270話 強いな、松村 10
「───本っ当に!!申し訳ありませんでしたッッ!!」
曲げた腰の角度は、ぴったり90度。
接客マニュアルには記載されていないが、これは誠意である。
言い訳より、泣き言より、誠意あってこその謝罪。
若干腹回りが苦しくとも、90度を維持して静止だ。
向こうから返答があるまでは、しつこく誠意を押し売るしかない。
結局『非常用隔離装置』の解除には、2時間近く掛かり。
しかも案の定、客の片方は人間だった。
・・・これは非常にマズい。
とっくり事情を話せば、悪魔なら分かってくれるだろうが。
とっくり話す訳にもいかないのが、人間のほうである。
《カード屋に入ったら、いきなり監禁された件》
なんてSNSに上げられたら、一発アウト。
即座にこの店は終わってしまう。
職を失い、もうネトゲの課金どころじゃなくなる。
「いや、いいんだ。かなり楽しめた」
「・・・え?」
何で?
閉じ込められて『楽しい』とか、どんな難病だ?
テンチョーは、ちらりと人間の隣を窺う。
黒縁眼鏡に水色のパーカー、そして少しくたびれたリュック。
いつもの姿でマッチャムさんが、ニコニコと笑っている。
何だ?
あの中で一体、何があったんだ?
「まだ時間はあるな。向こうの対戦スペースを」
そこまで言ったところで、人間の客は一旦、言葉を区切った。
「───会員カードを作りたい」
「ハ、ハイ!」
《対戦スペースの使用する際は、会員カードの提示が必要です》
あの張り紙を見ての判断、ということか。
こんな目に合いながらその直後、カードを作ってまで対戦したいとは!
この人間、どこまで肝が据わってるんだ。
ちょっとやそっとの胆力じゃないぞ。
───それに比べて、自分はどうか。
この状況で、”カードの発行には300円掛かります”とは言い出せず。
自腹で補填しておこう、と心の中で泣くような気の弱さだ。
しかし、常に丸く収まるほうを選択するのが、店長というもの。
───手早く会員カードを作ってしまおう。
───そして頃合いを見て、冷蔵庫の中の缶コーヒーを提供しよう。
あれは『眠気覚まし』の為に常備しているやつだが。
閉店まで、あと3時間。
今日だけは、眠気に襲われることなんて無いだろう。
そうであってほしい。




