183話 夢のきっかけ 01
【夢のきっかけ】
柔らかい桜色の光が顔をもたげ
冷たき夜空の暗闇を押し戻す頃
踏み固められた細道に 長い影
荷物を背負った1人の男が 口笛を吹き
踊るように軽やかな足取りでやって来る
山間の小さな村
その広場に辿り着くと
バネ仕掛けの人形を思わせる仕草で座り込み
真っ赤な布を1枚 ふわりと広げて
男は とびきりの笑顔を作った
“さあ みんないらっしゃい! 見てらっしゃい!”
“昨日までは無かったもの 誰も知らなかったこと”
“『新し屋』が全部 教えてあげるよ!”
“いらっしゃい! いらっしゃい!”
“早く来ないと 無くなっちゃうよ!”
血の海の如きサテン
そこに並べられた 幾つもの袋
澱んだ目の村人が ぞろぞろと広場に集まり
死人のような列を成す
袋の口紐を解き 中を見る度
白い煙が噴き上がって 覗いた者を吸い込んだ
代わりに何かが飛び出し 空の彼方へ消えて
男がパチン と指を鳴らすと
袋も同じ音を立てて破れ
煙に混ざりながら どろどろと溶け崩れた
“さあ 次! 次!”
“時間が無いよ どんどんいこう!”
“新しいものには 限りがあるよ!”
日に焼けた青年が 手を伸ばす
皺だらけの老婆が 袋を開ける
次々に消えてゆく村人
けれど 誰も驚かない
声を上げず 顔を伏せたまま
1人
また1人と 先頭から消えてゆく
朝日の中 列は機械的に短くなってゆく
“───はい 終わり!”
“今日はこれにて お終いだ!”
“さあ 帰ろう 帰ろう!”
“じゃあ さよなら! また明日 この時間に!”
嬉しそうな男の声
赤いサテンは ゆるい風に波打ちながら
ただ
袋のあった数だけ 黒い染みがこびり付き───
意気揚々とそれを仕舞い込み よいせ と立ち上がる男
眠そうに目を細め 何度か首を回して
にやりと笑った
“───あれ? どうしたんだい お嬢ちゃん?”
“今日はもう終わり 全部無くなったよ”
隣には 1人の少女
土埃に汚れたウサギのぬいぐるみを抱き
少し悲しそうな目で 男を見上げていた
“う〜〜ん こりゃ参ったな”
唇の端を吊り上げ 頭をかく男
“仕方ない 特別にもう1つだけ”
言いながら懐から取り出す 小さな小さな袋
“───ほら”
“これでどうだい お嬢ちゃん?”
けれど 少女は首を振る
《・・・嫌 わたし 見たくない・・・・》
“───そんなことはないだろう?”
いよいよもって 男の笑みは悪魔のように歪み
動けない少女の体が ぬいぐるみと共に震え出す
“どんな人間だって どれほど真面目なふりしたって”
“誰もみんな 知りたがる”
“人より先に 知りたがる”
“───ほら”
“見たいだろう?”
“見たくて我慢出来ないだろう?”
“とっておきの 最後の1つ”
“とびきり新しい まだ誰も知らない 世界の秘密だよ!”
逆光の中 影絵となる男
忍び笑い
少女は 首を振りたくり
涙を浮かべて
それでも細く白い腕が 袋に伸びてゆく
うつぶせに落ちたぬいぐるみ
小刻みに痙攣しながら 口紐を解き始める 痩せた指
袋の中身が 今まさに───という時
少女が持つそれを
横から 大きな手が奪い取った
「そこまでだ、『新し屋《News Bringer》』」




