290話 盤外のJOKER 03
───ベリーリ・マルドロスとは、それなりに長い付き合いだ。
ウチがNYからミュンヘンに移転したのも、ベリーリが居るから。
そう言ってもあながち嘘にはならないくらいの、深い関係である。
初めて会った時、彼はまだ20代前半。
だが。
すでに悪魔達にも名が知られた、『危険人物』。
痩身で目付きの鋭い、理論家で。
一度気になると徹底的に解明せずにはいられない、執念的な真面目さで。
当然、カトリック内では《聖書原理主義》の一派に属しており。
間違いなく将来は枢機卿だろうと、若くして囁かれるような逸材。
こうして並べると、悪魔とは決して相容れぬ典型的な堅物に思えるが。
実際に顔を合わせて話をしてみれば、ガラリと印象が変わった。
───確かに彼は、聖書を真理と崇める信仰者の鑑だったが。
───『聖書に記述されていない事』まで決めつけるのは良しとしなかった。
ベリーリは俺に、映画や音楽の話をした。
自分の生まれや、カトリックの矛盾についてまでも語った。
即ち、俺を人間のように扱った。
彼にとっての『危険な悪魔』とは、『聖書に書かれた悪魔』。
悪道へ誘惑し、唆す、『実害のある悪魔』の事。
”聖書には、悪辣な行いをした人間についても記載されているが”
”それを読んで、『全ての人間が悪である』と信じる馬鹿は居ない”
”悪魔とて、同じ事だ”
”区別して然り”
”一体何の為に、名前が付けられているのか”
”『あれ』や『これ』や『それ』を、別々に認識する必要があるからだろう”
彼が主張する内容は、ごく単純なものだ。
しかし、それを堂々と言える宗教家は、まずいない。
聖書だの教典だのとされるものは、どれも《単純化》されている。
読んだり聞いたりした人間に分かり易く、憶え易くしなければならないからだ。
『悪い悪魔』と『そうじゃない悪魔』がいるなど、何処にも書けない。
書けないから、教義にも盛り込めない。
ベリーリはその部分を、的確に突いた。
誰にも流されることなく。
強い信仰を持ちながら、はっきりと指摘したのである。
では、どうしてそんな彼が、『危険人物』として悪魔に噂されたのか。
───容易に想像出来る。
最初に出会った悪魔が、『よろしくない悪魔』だったのだ。
その『よろしくない部分』を、ベリーリは容赦無く追求した。
元々ぶっきらぼうな物言いもあって、非常に攻撃的な人物と見なされた。
───そんなところだろう。
そりゃあ、悪魔も色々だからな。
人間が持つイメージにわざと乗っかり、悪事を働こうとする奴はいる。
わざとのつもりが何時の間にか、本当の自分になっちまう奴さえ。
悪魔は強大な存在だが、その精神力までそうだとは言い切れない。
あまりに長く生きていると、次第に《自我》が薄くなる。
”そうあれ”と定められた伝来の妖族じゃないが。
どこまでが本来の自分なのかが、曖昧になってしまうのだ。
その点、俺はまあ、大丈夫だ。
タバコと。
コーヒーと。
世に美しき女性が存在する限り。
自分を見失うなんて、有り得ない話だからな。




