249話 Step to the Truth 07
無感情で冷ややかな声に導かれ、視線を上げて。
私が見た───見てしまったものは。
「あ───ああっ───あ」
「何が、見える」
「───母さん───母、が」
「『その母親』の名前は」
「バレンシィ・ウォルト」
もうこの世に居ない筈の、母の顔。
懐かしい、二度と見れないと思っていた、最愛の母の。
それを目の前にして、声が。
体が震える。
───名前?
何故、そんな事を訊くのだ?
どれだけ驚愕していようと、間違える筈が無い。
忘れるわけがない!
「任意の対象に、『《理想の母親》の顔を見せる』。
これは、私の持つ能力の1つだ。
・・・決して、『《現実の母親》の顔』ではない」
「───!!」
「・・・幸せ者、だったのだな、バレンシィは」
「───ええ。息子である私も」
涙が溢れ、止まらない。
幸せ者。
ああ、そうだ。
こんな幸せは、奇跡は、聖書の中にさえ記されていない。
天に召された者は、還らぬが道理。
あってはならぬ、求めてはならぬ。
幾度となく夢想すれども、諦めていたこの光景。
そして、それをもたらす発端となった存在は───
「悪魔、ギリアム」
「・・・」
「だから、貴女もまた、幸せなのだ」
「・・・私が?」
「誰からも生まれなかった貴女の、口癖が。
教えが、意思が。
母に繋がり、私の中へ受け継がれている」
「・・・」
「血を分けずとも、種の隔たりがあろうとも。
それは『貴女』だ。
紛うこと無く、『貴女の一部』だ」
「・・・」
「私は聖職者ゆえ、次の代を残せないが。
貴女の育てた他の子らが、またその子に繋ぐ。
その子もまた、次へと伝えるだろう。
そして───この世界に貴女は根付き、拡がってゆく。
これが、貴女のしてきた事の意味だ」
「・・・」
「母と私の喜びこそ、貴女が幸せであることの証明なのだ」
「・・・・・・」
海よ。
大地よ。
空よ。
この優しき悪魔を、孤独にさせないでくれ。
この生真面目な頑固者の耳に、私の言葉を届けてくれ。
神ではなく、世界に対して祈った。
信仰者ではなく、ただの人間として願った。
やがて。
光の筋が流れ落ちて。
ぽたり、とテーブルの上に弾けた。
「───非常に困りますな。母の顔で、泣かれると」
「・・・弁の立つ『息子もどき』に、油断したようだ」
「それはそれは」
「・・・・・・有難う」
「いえ」
悪戯が成功した子供のように笑ってみせると。
母の顔もそれにつられてか、苦笑した。
「・・・リスヴェン。
来週は、トラヴェセイロを焼いて持って来てやろう」
「おおっ!!これはもう、今から楽しみでなりませんな!!」
そうだ、随分長く食べていなかった。
あの形を想像しただけで、口内に唾液が分泌される。
以前に母から、私の好物を聞いていたのだろう。
おそらくは、作り方を教えたのは彼女だ。
きっと、母のものと同じ味がするに違いない。
「その代わり、不摂生を避けろ。夜は早目に就寝するように」
「ははは」
「笑って誤魔化せると思うな。これは、私との『約束』だぞ」
さてさて、困った。
これは、如何にして切り抜けるべきか。
昔から私の嘘やインチキは、ことごとく母に見破られてきたが。
その壁を越える為、敢えて全力で挑んでみようか?
失敗して、こっぴどく怒られるのも悪くはないだろうし───
作者:「そんな・・・マギルさんが・・・デレた!?」
マギル:「デレてない」




