291話 盤外のJOKER 04
───そして、今から10年前。
───ベリーリは解決出来ない問題に、頭を抱えていた。
”人間以外にとって聖書とは、信仰とは何なのか”。
一般的な信徒ならまず、考えもしない命題。
人間はそれ以外と違い、《原罪》を持って生まれたから。
殆どの関係者が返すであろう、そういう安易な答えに彼は逃げなかった。
生まれながら罪を背負い、清く正しく生きられぬ故に信仰が必要ならば。
なにゆえ牛や馬、犬猫にはそれが要らないのだ?
他の生物は、人間よりも正しく生きているのか?
彼等とて同族で争うこともあり、『子殺し』すらあるというのに?
”カトリックの教義は、人間にしか意味を成さぬのか、否か”。
これを解き明かすには、何もかもが足らない。
試すべき相手や、その選定。
被験者をカトリックに入信させる、具体的手段。
長期に渡る観察方法。
最悪の結果となり、制御不能となった際の、有効な対抗策。
人間でしかない自分が、人間以外とどう接触し。
どうやって結果を判定すればよいのか。
───そこへ、『奇跡』が起きた。
───というより、まるで申し合わせたような『需要と供給の一致』。
ラッチーという成功例かつ優秀な助手を得たが故。
更にその先へと進み、今度は人間で試したいメルセディアン。
ブチ当たった難題に考え悩み、都合の良い解答を出してしまうより。
いっそのこと自分が『人間以外』に生まれ変われたなら、と願うベリーリ。
───そう。
誰が悪いのかと言われたら。
責任の150パーセントは、俺にある。
両者にそれぞれの事情を教えてしまった、俺のせいである。
茶飲み話のついででうっかり、というのが良くなかった。
勿論、”よせ”、と止めたぞ?
止めたんだが、少しも止まらなかった。
結果的には上手くゆき、後日、両名に感謝されはしたが。
───あれから10年経った今も尚、微妙な気分になる経緯なのだ。




