272話 That's all right. 02
「・・・オーナー!提供した料理、大丈夫だった!?
クレームとか付けられてない!?」
「ああ、心配すんな。普通にしてりゃいいんだ、普通に。
それに、俺が作ってんだぞ?
味に間違いは無ぇよ」
追加注文で呼ばれ、何度か調理場と客席を往復し。
途中で、ダークスーツの男の1人。
窓側に座ったほうに言われた。
”初めて来たんだが美味いな、ここ”
”ミラノの名店にだって、負けちゃいないぜ”、と。
驚くほど人懐こく、魅力的な笑顔。
危険だと分かっているのに、惚れ惚れしちまった。
暴力だけが取り柄の奴は、煽てられ持ち上げられ、使い捨てにされる。
パッと目立って花火のように消える、短い生涯だ。
しかし、そこに周りを惹き付けるカリスマも備わっていたなら?
あれはイタリアに戻ったら即、『幹部』になる。
間違い無く、それだけの器のデカさだ。
場合によっちゃあ、一家の跡目を継ぐ機会だってあるだろう。
まったく、凄ぇ体験をさせてもらったぜ。
ミュンヘンに店を構えてなきゃ、出会わない運命だったかもな。
「・・・沢山注文してるし、チップ弾んでくれそうな雰囲気だなぁ。
やっぱり、オレが行っとけば良かった」
「けっ。今更だ、お前の取り分なんかあるか。
それどころか、大して仕事してねぇだろ。
次の時給アップはゼロだと思っとけよ?」
「それは勘弁してくれよぉ・・・って、オーナー!あれ!」
「だから、デカい声出すなっての」
「ま、またヤバいのが来ちゃったよっ!
もう、どうなってんだ今日はっ!」
「───」
著しく評価が下がったバイトの指差す方向。
そちらへ目を向ければ───ああ。
何だかなぁ。
鼻で笑っちまうぜ、あんなのはよぉ。
「───お前、目ん玉腐ってんのか?」
「え?」
「なぁにが”ヤバい”だ、馬鹿。
あれは、『なんちゃって』だろうが」
「・・・『なんちゃって』??」
「格好だけ本職の真似をして横柄に振る舞う、偽物連中だ。
あっちの席の方々と比べてみろよ、ええ?
纏ってるオーラが全然違う、てんで話にならねぇな」
「ん〜〜・・・確かに、言われてみれば」
「───そこの男共。喋ってる暇があったら、働けっての」
背後から聞こえてきたのは。
決して大きくはないがドスの効いた、女房の声。
「───おい、俺まで怒られちまったじゃねぇか」
「うう・・・」
「とにかく、今来た奴等から注文取ってこい。急げ」
「わかった!」
滅法美人で、働き者で。
絶対に調理場から出したくない、最愛の女房なんだが。
本気で怒らせたら最後、地獄の底を見ることになる。
いやいや。
おっかないったらもう、ありゃしねぇ。
しばらくの間、石窯の方を振り返るのは止しておくか───
・
・
・
・
・
・
・
───ディーノ・アッカルドは、不機嫌だった。
ジェノヴァから貨物船に乗り込み、スペインを廻り。
そこから北東、イギリス海峡を通過してオランダのアムステルダム。
監視の厳しい空路を避け、今度は鉄道でドイツへ。
ようやくミュンヘンまで辿り着いたのが、一昨日の朝のことだ。
長距離移動による疲れ。
警察への警戒。
異国における居心地の悪さ。
正直、ここまできついとは想像していなかった。
そして、何よりもだ。
食事に対する不満が、もはや極限に達している。
船旅で弱った胃は、まだ回復しきっていない。
そこにヴルストやシュニッツェルを入れたら、のたうち回る苦しみだ。
昨晩の店なんて、”何か軽めのものを”と頼んだら揚げ芋が来た。
それも、アボカドソース付きで。
これ以上、ドイツ野郎の料理なんか見たくない。
ただ濃いだけの味付けをビールで流し込むのは、食事とは言わない。
早急にまともなメシが必要だ。
このままじゃ3人共、毛むくじゃらの赤ら顔になっちまう。
もしくは、行き倒れだ。
───ディーノ・アッカルドは、不機嫌だった。
ようやく見付けた店、それ自体は悪くない。
というか、控え目に言っても当たりの部類だろう。
中途半端な『イタリア風』ではなく、完全にイタリアの『カッフェ』だ。
変に気取らず、壁にベタベタと三色国旗を貼り付けるような不自然さも無く。
エスプレッソだけ頼んでも気が引けないような、軽やかな雰囲気。
そっと包み込むような家庭感。
これだ。
これこそ、俺達が求めていたものだ。
メニュー表を広げ、鮮やかなペスカトーレの写真が目に飛び込んできた時。
不覚にも涙が溢れそうになったくらいだ。
───それでも、だ。
注文を訊きに来た店員の態度が、気に食わない。
非常に不愉快だった。
通常、筋者に対する堅気の行動パターンは3つだ。
視線を逸らし、気付かない振りをするか。
おっかなびっくりで寄って来て、媚びへつらうか。
デカい声で挨拶し、その元気の良さに免じてもらおうとするか。
だが、俺達の席に来た店員は、それらのどれでもなかった。
左手を腰に当て、斜めに傾いで立ち。
吊り上げた唇の端で、薄ら笑い。
仮に堅気同士でも、こんな接客はないだろう。
明らかにこちらを侮り、小馬鹿にした態度だった。
───腹の底から、煮えたぎった怒りが上ってくるのを感じた。
───図に乗ったガキに舐められたままじゃ、メンツにかかわる。
反射的に行動しなかったのは、奇跡に近い。
背を向けて歩いてゆく店員を呼び止め、立ち上がろうとする自分。
”シメるのは食った後だ”、と主張する自分。
”ここはイタリアじゃねぇんだ、堪えろ”、と制止する自分。
それらがグルグルと回って、混じり合い。
やり場の無さに、強く奥歯を噛み締めて。
───くそっ!
こりゃあ、いけねぇな。
俺がこの有様じゃ、他の2人も。
隣に座った弟に顔を向けると、視線が合う。
奴はニヤリと俺に笑ってみせ、それから眠たげに目を閉じた。
2歳下のこいつは、『沸点』がどこにあるのか未だに分からない。
銃弾が頭を掠めても、撃った相手に何もせず許したことがある。
だが、その一方で。
戦意を失った相手を死ぬまで殴った挙げ句、1日掛けて解体したことも。
こいつが暴れ始めたら、兄である俺も簡単には止められない。
まあ今回は、セーフだったようだが。
───そうすると、残りは。
舎弟のダニーロは、すでに『反応』していた。
眉間に皺を寄せ、威嚇している。
ただし、戻ってゆく店員へではない。
視線を飛ばした方向は、店内の奥。
3人の客が座るテーブル席。
どんな阿呆にも『分かってしまう』ほどの、存在感。
こちらと同じくイタリア人で、《同じ稼業》の連中に向かってだ。
(───そうか。俺達ぁ、『あれ』と比べられたのか)
ここ最近、本国からドイツへ涼みに渡った《同業者》はいない。
だからこそ自分達は、当局の裏をかいて入国したのだ。
つまり、『あの連中』はミュンヘンで長くやってる、ということ。
地元の勢力を押しのけたか、上手く付き合えるだけの力量があるって訳だ。
(こりゃあ、マズいな)
ダニーロは、優秀な『猟犬』だ。
無駄に吠えたりせず、確実に獲物を咬む。
生意気な店員よりも大元に狙いを定める、そういう判断が出来る奴だ。
しかし、今回ばかりは褒めてやることが出来ない。
俺達は、最低でも2年くらいは大人しくしている必要がある。
ヘタを打って捕まりでもすれば、本国の一家に迷惑が掛かる。
入国3日目でそんな事になったら、裏世界のいい笑い者だ。
「やめろ」
短く、ダニーロを制止する。
「───おい」
止まらない。
俺のほうを見ようともせず。
攻撃的な視線を切ろうとしない。
理由は、すぐに分かった。
向こうの1人が『喰い付いて』いるからだ。
深緑に縦のブルーストライプが入ったスーツ。
くすんだ赤髪の、まだ若い男。
テーブルの端に手を付き、こちらへ体を捻り。
少し顎を持ち上げたその仕草は、まさに獲物を認識した捕食者。
文字通り強烈な殺気が放たれ、相手を貫かんとしている。
その対象は、ダニーロだけではない。
俺達全員だ。
全員まとめて、殺ろうとしてやがる。
(───ッ!!こいつ、何て迫力だ───!!)
それでなくとも荒れている胃を、ギリギリと絞られるような感覚。
尋常じゃない恐怖に神経が侵され、手足の先が次第に冷たくなってゆく。
『度胸試し』で負けるのか!?
この俺が!!
あんな若造に!!
だが、すでにダニーロは押さえ込まれている。
後頭部まで紅潮させ、汗を滲ませて、小刻みに震えている。
「兄貴」
弟に腕を叩かれ、はっ、と我に返った。
「無理だ・・・あいつ1人にも勝てない」
青褪めた顔。
血の気を失った唇で弟が、首を小さく横に振る。
「あ───ああ───そうだな」
あいつらと争ってはならない。
どうやったって、勝てる見込みが無い。
やれば、確実に死ぬ。
一家の為でも、自分の名誉の為でもなく。
ただ”同じ店に居たから、睨んだ”という、つまらない理由で死ぬ羽目になる。
そんなのは御免だ。
俺達3人は、《狂犬》だの《悪魔》だのと呼ばれるが。
誰に理解されなくたって、自分が守りたいものの為に戦い、殺してきたんだ。
死ぬ時だって、そうやって死にたい。
流れ弾に当たるより意味の無いくたばり方なんて、したくない。
「もういい」
ダニーロに声を掛け、その前に立って体で視界を塞ぐ。
「───お前らも、立て。
『詫び』に行くぞ」




