289話 盤外のJOKER 02
愉快な相棒を含め、カトリック関係者には非常に申し訳ないのだが。
ベリーリ管区大司教は、とっくに死んでいる。
いやはや。
これについては、どう説明するべきか悩むところ。
”どこから話すか”とういうより、何を話しても問題しかない感じである。
───まず、豪勢な革張り椅子にふんぞり返った、ローブ姿の奴。
この似非医者じみたメルセディアンという名の男は、『死せる賢者』。
悪魔ではなく、伝来の妖族の一種。
禁断の知識や永遠の命を求め、不死へと堕ちていった者。
───なんていう民間伝承から生まれた、割と有名どころの妖だ。
ローマ帝国が滅亡して、少し経った頃。
こいつが、旅の司祭にばったり出くわした。
折しも、のんびりと夜の散歩中。
しかも、あたふたしている間に先手を取られるという、間抜け具合である。
悪魔と違い、死せる賢者には十字架も聖句も良く効く。
そういう存在として世に発生したのだから、そりゃもう、てきめんに効く。
───だが、メルセディアンは、辛くも生き延びた。
最大級の幸運か。
それとも、意外に相手の『徳』が高くなかったのか、理由は不明だが。
ともあれ。
瀕死の重症を負いつつも彼は、何とか棲家まで帰り着くことができた。
”おのれ、人間め!”
”次に会った時は、目にもの見せてくれようぞ!”
次も何も、定命である人間はさほど長く生きないのだが。
メルセディアンはすぐさま、研究を開始した。
死せる賢者の致命的弱点を克服する為。
徹底的に宗教というものを調べ上げ、独自の対策を講じようとしたのだ。
───それから数百年が経過し。
───彼の執念と努力が実り、望みは叶った。
十字架の前に立っても、肉体から力が抜けない。
聖書に触れても、燃やされることがない。
それどころか。
自ら賛美歌を唄おうが、マタイによる福音書の5〜7章を読み上げようが。
もはや彼は灰となることも、喉が焼けることもなくなった。
あらゆる祝福と聖なる祈りは彼を傷付けず、逆に高揚感すら感じる程。
───つまり。
───正しく、カトリックの信徒と成り果てたのである。
しかし、そこから先もまた、苦難は続いた。
”ちょっとこれを、読んでみてほしいのだが”
好意で手渡した聖書が、同族を燃やし尽くした。
”君にプレゼントを”
首に掛けてやった十字架が、真っ白な灰の山にポツンと残った。
伝来の妖族の中でも、死せる賢者の『発生率』は高い。
何せ、人間がその存在を信じている限り、生まれてくる。
無闇に口にできぬ世界大戦時のあの独裁者すら、未だ生存説が囁かれる程だ。
ゲームや映画においてであろうと、需要があれば生まれる。
増える。
そういう意味で現代でも死せる賢者は、吸血鬼に匹敵する『人気種族』。
けれども。
信仰者としての彼が求めたのは、そうやって生まれる連中ではなかった。
同じカトリックを信じる、『宗教的同志としての仲間』を欲したのだ。
この時点でとっくに、伝来の妖族としての範疇を超えている。
当然、誰からも理解は得られない。
同族を殺しまくっていると非難され、特級の犯罪者となったメルセディアン。
諦め切れない彼は、次なる挑戦を開始した。
それは、自然発生に頼らず信仰者を直接、死せる賢者にする事。
棲家を変え、文字通りの隠者となり、またしても研究に没頭する彼。
『死せる賢者の知性は高い』、それは誤りだ。
『そうあれ』とされて生まれた事と、実際そうである事には隔たりがある。
しかし、メルセディアンは努力した。
努力に加え、新たに得た信仰という名の力で、願いを実現すべく足掻いた。
生者を、死者へ。
定命を、不死へ。
このカトリック的に完全アウトな目標さえ、情熱の前には頭を垂れる。
───またしても数百年後、彼は『至った』。
人間を死せる賢者へと変質させる、禁断の術式が完成。
勿論、机上の空論ではない。
動物実験も成功させている。
───その成果が、白ネズミの『ラッチー』だ。
ラットのリッチだから、ラッチー。
最後を伸ばすのは、可愛らしさと呼び易さを両立させる為らしい。




