280話 知らないことは、知らないことに 06
「話の腰を折って、すまなかったな。
先を続けてくれ───手記がどうしたって?」
「・・・・・・ああ、うん・・・ええと。
彼は何度目かの冒険で、人間達と一緒に船に乗ったんだけどね。
昼寝してたら、うっかり海に落ちてしまって」
「どんくさいエルフだな。やっぱり、そういう抜けてる所も遺伝なのか?」
「放っておいてくれよ!
・・・それで、彼は咄嗟に精霊魔法を使ったから、呼吸はできたものの。
泳げなくてそのまま、どんどん沈んでいって。
”これはマズい”、”ここからどうやって陸へ戻れば”と慌て始めた時。
そこを助けてくれたのが、『海エルフ』だったんだ」
「いや、人魚だろう、それは」
「違うよ。『海エルフ』さ」
「100歩譲って、たまたまそこで泳いでいた普通のエルフだな」
「海の真ん中だよ?そんな所で泳いでるとか、不自然過ぎるし。
あと、乗っていた船はもう、遠くへ行ってしまってて。
途方にくれた彼を『海エルフ』は、海底にある家に招待してくれたんだ」
「やっぱり、人魚じゃないか」
「違うから!
エルフと見た目は同じだけれど、精霊魔法無しに海の中で暮らせる種族!
即ち、『海エルフ』なんだって!」
「どう聞いても人魚としか思えないが。
───それで、その場所が現在のオーストラリア、という訳か」
「そうなんだよ!
ああ〜〜、わくわくするなぁ!
進化の課程で生息地を違えた、エルフの傍流!
いや、一般的な説に沿うなら、私達のほうが彼等から別れたのか?
日焼け対策を完璧に施して、まずは海岸線から調査するつもりさ。
人間達の間にも何か、伝承とか残っているかもしれない。
勿論、ある程度の確証が得られたら、海底の捜索も!」
遊びに行く子供のように、キラキラと目を輝かせるエルフ。
むむ───やはり、相当に病んでいるとみた。
目的を持ち、何かやっていないと落ち着かないのだろう。
調査とやらが精神を安定させる為の防衛本能であるなら、仕方無い。
仕方無いが、こうやって接点を持ってしまった以上、死なれると後味が悪い。
「一応忠告しておくが、現地のエルフとは絶対に接触するなよ?
西部と中央部には行くな、比較的マシなのは南東部くらいか。
ただし、南からではなく、東側から入ったほうがいい。
言えるのは、ここまでだ」
「・・・助言、感謝するよ。
君が『かなりスレスレの所』まで教えてくれてるのは分かる。
だから、今回だけはオーストラリアのエルフ達に加勢しない。
あくまで私用で、調査目的で現地に滞在するだけ・・・約束する」
「分かった───では、そろそろ終わりにしよう。
高位結界を長時間張っていると、他の天使達が不審に思う。
何か言われてもまあ、適当に誤魔化してはおくが。
わたしが立ち去ったら、1分以内にお前もここを出ろ。
即、交通機関を使え。
さらばだ。
───良い旅を、財布を盗られた間抜けなエルフ」
「・・・君に幸あれ、未成年に手を出した天使さん!」
天使とエルフ。
決して相容れぬ種族関係。
去り際の台詞は、もっと辛辣な罵倒であっても良かったのだが。
つくづく優しい天使だな、わたしは。
うむ。
これこそが、唯一の欠点といったところか。
おっと。
フードコートを出てそのまま、つい出口へ向かうところだった。
───買い物だ、買い物。
おかしなエルフに気を取られ、当初の目的を忘れてはいけない。
有意義な休日。
午後はどっさりと、ババロアを作る予定なのだから。




