274話 That's all right. 04
「───外は、暑かっただろう」
キン、と美しい音がして。
『兄』のほう、首領が口を開いた。
「ゆっくり涼んでいけよ」
「!!───い、いいのか?」
「問題無いだろう。お前達が大人しくしてる分には」
「───」
これは。
”本国じゃ、かなり暴れたらしいな”
”ほとぼりが冷めるまでは、うちの縄張りで過ごせよ”、という事。
何もかも、承知の上か!?
おまけに滞在を許可するだと!?
「この店の料理は、とびきり美味いからな。
此処でまた会うこともあるだろう───肩の力を抜いていこうぜ」
「!!」
”また会うこともあるだろう”。
コーサ・ノストラは、身内にしか『また会おう』と言わない。
敵対者は全て、その場で排除するのが常。
『また会える』のは、『会いたい』のは、同じ一家の者だけだ。
それを、身内ではない俺達に言ってくれるのは。
一定以上の評価が下された、という事。
認めてくれたという事だ。
更には、その言葉の前。
”此処で”。
何かあった時は、この店───ここの主人を通せ、という意味か。
「───」
無礼にならぬよう、僅かにだけ視線を移動させて調理場を見れば。
主人もこちらを見て、ゆっくりと頷いている。
ああ。
確かに、あの男も『こちら側』の住人だ。
「それ、いい仕立てのスーツだな。センスの良さが分かる」
「っ!!有難う御座います!」
首領の言葉に自然と頭が下がり、口調も改まった。
『そうしなければ』、とやった結果ではなく。
俺自身が、そうしたかったのだ。
タバコを手に悠然と煙を吐く、その姿。
風格。
古い映画のワンシーンを思わせる構図。
ガキの頃を思い出す。
ボーリング場の割れた鏡の前で、懸命に仕草や角度を練習したっけ。
ああ、目頭が熱くなってきやがった。
これは、あの頃の俺が憧れた、なりたかった俺なんだ。
「ま、社長の言う通りさ。
お互いにきっちりと格好を付けて、人生を楽しもうぜ」
『弟』が笑い、カップを持ち上げ。
そのまま三口で飲み干した。
エスプレッソには、砂糖を入れる。
そして、かき混ぜ過ぎない。
ダラダラと時間を掛けず、一気に飲む。
───これこそが、イタリア男子の矜持。
つまりは、”何処に身を置こうとも、イタリアの誇りを忘れるな”。
そういう事だ。
「はい!───失礼しました!」
3人揃って、深く礼をする。
そうするのに微塵の恥も抵抗も無く。
ただただ感動と感銘が、俺の胸の内を焦がしていた。
ドイツ入りしてすぐに、こんな凄い連中と接触出来た。
顔を憶えてもらえた。
特大級の幸運だ。
夕涼みの始まりに、これ以上の後押しはないだろう。
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「何かあいつら、最終的に柔らかい感じになったッスね」
「社会人として人様に迷惑を掛けないよう、とっくり言い聞かせたからな」
「やったのは主に俺だぜ?」
「だがな、オーレン。まだこれで終わりじゃないぞ?
ああいう輩は、とかく恩を売りたがる。
そしてそれを、後々(のちのち)に回収しようとする」
「この場合、どういう『恩』なんスか?」
「気を抜いてたらな、飲み食いの代金を勝手に奢ろうとするんだよ。
それを回避するまでを含めて、連中への対処法だ」
「ははは!なんか顔色が悪くなってきたな、社長!」
「黙れ、キース。お前にも財布を出してもらおうか?」
「いやいや、遠慮しとくぜ!御馳走さん!」
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「オーナー、今『なんちゃって』の奴等、頭を下げてたよな?」
「そうする他に無ぇだろう。
すぐに挨拶に行ったから、あれで済んだんだ。
本物の前でイキがってたら、魚の餌にされてもおかしくないぞ」
「ひええ〜・・・」
「まあ、あの方々の器量は相当にデカい。
俺の予想だと、『なんちゃって』の代金も纏めて支払うだろうな」
「マジで??」
「そして何も言わず、先に店を出ていく。
『なんちゃって』は会計の段になって、ビックリだ」
「心臓には悪いけど、運はいい、って感じかなぁ・・・」
「何事も無く、丸く収まったんだ。これでいいのさ」
「オレは、チップを貰い損ねたけど」
「お前が行ってたらそれこそ、魚の餌だろうよ」
もう一度バンダナを巻きながら、オーナーは笑った。
「───だから、これでいいのさ」
【悲報】
ヴァレストさんの、お財布がッ!!
空っぽにッ!!




