262話 強いな、松村 02
正面に誰もいないのを確認。
素早く、炭酸飲料の1.5リットルボトルに口を付け。
それから静かに、それを『横置き』にした。
向こう側から見えないように、という細やかな配慮。
接客マニュアルには無いが、これも歴としたマナーである。
しかし、それにしても───
(ね・・・眠い・・・)
昨夜も、というか、またしても朝9時まで、ネトゲ三昧である。
実装されたばかりのダンジョンに潜り、新BOSSを狩り続けた休日だった。
他の連中がBOSSの討伐方法を編み出せず右往左往な間こそ、好機。
実力者ばかりの固定メンバーと共に、最高難易度の場所でひたすら稼ぐ。
報奨アイテムを集めるのも、レアドロップを狙うのも、回数が命だ。
とにかく周回して早急に、強力な装備品を揃えたい。
『真性廃人』の中には、すでにセット装備をコンプリートした者もいる。
ネトゲ以外の雑事───つまり、職業がある自分など、甘いほうなのだ。
(うぐ・・・お・・・)
カウンターの内側、一段低く固定されたテーブルに突っ伏しかけ。
慌てて上半身を起こす。
駄目だ。
ちょっとだけ、なんて気を抜けば、絶対に爆睡する。
これはもう、座ってたら危険だ。
何か。
何でもいいから仕事か、仕事っぽく見える何かをしないと。
気力を振り絞って、椅子から立ち上がった時。
カシャン。
胸元のポケットから、ボールペンが落下。
(ああ、もう!)
せっかく頑張ろうっていうのに、幸先が悪い!
渋々しゃがみ込んで転がった先を追うと、すぐにペンは見付かった。
見付かったはいいが、他にも色々と見付けてしまった。
(うわ・・・きったな!)
テーブルの下、今しがた転がしたペンの更に奥、あるわあるわ。
うちの店のレシート、コンビニのレシート。
ペンが3本、硬貨が数枚。
あと、丸めたティッシュペーパー。
(落としたら拾えよ!ゴミ箱だって、そこにちゃんと置いてあるだろ!
まったく、サトウもヤマモトも・・・)
しかし、胸の中に渦巻く憤りは、急速にしぼんでゆく。
まあ、その。
自分も、落としたかもしれないし。
よくよく考えてみれば、そんな記憶が無い訳でもないような。
とにかく、だ。
見付けてしまったものは、仕方無い。
自分が片付けるしかない。
店長だし。
ホウキと塵取りを持ってこよう。
そう思ってテーブルの下に突っ込んだ頭を引き抜こうとしたら。
カチッ。
・・・んん?何か、肩に当たって・・・。
「うあああ!!やっちまった!!」
テンチョーは思わず、大声を張り上げた。
しゃがんでいる自分の、すぐ横。
テーブルの裏側で毒々しく発光する、赤い回転灯。
何の警告音も鳴らないが、これが何を意味するかは即、思い出した。
慌ててドアを開け、店のほうへ飛び込む。
(・・・だ、誰も居ない!!)
さっきまで、客が2名いたはずだ。
漫画を読みながらでも、それくらいは確認している。
間違い無い。
だが。
どこにも───店内を一周しても、その姿が見当たらない。
(やっぱり、今ので『消して』しまったんだ!!
早く元に戻さないとっ!!)
もう、この状況で営業するのは無理だ。
まずは、表のシャッターを降ろしてしまおう!
蹴飛ばしたくなるほど長い時間をかけ、ようやくそれが閉じ切るや否や。
すぐにまた走って、カウンターの内側へ戻る。
押してしまったボタンと回転灯の周囲を、テンチョーは懸命に探した。
しかし、復旧のスイッチらしき物は見当たらず。
もう一度ボタンを押したり、長押しも試してみたが、反応は無し。
(くそっ!解除方法が、さっぱり分からないっ!)
そりゃあ、そうだ。
『これ』が頻繁に使われたのは、初代テンチョーの頃で。
自分の代になってからは、1度もそんな事態に遭遇していない。
正直、ボタンがどこに設置されているかも、すっかり忘れていたのだ。
(やばいぞ、これ・・・マニュアルを読まないと!!)
正確には、何処かにあるそれを探すところからのスタート。
───でも、何か腑に落ちない。
───2名の客の片方は、『違ってた』よな?
───どうして、そっちまで消えたんだ?
───単に自分の見間違いか??
ええい!
今はそんな事、考えてる場合じゃないだろ!!
とにかく、マニュアルって何処に置いてあったっけ!?




