250話 主と、獣と、ぬいぐるみ 01
【主と、獣と、ぬいぐるみ】
───苦しい。
───視界がぐるぐると廻り、呼吸が乱れる。
どれだけ吸っても、酸素が足りない。
心臓は激しく不規則に鼓動して、おびただしい量の発汗。
立っていても、宙に浮いているような浮遊感。
脳味噌がグラグラと揺れている。
たまらず襟口に指を引っ掛け、シャツを引き千切った。
目眩を堪えながら、よろよろと洗面室まで移動。
プラスチックのバケツに山盛りの青い錠剤を、掴めるだけ掴む。
一気に口に入れ、バリバリと噛み砕いて飲み込んだ。
もう一度掴む。
飲み下す。
更に、もう一度。
闇医者からしか入手出来ない、違法の向精神薬。
今の量で、普通の人間なら1ダースまとめて昇天するだろう。
獣狼族の自分でも、これはギリギリのラインだ。
血管が、筋肉が、内臓が。
体の中身全部が、波打って暴れ始める。
寒さと暑さが同時に襲い掛かってきて、脚の感覚が消えて。
皮膚を無数の針で刺され続ける、絶え間ない痛み。
───それでも、効かない。
───『自分ではない《獣の部分》』を、抑え込めない。
「おい、しっかりしろよ!」
大声だが、努めて明るい調子で、『それ』に話し掛けた。
「深呼吸して、何か別の事でも考えようぜ!
ほら、アレだ!
頭ん中で、柵を飛び越える羊を延々と数えるとかさ!」
汗か涙か分からないモノが、コールタールのような粘度で頬を下る。
「とにかく、どうにかして気を逸らすんだ!
このままじゃ、オレのほうが先にくたばっちまうぞ?」
だが。
返ってきたのは言葉ではなく、息遣い。
呻き。
咆哮。
その繰り返しだけ。
(・・・こりゃもう、いよいよ駄目かもしれねぇな・・・)
壁に背を当てたまま、ズルズルと滑り落ち。
カールベンは、胸中で力無く呟いた。
今のも『あいつ』に聞こえたかもしれないが。
それをフォローする余裕すら、残っていない。
向こうも自分も本当に限界で、一杯一杯の状態だ。
ここから持ち直せるような気配も、予感も無い。
点滅する蛍光灯の、微かな音。
閉まりきらない蛇口から落ちる、水滴の響き。
端のほうから暗くなってゆく視界。
(はは・・・どうにもパッとしねぇ狼生だったなぁ)
四肢を投げ出し、瞼を閉じて。
もはやカールベンは。
誰に見せるでもなく、ニヤリと笑うより他になかった。




