19話 終炎を、手に(その11)
風が吠え。
炎が狂い。
下生えは、燃えながら蒸発し。
土が、ぐつぐつと煮えたぎり。
この世の者にとって致死量の『魔素』が、ようやく霧散した時。
そこにあった筈の何もかもが、消え失せていた。
『炎土』の残骸だけが。
その熱を伝える相手が無いまま、揺らめいていた。
「────せっかく『地獄』の底まで、来てもらったんだ。
帰り道くらい、省いてやらなきゃね」
真っ直ぐに付き出した左手。
その指に嵌められた黒真珠は、パキリ、と砕け。
「場所は分かんないけど。地上のどっか・・・だ」
“ろ”。
ぐらり、と傾いで。
悪魔の膝が落ちた。
「・・・はっ・・・あは・・・はっ・・・」
地に刺した大剣に、かろうじてすがりつき。
「・・・デタラメ・・・だ・・・なに、これ・・・」
力の無い、泣き笑い。
「体ん中の・・・『魔力線』・・・ぶっ壊れ・・・てら・・・」
細かく震えていた左腕が止まり。
肩から外れて、転がった。
「・・・あーー、駄目だ・・・これ、どーにも・・・なんな・・・い・・・」
「────終わりか」
「はっ・・・ははっ・・・は・・・」
「一千百六十二手────終わりか?」
「・・・ああ、見たまんま・・・あたしの、『負け』だ・・・」
「────そうか」
胸から、腹部から。
口元から。
流れ出した赤い色が、未だ熱い地面を冷やし。
その溜まりを大きくしてゆく。
「なあ・・・早いとこ、トドメ刺して・・・くれよ」
「────決着は、過去にもう、ついている」
「知ってる・・・よ。『分かって』んだよ・・・それは。
だからって、こんなの・・・あんまり・・・だ・・・」
「────────」
「・・・じゃあ、一つだけ・・・願いを、聞いてくれよ」
「────────」
「あんた・・・ここで・・・きっちりと、死んで、くれ」
咳き込みと共に、新しい血の花。
男はそれを、何の感情も映さない目で眺めていた。
「別に、さ・・・自分で心臓を貫け、なんて言ってるんじゃ・・・ないよ」
「────────」
「あんたは、そんなことしても・・・『死ねない』んだ・・・
何百回・・・何千回、生まれてきても・・・満足なんかできないんだよ・・・」
「────分かっている」
「だから・・・『分かっている』んなら。
もう、『刀』を・・・捨てて、くれ」
「貴女が、それを言うのかっ!!」
爆発のような怒りが、空気を割り。
遠くで、獣の哭き声が応えた。
「────あたしだから・・・あんたに言ってやれる。
次も、次も、その次も・・・あんたは、今と同じ境地に届く。
そして、絶対に・・・『斬ること』の先は、無いんだ。
あんたはもう、そういう『化け物』に、なっちまったんだよ・・・」
「────────」
「・・・だから・・・刀を、捨てておくれよ。
頼むから・・・さ」
「────それは」
「・・・・・・・」
「────それで────終わるのか?」
「そうだよ・・・あんたは、それで『終わる』。
これまでにしてきた努力も、夢も。
あんたが一心に積み上げてきた・・・その全部が、『終わる』」
「────────」
「ここで、刀を捨ててくれ!・・・お願いだから!」
鮮血が伝い零れる切っ先。
男の手が、震えていた。
「これまで・・・自由に、楽しくやってきたけど、さ。
それをみんな、あんたに・・・やるよ・・・」
『炎土』に刺した、大剣。
その柄を握る右手に、最後の力を込めて。
悪魔は、泣きながら立ち上がる。
「・・・あたしの、心も、体も!!
この『剣』ごと、全部捧げてやるっ!!
あんたが欲しかったものは、どこにも無いから!!
『斬ること』以外の喜びを・・・全てあんたに教えてやる!!」
「────────」
「・・・だからっ!!刀を捨てて!!
あたしと!!
メイエル・ディエ・ブランフォールと!!
結婚してくれえええっ!!!!!!」
遙かな天を仰ぐ男の目から、感情が流れ。
白刃が、右手から滑らかに落ちた────
こんなプロポーズ、ありなのか。
私も、悪魔に生まれたかった・・・。




