256話 主と、獣と、ぬいぐるみ 07
「ガニア家の状況が知りたいな」
頬杖を付き、ボールペンをクルクルと回しながら、クライスは呟いた。
「あれから連中、どうしてる?
商品の販路は変わった?新規開拓の動きは?」
「表立った変化はありませんね。
構築したビジネスモデルに固執している、とまでは言い切れませんが。
ただし、例の配送業者とは、従来の5%増しで再契約したという情報が」
即座に返したのは、向かいの机で書類をさばいているマリオン。
僕より若くてキャリアも短いが、密偵達の統括を任せている有能なやつだ。
「おっ!喰い付いたかな、これは」
「おそらく」
「今は痛くも痒くもないだろうけど、ゆっくり効いてくる『毒薬』だ。
値上げは今回だけで終わりじゃないのさ。
最後は、『在庫を抱えて憤死』か『利益無しの投げ売り』に追い込んでやる」
その為にガニアと縁の深い業者を抱き込み、仕込んだのが昨年12月で。
これは、無条件で信頼している部分がすでに汚染済み、という攻撃手法。
いわゆる『ポイゾニング』だ。
時は、21世紀。
吸血鬼の戦いも、とっくに様変わりしている。
現代においては、他家の領地に武力侵攻などしない。
戦闘行為自体が、基本的に有り得ない。
そんな事をやらかせば、人間社会に対して痕跡を隠蔽するのが一苦労だ。
森が吹き飛び山が崩れても”天変地異だ”と言い張れる時代は終わっている。
その代わりに始まったのが、『経済戦争』だ。
利益を生み出す為に、何らかの商業活動を行う。
同時に、他家がやっているそれを妨害して、損をさせる。
勿論これも、顔が見えるような距離でやるのは愚策。
吸血鬼は工場を所有するが、そこで働きはしない。
名義上、店舗のオーナーであっても、自ら販売などしない。
何を商品として扱うにせよ、販路の大部分を担うのは『人間』である。
云わば、『必要不可欠な弱点』。
互いが付け込む隙は、そこなのだ。
───なのに、ガニア家はお抱えの配送業者に『優しくしなかった』。
───相場より安価に、大量の品を運ばせようとした。
偉そうに”仕事をくれてやる”という態度では、人心の掌握など出来る訳がない。
飼い犬に毒を盛られるのは正に、自業自得だろう。
こちらはただ、毒の作り方を教えたに過ぎない。
「まあ、『あいつら関係』は当面、このまま様子見かな」
「そうですね」
今回のようにこちらから尋ねない限り、報告は上がってこない。
ある程度以上の問題は、上司が。
それ未満は他の者に完全委任するというのが、ズィーエルハイトのスタイルだ。
何せ、根本的に頭数が少ない。
他家なら6〜8はある分家が、うちはたったの3つ。
本家筋はファリアだけで、後継者も居ない。
これが動乱の時代をギリギリで生き延びた、悪名高き『名家』の実態である。
「さて、と。それじゃあ、出掛けようかな」
まあ何にせよ、事態が急変しない限り、一日中椅子に座っている必要は無い。
というか、そんな暇が無い。
いくら小規模でも分家衆のトップとしては、やる事なんて幾らでもある。
弄んでいたボールペンを放り。
ヴィンテージレザーの手提げバッグに、選別した書類の束を突っ込んで。
それから、うちの商品では一番人気の帽子を深く被った。
「筆頭、何方へ?」
顔を上げることなく、マリオンが問う。
「取り敢えずは、本家から回るつもり。
有能なお姫様の机に、追加分を積み上げてくるよ。
留守中は任せるぞ。
もしも判断に迷うような事があれば、すぐに連絡を」
「了解しました」
後は───そうだな。
ついでに、小言の一つも言ってやらないとな。
先日、”樽の中身をかなり失った”と聞かされたが。
そうなったのは仕方無いし、ファリアの判断を疑うつもりも無い。
ただ、何かある度、真っ先に『最前線』へ立とうとするのが問題なのだ。
まかり間違って頭首が倒れるような事になれば、ズィーエルハイトは滅亡だ。
まったく、どんだけ戦闘狂なんだよ?
暴れっぷりが過ぎると、意中の男が『引く』ぞ?
───ひょっとすると、すでに手遅れかもしれないけどさ。
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「おーい、ファリア。決済待ちのやつ、持って来・・・」
「あら、クライス。いらっしゃい」
「・・・そこの『狼』は、カールベンだよね?」
「ええ、そうよ」
「・・・じゃあ、ええと。
そうじゃない方って・・・もしかして・・・アル??」
「もしかしなくても、俺だ」
国営放送の幼児向け番組に出てきそうな、モコモコした風体。
デフォルメされまくった恐竜みたいなのが発する、アルヴァレストの声。
ぶっちゃけ、太ましいぞ。
いつもの『イタリアン紳士』は、どこへ行った?
「・・・一体どうしたのさ、その格好」
「禁断の第三形態───『ミニドラゴン』だ」
「中に、君が入ってるの?」
「入ってるとか言うな。全部きっちり、俺自身だ」
「・・・・・・」
「ちなみに、『真体』じゃないから『休戦協定』には抵触しない」
「・・・それ、強いの?」
「じゃれ付く子供4人と、ほぼ互角だ。
あと、竜息は吐けないし、飛べない」
「駄目じゃん」
「駄目って言うな。俺は決して、駄目じゃない」
いや、駄目だろ。
どんなに意地を張っても、駄目なものは駄目だろ。
やっぱり、その取って付けたような翼は飾りなのか。
それに『黒竜』だけに黒いから、番組内では『意地悪な悪役』扱いだ。
2匹の子分がいて、色々と画策するけど最終的にドジを踏むタイプに違いない。
「ぬいぐるみみたいで、可愛いわよ」
頭を撫でられた『ミニドラゴン』が、締まりの無い表情で目を細め。
ファリアを挟んだ反対側、今度は『狼』が不満そうに唸りを上げ。
そのどちらもテンポ良くあやす、頭首様の両手───
何これ?
どうして、こんな事になってんの?
「ねえ、クライス。大切な事を言っておくわね」
「・・・何さ?」
「私の腕は、2本しかないの」
「だろうね。そう見えるよ」
「だから、もしもの場合。
あなたには、脚で対応することになるのだけれど。
構わないかしら」
「・・・ああ、それは心配しなくていいよ。
これ置いたら僕、すぐに帰るから」
───働けよっ!!
───お前ら全員っ!!




