265話 強いな、松村 05
「ええと・・・あの。
ボクは、マッチャ・・・マッチャン・・・」
リュックの陰から顔を出し、おどおどとクマが名乗った。
まっちゃん。
確実に偽名だな。
正式に契約を結ぶ訳でもないのに、真名を教える悪魔はいない。
だが、『完全な嘘』というより、『通称もしくはあだ名』といったところか。
ここ日本では、親しい間柄で呼び合う際に『ちゃん』を付けるらしい。
例えば僕、マーカスなら一部を略して、『マーちゃん』となる。
ただし、年長者に対して『ちゃん』を付けるのはNGだ。
僕がシンイチローを『シンちゃん』と呼べば、かなりの失礼に当たる。
本人の許可があったとしても、周囲からは非常識だと批難される。
あと、某・有名アニメの主人公と被るので、大問題。
まあ、とにかく。
悪魔と日本の両方に造詣が深い僕だ。
中途半端な偽名なんて、通じはしないぞ。
ズバリ。
『まっちゃん』の真名は、《松村》だろう。
しかし、それを得意気に突き付けるような真似はしないでおく。
たまたま出会っただけの関係だ。
それ以上の意味は無いし、おまけに任務も絡んでいない。
流せる部分は流しておくのが賢明である。
「───マーカスだ」
礼儀として、こちらも名乗っておく。
一応、僕にも『潜入』の際に使う偽名はあるが。
下手に使って、一々その名で呼ばれるのも面倒だ。
フルネームでなきゃ、別に隠す必要も無いだろう。
「・・・マーカスは悪魔、怖くないの?」
「よく出くわすから、慣れてる」
「・・・そうなんだ?」
少し安心したのか、クマは身を乗り出して、右半身を晒した。
それにしても、えらくファンシーな悪魔だな、こいつ。
世界的に有名なクマのキャラクターは、数匹存在するが。
そのどれよりも顔付きが優しく、愛らしい。
こんなのに耳元で囁かれたら、多くの人間が『堕ちる』だろう。
特に、女性と子供は要注意だ。
明らさまな危険は感じさせないが、実力者とは得てしてそういうもの。
こいつだって案外、高位の悪魔なのかも。
任務中の遭遇じゃなくて幸運───いや、やっぱり不幸だな。
「・・・この部屋はね、『隔離空間』なんだよ」
「隔離?」
「悪魔が問題を起こした時、強制的に排除する為に使うんだ。
ほら、店内の隅に『対戦スペース』があったでしょ?」
「ああ」
「あそこで悪魔と人間が対戦して。
負けた悪魔が暴れでもしたら、大変な事になっちゃうからさ」
「温厚な悪魔が、イキがった人間にしつこく煽られて、というのもありそうだ」
「・・・え?」
真ん丸の目で、きょとんとするクマ。
ヤバい。
仕草が、デタラメにヤバい。
これ、成人男性の僕ですら、お持ち帰りしたくなる愛らしさだ。
しっかりしろ、マーカス!
ぬいぐるみに心を奪われるような年齢じゃないぞ!
あと、この顔に似合わないぞ!
「・・・そんなふうに言われるなんて、思わなかったなぁ」
「人間と同じで、悪魔も色々だ。
言っただろ?そういう判断が出来るくらいには、慣れてるんだよ」
そりゃあ、個性の強い奴等と妙に縁があるからな。
どうしたって、《悪魔とは何か》、なんて考えてしまう。
最近は特にだ。
いや、真面目な話。
こういう変化は、信仰の危機かもしれない。
───本気で聖書を読み返すべきか?
『大激怒シリーズ』に比べると、些か刺激に欠ける内容だが。




