292話 盤外のJOKER 05
───『定期検診』が終わり、ヴァレストの転移陣で戻る。
といっても、転移先は直通ではなく、人目の付かない河川敷。
教会の内部で出入りすると、もしもの場合に面倒だ。
あくまで私は今、『少し長めの散歩中』。
そういう事にして外出しているのだから。
「異常無しで良かったな、司教さん。
さてと俺は、帰って昼寝でもするか───まあ、何かあったら連絡してくれ。
それじゃあ」
「有難う、ではまた」
スラックスのポケットに手を突っ込み、歩き出した彼。
その背中をしばし眺めてから、私は反対方向へと向かう。
(・・・『司教さん』、か)
ヴァレストが私の事をあまり名前で呼ばなくなって、もう10年経つ。
摂理を外れ『死せる賢者』となった我が身には、老化も死もない。
故に、いつまでもこのまま暮らせば、人間の目には『怪異』そのもの。
頃合いを見て死亡を偽装し、顔も名前も変える必要がある。
それを見越した上での、『役職呼び』なのだろうが。
やはり若干の距離を感じてしまい、残念に思ってしまう。
あちらからすれば、単純に気を効かせたつもりだ。
別に疎遠になったわけではない。
事実、大した用が無くとも、何だかんだで月に1〜2回は会っている。
もしかすると。
悪魔の『人間以外に対する付き合い』とは、これくらいの感じなのか。
人間をやめる事を望み、選択したのは私自身。
責任を問うなら彼ではなく、こちら側にある。
だが。
逆に言うと、その他には死せる賢者となった事に不満が無い。
圧倒的に利点のほうが多い。
───たとえば、『失敗』というものは、大きく分けて2つある。
1つは、自分で目の当たりにする、確定的な失敗。
もう1つは、結果を直接確かめられないという、不確定の失敗だ。
───私にとって後者は、ほぼ無くなった。
《生きている内に完成しない》、《後は誰かに任せる》等。
そういった時間的な制約からは、解き放たれた。
幾らでも生きて確認し、訂正し、更に付け加える事までが可能となった。
未来に向けて掲げる、私の長期的な目標。
それは、《人間以外の為の教会》を作る事。
礼拝に訪れ、説法を聴き、唄い、懺悔し。
大いなる信仰の下、他の信徒と繋がり、魂の安らげる場所の設立。
教会と名付けた建造物に聖職者を配置するだけでは、まるで駄目だ。
これにはヴァチカンの承認が、絶対に必要となる。
勿論、”人間以外にも門戸を開きました”、と公には言えない。
”人間以外という存在が何なのか”、という説明すら出来ない。
だから、公ではなく『裏側』での許可。
たとえ、厳重に施錠された箱の中に眠る、たった1枚の紙切れであっても。
それを世の人々の殆どが、知らぬままで終わるにしても。
承認さえされたなら、正式な決定事項なのだ。
『表』も『裏』も関係無い。
教義の本質は、『人間』にも『人間以外』に対しても変わらない。
言及不可能ならば、然るべき立場の者が無言で頷けば良いだけの話。
どんな表情をしていようが、頷けばそれは『YES』という意味。
大体、信徒には伝えられない《機密》など、掃いて捨てる程ある。
聖書と戒律に関してさえ、口に出せないような秘密が幾つもある。
カトリックとは。
ヴァチカンとは本来、そういう組織だ。
ならば───やってやれない事はないだろう。
死せる賢者にまでなった私だ。
不可能などというもの自体、とっくに飛び越えている。
私を死せる賢者へと変えてくれた、信徒メルセディアンの為。
まだ見ぬ、これからカトリックへ身を捧ぐだろう異種族達の為。
そして。
いつの日か人間の振りをやめた時の、自分自身の為にも。
私は必ず、種を問わず受け入れることが出来る教会を建ててみせる。
───普段の私がやっている仕事の半分は、『虚』だ。
現状を維持し、より安定させる為の書類仕事。
物や人の移動を指令し、管区大司教の肩書で許可する作業。
要領の良さも、慣れも努力も不必要。
これらの職務を軽んじるつもりはないが、本分とは程遠い。
───しかし、残りの半分は間接的ではあれ、目的と関連している。
例えば。
マーカス・ウィルトンは、将来への重要な布石だ。
あれを2代先の法王に内定させる為、私はかなり手の込んだ《調整》を行った。
自身は枢機卿になる事を拒み、ミュンヘンに居座り続けながら。
彼方ヴァチカンの舞踏会場へ介入し、リスヴェン卿と手を組んで。
懐柔工作と首切りに心血を注ぎ、盤外の駒として猛威を振るった。
Top of Topの8名に話を通した、という事は。
それぞれが代表する8つの派閥に約束を取り付けた、という意味。
その『約束』は彼等の生死を問わず、代変わりしようとも守られる。
歴代最年少の法王が誕生する時、今の8名の殆どは天に召されているだろう。
私もそのあたりが丁度、死なねばならない頃合いか。
ああ、それにしてもだ。
あの8名を落とした口説き文句は、我ながら傑作だったな。
“悪魔を召喚出来る法王というのは、格好良いと思いませんかな?”
そもそも階級は侍祭でしかない上、その実務経験すらゼロのマーカスだ。
特務の一員ではあれど、表側の地位には少しも加味されない。
言葉遊びで押し通すにも、根本的に彼は『弱過ぎる駒』。
どんな理屈を捏ねようが、必ずどれかの派閥の方針に抵触する。
『あちらを立てればこちらが立たず』で、どうにも纏まらない。
色々とやった挙げ句、私は完全に開き直り。
教義や合理性、損得などに訴える事を、すっぱりと諦め。
むしろ、『本能にのみ』ターゲットを絞って、力一杯訴えた。
それが、あの台詞である。
笑い話のようだが、本当にあれしかなかった。
あれ以外は、絶対にまかり通らない状況だったのだ。
インターネット上の会議で、私が発言した瞬間。
8名全員の顔色が変わった。
《悪魔を召喚出来る法王》。
恐るべきパワーワードだ。
間違いなくあれは、カトリックの歴史に刻まれただろう。
当然、公に出来ぬ類ではあるが。
───執務室へと戻り、机に向かう。
さあ、職務の再開だ。
マーカス坊やに、たらふくの仕事を与えてやらねば。
出来るだけ困難な任務ばかりを、優先的に回し。
可能な限り多くの悪魔や、伝来の妖族と関わりを持たせ。
人間ならぬ者達の知られざる道理に、たっぷりと触れてもらおうか。
───マーカス・ウィルトン。
───最年少の、規格外の、絶対的な実力を伴った法王になるがいい。
全ては、私の。
私達の、『新しき教会』の為に。




