252話 主と、獣と、ぬいぐるみ 03
一族の秘宝には、『制限』があった。
使ってみて初めて分かる事だが、相手が何でもオーケーという訳ではなく。
喰らう者と喰らわれる者とのバランスというか、何というか。
───つまるところ、オレは『弱すぎた』。
───もしくは、向こうがあまりにも『強すぎた』。
不幸中の幸いは、相性自体はそんなに悪くなかった、という事か。
お互い、『獣チックなアレ』だ。
サイズに目を瞑れば、まあ似てるっちゃあ似てる。
他にも色々あったのかもだが、とにかく組み合わせとしては上出来だったのだ。
それでも、オレに対して『獣』の比重が大き過ぎて、制御しきれない。
騙し騙しで、何とか共存自体は維持出来るのだが。
そもそも『獣』の側が、最初から精神的にかなり不安定で。
一旦こいつの調子が悪くなったら、オレの方までのたうち回る事になっちまう。
こりゃ失敗したか、と思ったが、もう後の祭りってやつだ。
結局街にも入れず、ひたすら人目を避けて山間部を移動。
何度目かの『発作』、それもかなりデカいのが来て、ぶっ倒れてた時。
オレを連れ帰って介抱してくれたのが、この地の『領主』。
ファリア・ズィーエルハイトだ。
───まあ、その。
───たまげたよ、オレは。
開いた口が塞がらない程の、綺麗な見た目もそうだが。
何の縁も理由も無しに助ける、ってのに心の底から驚かされたね。
普通は、損得が第一だ。
それがあった上での、助力や優しさだ。
親が子供を育てるのは、成長後に一家の助けとなるからで。
近所の者がその子の面倒を見てやるのは、それが一族全体の為だからで。
そうじゃなければ、関係無い者を助けたりはしない。
少なくとも、獣狼族はそうだ。
オレが邪魔者として扱われたのも、『一族の一員』と認められなかったが故だ。
しかし、ファリア・ズィーエルハイトは、平然とオレを助けた。
ぼろぼろの、汚ったねぇ『はぐれ者』のオレを。
体の一部が変質し、明らかに普通の獣狼族じゃないオレを。
かなりイカレちまってるのも見抜いた上で、屋敷へ入れてくれた。
その上、何の対価も要求しない。
状態が回復するまで一ヶ月近く、タダで飯も食わせてくれた。
何十年か経った後で、”眷属に加わる気はないか”と打診はされたが。
それ目当てで助けたんじゃない事は、最初っから明白だった。
この初めて受けた『優しさ』に、何をどうすればいいのか分からない。
オレの問いにファリアが返した言葉が、またもや驚きで。
”誰かに助けられたら、半分だけ返すことね”
”そして残りの半分で、その誰か以外を助ければいいのよ”
”全部返してしまえば、両者の間だけで関係は閉じてしまうけれど”
”半分だけにすることで、助け合いの輪を広げる事が出来る”
”これを提唱したのは、とある人間”
”私は人間ではなく吸血鬼だから、何も返さなくていいわ”
”山を下りて、街の人間に何回か親切にする、というのはどうかしら”
───おかげで、風来坊になる筈だった予定が変わっちまったよ。
おっかなびっくりで色々やってる内に、知り合いができて。
挨拶を交わす奴や、一緒に酒を飲む奴も増えて。
気付けば、すっかり街に溶け込んじまった。
故郷じゃ爪弾きだったオレが。
街で『人間という群れの一員』になっちまった。
───だからこそ、迷惑をかけられないよなぁ。
───居心地の悪くない、300年だったし。
「おい。ゼラ、大丈夫か?」
オレの中の『獣』に、呼び掛ける。
「なあ、頼むからさ。しっかりしてくれよ」
返事は無い───やっぱり駄目か。
いつかこんな日が来る。
それを怖れていたから、オレはズィーエルハイトの一門に入らなかった。
『獣』が暴走しちまったら、この街は血の海になる。
今ここで自分の命を断っても、それを避けることは出来ない。
むしろ、逆効果だ。
オレという枷が無くなり、『獣』が完全に開放されるだけだ。
「情け無ぇぞ、ゼラ!!
お前の名前は『雷』じゃなかったのかよ!?」
背後の壁に頭を打ち付け、叫ぶ。
「ゼラ!!何とか言えよ!!」
───それでも、『獣』からの応えは無い。
───切れ切れの咆哮と牙を鳴らす音だけが、オレの奥底で渦巻いていた。




