185話 夢のきっかけ 03
「もう大丈夫だぜ、お嬢さん」
完璧な紳士の笑みで、少女に優しく語り掛けた後。
幾分かアウトローな表情で、新し屋《News Bringer》に正対する。
「さて、村人を元に戻してもらおうか!」
「・・・え、いや・・・あのですね」
「うだうだ言ってないで、やれ。
お前は、痛い目に合わないと理解出来ないタイプか?」
「ひえっ!分かった、分かった!分かりましたよっ!
・・・おっかねぇ旦那だな、まったく!」
不満たらたら、という顔で男が、パチンと指を鳴らし。
地面の上、大小様々な袋が手品のように出現する。
───ああ?
おい、この野郎。
今、溜息をつきやがったか?
少しも悪びれたふうの無い態度だな。
こいつ、ここで見逃してやっても、また同じ事を繰り返すに決まってる。
面倒だが、きっちり始末を付けたほうがいいか?
ただ、お嬢さんに暴力的なシーンを見せる訳にはいかない。
村人の無事を確認したら、一旦彼女を家にでも返して・・・
そんな事を考えていたのだが。
男が再度指を鳴らして、袋の中から消えた村人達が現れた時。
俺は、あんぐりと口を空けたまま、思考が停止してしまった。
「───はあ??」
村人の1人は、”やれやれだぜ”と言いたげに頭を振ってから、腰に手を当て。
別の1人は、欠伸して涙目になりつつ、首の後ろを掻き。
エプロンを着けた年配の女性も。
鍬を片手の男性も。
誰も彼も、おかしな事など1つも見当たらない。
・・・ただ、『命を持っていない』、というだけで。
「これは───『人形』、か?」
「ええ、そうですよ。話を聞かない旦那」
『新し屋』が肩を竦め、嫌味ったらしい目をして言う。
「ただの『練習』ですからねぇ、本物の人間を使う馬鹿はいませんや」
「練習って・・・お前・・・その」
悟られないよう、出来るだけ視線を動かさずに周囲を探ると。
遠くに見えたのは、井戸から水を汲み上げている女性。
牛を引き、畦道を横切っている白髪の老人。
おまけに、笑いながら走り回っている子供達。
とてもじゃないが、十数名が居なくなった、という雰囲気ではなく。
───やばい。
───これは、やっちまったか?
「あのね、おじさん。
『ごっこ遊び』なのに本気で怒ったら、いけないんだよ?」
少女の抗議で、とどめを刺された。
おじさん、って。
おいおい、そこまで老けちゃいないだろ、俺。
───なあ?
「・・・いや、しかしだな・・・これは練習だとしても。
じゃあ『本番』となれば、お前は人間を消し去るわけで」
「はい?おかしな事を仰いますねぇ。『消す』って何ですかい、そりゃ?」
「惚けるなよ。人間を消すのが、『新し屋』だろうが」
「その消えた人間ってのは、何処へ行くんです?」
「何処って・・・お前の腹の中に」
「かーーッ、こりゃ駄目だ!
言うに事欠いて、『腹ん中』ときやがった!
あっしも、とんだ阿呆に絡まれちまったもんだ!」
「何ぃ!?」
「旦那、あんたは『新し屋』ってものを、全然分かっちゃいない!
ちっとも、さっぱり、分かってませんや!
───はんッ!
相手がドラゴンだろうが、こいつぁ引き下がれませんねぇ!
あっしにだってね、プライドってのがあるんだ!
ここまで虚仮にされちゃ、命懸けでやるしかねぇや!!」
・・・うおう。
何か、『押してはいけないスイッチ』を押してしまったらしい。
これは、相当にご立腹な様子だ。
俺がドラゴンだと知った上でだから、かなりのモンだ。
颯爽と現れ、華麗に助け、悠然と帰る。
そういう計画が、見事に台無し。
木っ端微塵。
「・・・ああ、その・・・すまん、謝る!
とりあえず、少し落ち着いてくれ」
どうしてだか頭の中、秘書の顔が浮かび。
深く考えるより先に、謝罪モードが発動された。
いかん。
タバコが吸いたい。
しかし、少女の前で吸うのは教育上、よろしくない。
それでも、タバコが。
───予期せぬストレスに、胃が痛み始めた。




