278話 知らないことは、知らないことに 04
「本当に有難う!!
助かったよ、種族を超えた素晴らしき友愛によって!!」
食料量販店のフードコート。
テーブルの向かい側でエルフの男が、ニコニコと笑っている。
わたしが奢ってやった抹茶ラテを、ずずう、と吸いながら。
「残念ながら、友愛の情は爪の先ほども無いな」
「そうなのかい?ともかくさ、借りたお金はちゃんと返すよ!
一旦、家まで引き返して取ってくるから、4日ほど待ってもらえれば」
「いや、返さなくていいぞ」
「え?いや、そういう訳には」
「本来お前とは何かを貸し借りしたり、こんな場所で同席する関係じゃあない。
ただ、『非常に高度な私的判断』によって、こうする事を選んだ」
「何だい、その私的判断というのは」
「トラウマ克服の為の───まあ、リハビリのようなものだ」
「??」
意味が分からない、という表情で首を傾げるエルフ。
もしこいつが女で杖を持っていたなら、リハビリどころじゃなかったな。
実のところ、これくらいの精神的負荷で丁度良いくらいだ。
「あと、互いに名乗るのはやめておこう。
知ってしまうと、色々問題が発生する」
「ふむ・・・まあ、確かにそうだね」
「それにしても───見た感じ、旅行者のような格好だが。
現金は分散して持っておくものだろう、常識的に」
「いやぁ、面目ない!
まさか、エルフから気付かれずに財布を盗める人間がいるとは!」
「その人間が凄いというより、お前がトロくさいんじゃないのか?」
「うわ!君、結構ハッキリ言うねぇ!」
「それに、財布を無くしても普通は、さほど困らない筈なんだが。
電子決済は使えないのか?
今の時代、何でもスマホで『ピッ!』としたら終わりだぞ」
「そうらしいけれど、登録とか面倒で、つい」
クラブハウスサンドを、もしゃもしゃと頬張る『耳長』。
それ、ローストチキンが入っているが───
「お前、エルフのくせに、肉を食べるのか」
「・・・え?これかい??
平気平気、問題無いさ!
私達が肉を食べない理由は、無駄に命を奪いたくないからだよ。
もうすでに『お肉』になっちゃってるなら、食べないと勿体無いからね!」
「まあ、ヘタな《自然主義》を唱えるより、現実的ではあるな」
要するに、”自分の手で屠殺はしたくない”、という事。
普段はそれが、”肉を食べたい”を上回っているだけの話らしい。
可哀想だからではなく、手を汚したくないから殺さない。
正直で結構だ。
「でも、どっちにしたって、家には1度戻らないとね。
オーストラリアへ辿り着くまでに、それなりのお金が必要だしさ」
「『辿り着く』?直通では行かないのか?」
「他にも幾つか寄りたい国があるんだよ」
「いい御身分だな。
それだけ自由にフラフラ出来るということは、独身者か」
「ん・・・いや、ギリギリ違うね」
「何だ、ギリギリとは」
「・・・妻が、娘を連れて実家に戻ってしまって。
だけど、まだ離婚じゃないから・・・」
「なるほど。
よく見ればお前、そういう顔をしているな」
「ちょっと君、失礼過ぎやしないかい!?」
「うん?どこがだ?───”よく見れば”、の辺りか?」
「・・・・・・」
おかしな奴だな。
大声を出したと思えば、急に黙り込んで。
やっぱり、精神が弱っているのか?
離婚を目前にして。
「・・・それなら、こっちも言わせてもらうよ。
よぉく見たら君、長い間独り者で、これからもそうだろう顔してるね!」
「それは、若々しく見えるという、遠回しな褒め言葉か?」
「違うよ!」
「それとだな。わたしが現時点で独身なのは、間違い無いが。
結婚を前提に付き合っている恋人はいるぞ?」
「ええーー!?・・・って、恋人??今、『人』って言った??」
「ああ。『人間の彼氏』だ」
「私達エルフには、そういう例もあるけれど。
天使が、人間となんて・・・」
「去年の12月、有給を使って3泊4日でスキー場へ出掛けてな」
「へぇ。ウィンタースポーツ、好きなのかい?」
「スノーボードを多少な。
そうしたら、”真冬のゲレンデには、天使がいる!”、と叫んでいる奴がいた」
「え」
「それだけなら、まだいい。
わたしも休暇中だ、一々反応するつもりは無かった。
───しかしだ。
その後にそいつが続けた内容が、著しく不適切だった。
”だが、気を付けろ!ゲレンデには魔法が掛かっている!”
”騙されるな!見た目から3割は引いて判断しろ!”
これはちょっと、聞き捨てならない。
お調子者の妄言にしたって、限度というものがある。
わたしはすぐさま奴の元へ向かい、抗議した。
”そんな魔法も防げぬ天使など存在しない!”
”速やかに訂正し、天を仰いで謝罪の祈りを捧げろ!”、と」
「・・・ええ〜〜・・・」
「───という、大恋愛でな」
「待って。どこにも恋愛要素は無かったよ?」
「付き合う事が決定するまでは激しく抵抗されたから、大恋愛だろう。
最後は、力尽くで最終段階まで持っていったが」
「いや・・・最終って・・・」
「近接距離に於いて、人間は致命的に弱いからな。
まあ、少々生意気ではあるが可愛い奴だぞ」
「・・・・・・」
「どうした?」
「・・・とても刺激的な内容に、頭が痺れてしまってね」
「ふむ」
これは些か、惚気が過ぎたか。
それともこのエルフ、意外に純情なのか。
「しかし、奴はまだハイスクールの学生だからな。
結婚に関しては、カレッジを卒業するまで待ってやるつもりだ」
「天使って、人間との婚姻とか認められてるのかい?」
「言わなければ特に問題あるまい」
「どうやったらそんな、ポジティブに考えられるかなぁ」
「それはやはり、規則正しい生活と適度な運動によってだろう」
「・・・・・・」




