195話 Danger Zone 08
”まあ、余計な話はこれくらいにしてだ。
お前には『最終確認』の他にもう1つ、確かめておきたい事がある”
くるり。
軽やかに、流れるように。
ブライアンの体が私の脚に纏わり付き、そしてまた元の位置へと戻った。
”ログと親しいなら、ヤツが心に傷を負っているのは知ってるな?”
「・・・ええ」
彼は、大戦中の話を滅多としない。
どうしても話さなければならない時は、明らかに表情が曇り。
途中で体が震えだした事さえあった。
それが全てを、明白に表している。
”それなら、気付いているよな?───あいつはもう、戦うことが出来ない事も”
「・・・はい。
いざという時は、私が守ります。必ず」
”気持ちや気合だけで片付く問題じゃないぞ?
お前の力じゃどうにもならない時は?”
「外宇宙へ脱出する事も、視野に入れています。
知り合いに『探査局』勤めがいるので。
上手くやれば、遠距離探査船に潜り込めるかもしれません」
”そうか。
まあ、ちゃんと考えてるんなら、これ以上は言わねぇよ”
ブライアンは目を細め、軽く首を掻き。
それから前脚を踏ん張って、驚くほど長く背を伸ばした。
出会ってすぐに比べれば、かなり緊張が抜けたように見える。
”───オマケで1つ、コツを教えてやろう”
「コツですか?」
”繰り返すが、第1段階は本当に難所だ。
ミスをしなくても、流れに身を任せてるだけじゃあ成功率は低い。
しかし、それを何とかする『とっておき』がある”
彼は話しながら脚を畳み、カーペットに腹部を付けた。
”セルディオル、もうその口調は崩せよ”
「え??」
”猫との付き合いは、バランス感覚が大切だ。
お前の方が緊張し続けてたら、今のオレと釣り合わない”
「はい・・・ええと・・・分かった。
こんな感じでいいだろうか?」
”多少堅い気もするが、性格だな”
「自分でも、真面目な方だとは思うよ。
それで・・・『とっておき』とは?」
”ああ。難しくはないし、効果バツグンだ。
よく聞けよ?
───オレは昔、都市で野良をやってたんだ。
食べ物に関しては、時々でもくれる人間が居たからいいが。
野晒しは、雨風との戦いだ。
野良犬も居やがるから、常に気を張ってなきゃいけない。
冬はとびきり冷えるし、車はおっかないしで、嫌な事は沢山あったさ。
その中でも、オレがかなり頭にきてたのはな。
『ゴミ回収の音』だよ。
こっちが休んでいようと、昼寝していようと、お構い無しで。
ガラガラ、ガッシャンと、そりゃもうデカい音を立てやがる。
あれを嫌がらない猫なんか、1匹だっているもんか!
回収車も、そこから降りてくる回収員も、見ただけで気分が悪くなっちまうぜ。
かと言って、寝ぐらを変える訳にもいかない。
ゴミ置き場とその周辺ってのは大抵、場所としてはかなりいいんだよ。
困った事にな。
───だが。
1人だけ、『嫌じゃない』回収員がいたんだ。
まだ若い男なんだけどな。
そいつは、ゴミを車に載せる前に、必ず言うのさ。
《ゴメンな。ちょっと音がするけど、危なくないからな》
《すぐに終わるからな》
って。
そういう言葉1つで、お前、全然違うんだぞ?
『いきなりガシャーン』と《今からやるよ》じゃ、天と地の差だ。
こっちの心構えがさ。
野良仲間で一番臆病な奴も、あいつの時だけは逃げ出さなかった。
そして。
『そういう噂』は、別のゴミ置き場に居る連中にも伝わったんだ。
───いいか?
猫達は、殆どの種族の言葉が理解出来る。
理解した上でどうするかは、こっちの勝手だがな。
けれど、猫達の言葉が全く聞こえず分からない、『人間』の中にも。
ちゃんと話そうとしてくれる、あいつみたいなのがいるんだ。
聞こえて分かる『天使』や『悪魔』なら尚更、言葉を疎かにするなよ?
お前がよく行く場所に、いつも同じ猫がいて。
もしもそいつと仲良くなりたいなら、言葉に出して挨拶しろ。
一言、二言でいい。
たとえ返事が無くてもいい。
普段からそうしてりゃ、そいつはお前に興味を持つ。
興味があれば、第1段階の始まりがスムーズに行く。
見知らぬヤツと、いつも話し掛けてくるヤツ。
付き合いたいならどっちか、ってコトさ。
しかも、言葉の利点はそれだけじゃない。
毎日のように挨拶してる、お前の顔や態度を。
お前から見えないところで、他の猫が見ているんだ。
すぐに噂が拡がる。
地域の『猫社会』に『お前』という存在が認知される、最も確実な方法だぞ”
「言葉の重要性・・・きっかけを作る・・・」
”理屈で考えるより、まずは実践だな”
揃えた前脚に、顎を載せ。
一層寛いだ姿勢で、ブライアンは言った。
”セルディオル、お前───ちょっとオレを『褒めて』みろ”




