。
ボスの大嫌いな、ドラッグ&セックスでしょう」
「────はん!どうせ、あんなもんは大した点にゃならねぇだろ?」
ヴァレストはあからさまに侮蔑の笑みを浮かべ、ソファーに寝転がった。
「麻薬が欲しい奴は、麻薬に忠誠を誓ってる。
女を抱きたい奴は、本能に頭を垂れてる。
俺達『悪魔』に金をくれ、と言いはするが。
本当に欲しいものは、ただの快楽だろ?
あいつらは『悪魔』に頼るリスクを、リスクとして認識出来ないところまで頭を
ヤられてんだ。
まったく、下水よりひどい匂いがするぞ、ああいう魂は!」
「ええ、ええ。ごもっともですが。
それでも、点数を稼げている他所様からすれば、戯言にしか聞こえないでしょうね」
「・・・・・」
「────ボス、仕事してください」
にっこりと。
『顔の無い』秘書が笑う。
そっぽを向いたヴァレストの額を、冷や汗が伝った。
「まるで俺が働いてないような言い方は、やめろ。
俺は手数は少ないが、一発で大物を釣り上げるタイプだ」
「釣り上がったところを見たことがありません」
「いや・・・ホント俺、やる時はやるんだよ・・・」
「ボス」
「・・・俺ってやつは、やれるんだよ・・・」
「ボス!」
震えるような口笛と共に、じりじりとドアへ向かってゆくヴァレスト。
先回りする秘書。
“求め・・・り・・・我は・・・求めり”
「────あ?」
「逃がしませんよ!」
ざわざわと指をわななかせる秘書に退路を塞がれたヴァレストが。
ぴたりとその動きを止めた。
“我は、求めり”
「き────来た来た来た!
来たぞ、おい!来やがった!!」
「・・・はい?」
「仕事だ、仕事!!
マジに、こいつはデカいぞ!
それも、個人指名で俺を呼んでやがる!」
「ちょっと待ってください!!」
『顔の無い』秘書が慌ててドアの外へ飛び出し。
瞬く間に戻ってくる。
「本当ですね!?本当に、大物なんですね!?」
「ああ、間違いない。やっと俺の出番ってわけだ」
スーツの埃をブラシで払う秘書へ得意気に笑いかけ、ネクタイを締め直すヴァレスト。
「死ぬ気で契約してきてください!
やれますね!?
やれますよね!?
何でしたら、私も同行しましょうかっ!?」
「よせやい!どこの母親だよ、お前は」
『悪魔が映る』特製の鏡の前で、入念に身だしなみのチェックをする。
その間も、ヴァレストを呼ぶ声は続いていた。
「大物と言っても、色々ですけれど。
どの程度の点数が期待出来るんですか?」
「そりゃあ、正式に契約しないと分からねぇが・・・そうだな・・・
とりあえず、俺を召喚する為に捧げてるモノで判断するに」
「するに?」
「あーー・・・ええと。
人間の死体で換算するなら、ざっと・・・・・」
「ざっと?」
「10・・・万人分・・・」
「────────はい??」
カラン、カラカラ────
秘書の手から落ちたブラシが、リノリウムの床に弾けて、踊った。
ええ、まあ・・・現代編です。
ギターが上手くなるよう、悪魔に頼んだギタリストは、実在します。
『顔の無い』秘書さんの顔は、見えません。
見ようとしても、何故か・・・。