264話 強いな、松村 04
「うわああああ!!ちょっと、ねえっ!!何でさっ!?
ボク、何もしてないよっ!?
開けてよおっ!!ねえってば!!」
───平常心だ。
突如視界が暗転したと思ったら、次の瞬間。
殺風景な狭い部屋に投げ出されて、訳が分からなくても。
さっきまで隣にいた客のサイズが突如、縮んで。
クマのぬいぐるみになって、絶叫しながら壁をバンバン叩きだしても。
───平常心。
大丈夫。
こんな事もあるさ。
実際、今目の前で起きたんだから。
起きてしまったんだからもう、仕方無いさ。
そりゃあ、”またかよ”とか、”どうしてこう、次々と不幸が”とは思う。
陳さんが知れば、”それみたことか!”と言いそうなくらいに酷いもんだ。
しかし、文句を付ける相手がいない。
全ては、神の思し召し。
いくら僕が毒舌でも、天に向かって『口撃』は出来る訳がない。
───諦めよう。
───すっぱり、きっぱりと。
何の照明も無いのにそこそこ明るい、奇妙な小部屋。
その材質不明の床に座り込み、僕は壁に背を預けた。
何もしないのは時間の無駄だ。
読みかけの本の、続きでも読むか。
ショルダーバッグから『大激怒 Ⅱ』を取り出し、ページを開く。
栞替わりに挟んでいた帯には、刺激的な煽り文句が太字で踊っている。
《青い空と、電信柱が憎い!!》
《宇宙の全てを呪ってやる!!》
《破壊の詩人アニー、92歳。またしても激怒!!》
このエキセントリックなタイトルの書籍は、『詩集』である。
権威ある文壇において、そう認められているかは別としても。
アニー・メリクセンは22の時、とある出版社に自作の詩を郵送した。
待てど暮せど返事は無く落胆したが、それでも彼女は日々、詩を書き続けた。
その創作スタイルは一貫して、『怒り』。
庭に咲く花。
フットボールの勝敗。
四季の移り変わり。
特別な日も。
何も無かった日も。
あらゆる事象に怒りながら、彼女は執筆によって自分の心を慰めていた。
それで何とか、ギリギリのところで耐え忍んでいたのだ。
ところが。
偶然、手違いで読まれぬまま倉庫に積まれていた古い郵便物が発見され。
69年の時を経て、突然のデビューを果たしたのが昨年のこと。
そして。
今更に世界的なベストセラーとなった事が、余計に彼女を怒らせた。
その結果が、第二作となる本書、『大激怒 Ⅱ』。
毎度恒例、役所で税金を払った帰り道でのくだりも健在。
あのキレっぷりは最早、後世に伝え残すべき『人類の至宝』である。
前作と合わせ、僕にとっては聖書に匹敵する愛読書だ。
これを読んでいると、何故か心が落ち着く。
癒やされる。
「えっ!?な、何で人間が、こっちに来てるの!?」
ああ、ようやく僕に気付いたらしいな。
3編ほど読み進めたところで声が掛かったので、顔を上げれば。
目を見開いたクマが、こっちを向いて固まっていた。
「何で、って言われてもな。それが分かっているように見えるか?」
「・・・」
クマは、じりじりと後ずさりして、リュックサックの向こう側に隠れた。
何だそれ。
サイズ的にもう背負えないからって、そういう使い方するか?
「────」
「・・・」
「────」
「あの・・・ボク・・・」
「ああ、分かってる。悪魔なんだろ」
「・・・分かってるのにどうして、そんなに落ち着いてるの?」
それはな。
幾ら騒いでも、全く得にならないからさ。
こんな狭い場所に押し込められ、目の前の悪魔は初見のヤツで。
しかも、自分が召喚したわけじゃないから、制御出来ないときている。
だったら、大人しく本でも読むしかないだろう?
こんな状況で錯乱するほど、考え無しの馬鹿じゃないのさ、僕は。
むしろ、アンタのほうがおかしいぞ。
悪魔のくせに、何でそっちが怖がってんだよ。
とりあえず、震えるのやめろよ。
罪悪感が半端ないんだよ。
『見た目』的に。




