294話 不正行為 02
───『絵』を潜り抜け、足を踏み出し。
───降り立った場所は夢の世界か、はたまた想像上の楽園か。
なんていう独白に浸る暇さえ無く。
(・・・うわぁ)
自分の身体を、異様に重たく感じる。
手足の先へ届いた血が、そこで滞っているみたいだ。
逆に首から上には回ってこなくて、かなり頭がフラフラするぞ。
試しに、目の前にあった灰色の塊を蹴ってみる。
割れたというか砕けたけれど、埃ひとつ立ち上らない。
ふむふむ。
これは見事に典型的な、『高重力下』だな。
───今度は、深々と息を吸ってみた。
うん。
空気はある。
あるけど、その成分の殆どが重水素化したメタンと、窒素で。
おまけに、シアン化水素・・・青酸ガスまで含まれている。
放射線のレベルも、凄まじいし。
大抵の生物が『一発アウト』な、とんでもない環境だ。
つくづく、凄いな。
念の為、一度死んでから来て正解だったよ。
まあ、僕もこんな場所まで、遊びに来たわけじゃあない。
ただ、絵を描いている途中で分かった事だけど。
どうやらここは、『鳥犬』共の巣穴ではなさそうだ。
───荒涼たる灰色の砂漠じみた景色の中、そびえ立つ建造物。
石だか金属だか不明の、不可思議な素材で構成されていて。
『城』っぽい?
それとも、『砦』とか『要塞』?
特殊すぎるデザインが何を意図しているのか、さっぱり分からない。
したがって、何の用途で使用されるのかも想像が付かない。
とにかくハッキリしているのは、べらぼうなスケール。
大きさこそ正義!、とか言わんばかり。
実際のところ、単純にもう、それだけで圧倒される。
───『これ』以外は、何も無いな。
───見渡す限り、ほんっと何も無い。
おかげで、道に迷う可能性はゼロだ。
この中に入る他に、やる事が無いんだからさ。
巨大な建物の、周囲とは色と形状が異なる部分。
《入り口》らしき場所の前に立ってみる。
重く擦れる音がして、シャッターのようにそれが上がってゆく。
まあ別に、驚く事でもないな。
現代において自動ドアなんか、あって当たり前だよ。
ゆっくりと内部に踏み込むと・・・うーーん。
なんか、外よりも寒いぞ?
これ、マイナス100度とかいってるんじゃないか?
パーカーのフードを被ろうとしたら、肩の後ろで凍り付いている。
とてもじゃないが、剥がせそうにないな。
剥がせたとしても、氷の板なんか頭に載せたくないし。
陰鬱な緑色に点滅する床が、凄まじい放射線を撒き散らしているようだ。
こちらも外より酷いが、ここまでくるとあんまり意味は無い。
即死級と超即死級の差なんて、最早どうでもいいよね。
───10歩くらい進んでみてから、気付いた。
───これって、嫌らしい『罠』だな。
かなり先のほうに、扉は見えるけど。
どれだけ歩いても絶対に辿り着けない、ってヤツだ。
多分、引き返そうとしたところで同じ結果だろう。
いやはや、誰が造ったんだか知らないが、性根が捻じ曲がってるなぁ。
ここに入ってくる全員を、そんなに殺したいの?
それとも、この程度はちょっとしたジョークなの?
───まともにやってられないよ。
───面倒だし、ズルしてしまおう。
どうやら此処では『座標』の確認が出来ないみたいだ。
けれど、わざわざ絵を描くまでもないな。
『見えてる』んなら、見えてる場所へ行けばいいだけだ。
(それ、っと!)
瞬時に、次の扉の前へと移動する。
それにしても、気になるんだけどさ。
普通は『扉』って、そこを通るモノの大きさに合わせて作るよね?
これ、何を想定してるの?
大型客船でも通過させるの?
(・・・・・・)
あれ?
開かないぞ?
どうした自動ドア!
自動で開かないタイプの、自動ドアなのか?
(礼儀正しく、ノックでもしろって?)
いやいや。
こんな低温下でそれをしたら、間違い無く手が張り付くな。
怪我なんて御免だよ。
治る治らないより、わざわざそういう事をしたくない。
「・・・おーーい、誰か開けてくれよーー」
駄目元で呟いてみたら、『扉』が動き出した。
入り口のと違い、シャッター方式ではなく、内向きに開くやつだ。
ああ、助かったよ。
やっぱり自動ドアだったな!
音声認識の。
ただ、こっちに向かって開いてきたら、危なかったけどさ。
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んんーーー。
これはいったい、どう表現すればいいんだろう。
大広間?
大大大大広間?
ただし、見事なくらい殺風景だ。
呆れるほど広大な空間に、馬鹿デカいサイズの『柱』が立ち並び。
けれど、装飾だの調度品だの、”良くみせよう”とするような物は、何一つ無い。
大理石みたいな床も剥き出しで、敷物すら無しときた。
まあ、インパクトというか派手さは、他の部分にあるからいいけどさ。
最も中央に近い左右の『柱』の前。
整列したおびただしい数の《異形達》、という。
そいつらの体表が、どういう物質なのかは分からない。
硬いのか、柔らかいのか。
有機なのか、無機なのかも判別できない。
狂気の産物。
最低な悪夢を具現化したような、奇怪極まる造形だ。
意図した訳じゃないんだろうけど、これも一種の『罠』か。
《分からない》という事は、恐怖だ。
一目見たなら、そこから目が離せなくなり。
見ているモノしか考えられなくなり。
けれど決して理解出来ないから、いずれ発狂に至る。
薬物でも魔法でもない、シンプルに精神をブッ壊すやつだね。
今の僕には、効かないけど。
だからと言って、気持ちの良いものでもないんだけど。
───ただ、さあ。
───なんか、変なのを見付けちゃったんだよなぁ。
理屈や想像力の限界を超越した、荒唐無稽なバケモノ共がひしめく中で。
一匹だけ、『不自然に分かり易い』のが居る。
逆の意味で目立つから、嫌でも気付かされる。
───ドラゴン。
───巨大で、真っ黒な鱗の。
───誰がどう見てもドラゴンとしか表現できない、ドラゴン。
お前さぁ。
変だよ。
ここにいるの、おかしいだろ。
大丈夫か?
他の奴等から、イジメられたりしてないか?
率直に言って、場の雰囲気を著しく乱してるぞ?
多分、僕と同じくらいに。
作者:「あの・・・もしかして、君って・・・」
黒竜:「・・・(無言で頷く)」




