175話 愛ゆえに 08
おっさんが取り出したるは、スマホ。
超大手の企業が世界中で売りまくっている、アレだ。
「失礼、ちょっと電話するね」
「いや、電波来てないだろ、ここ?」
「大丈夫、大丈夫!」
大丈夫じゃないだろ。
通信出来なきゃスマホなんて、ただのガラス板だぞ。
もしかしてそれ、『衛星電話』とか使えるのか?
見た感じ、そういう特殊な物じゃなさそうだが。
「───あ、もしもし?母さん?」
うおいッ!!
何で、母親に連絡してんだよッ!?
「うん、久し振り!───うん、うん。
元気だよ───えっ?いやいや、心配しなくていいから。
ちゃんと量は、控えてるって。寝る前に軽く、グラス半分飲むくらいさ」
嘘だよ!控えてないよ!
お母さん!
こいつ、真っ昼間からガンガン飲んでますよ、ショーチュー!
「───今?今ね、任務中。
おかしな集団から、危険な品物を奪ってね。逃げ切ったところ」
おい待て!!
おっさんッ!!
任務の内容を、外部にバラすなよッ!!
身内だろうと一切、話しちゃ駄目な事だろうがッ!!
『守秘義務』、どうしたッ!?
返事が無いぞッ!!
応答せよッ、応答せよッ!!
「出処が不明でさ───うん。
古くはなさそうだし、多分、作製されたのは現代かな?
ただね、ヴァチカンで死蔵するにしても、結構危険なやつなんだよね」
シンイチローが、どさり、とバックパックを降ろした。
通話しつつ、その中からハードケースを取り出す。
「それでね。仕事だからこれ、一応は渡さなきゃいけなくって。
どうにかして、効果を2段階くらい下げてくれないかな?」
誰に言ってんだよ、馬鹿ッ!!
母親に頼むなよぉッ!!
”アップルパイ焼いて”、みたいに言うなッ!!
「出来る?───うん───ああ、良かった、助かる!」
出来るのかよおおぉッ!!
僕の母さんなんて、アップルパイの成功率、半分切ってるんだぞッ!?
「うん。それじゃあ、これ」
ケースを開けた中身。
それをシンが、『差し込んだ』。
何時の間にか宙に浮かんでいた、『黒い楕円』に。
(・・・え?)
黒い穴から引き抜いたシンの手には、何も無かった。
『聖杯』は、何処へ行ったのか。
いや、誰に渡されたのか。
「解析に回されると思うから、そこそこの難易度で ───もっと、もう少し。
”出来ない”となったら、あっちもムキになるからさ。
あんまり意地悪しちゃ駄目だよ、母さん」
・・・数十秒後。
『黒い楕円』から。
『白い腕』が伸ばされた。
聖杯を返す、その手に。
指先に。
・・・震えと吐き気が、やってきた。
僕は『これ』を、知っている。
僕は『これ』を、憶えている。
気配とか、勘とか。
本能的なものが、全力で警告を発している。
理解出来なくても、分かるのだ。
猛獣と相対した時、言葉が通じなくても。
向こうが友好的なのか、襲い掛かろうとしているかは感じ取れるのと同じ。
『これ』は僕を、ゴミほどにしか思っていない。
『これ』は僕を、いつ消し去っても構わないと───
「ありがとう。これで安心して、任務を終了出来るよ」
聖杯を受け取る、シンイチロー。
その頬に、『白い指』が触れた。
ゆっくりと優しく、何度も撫でた。
まるで、母親が子を慈しむように。
たっぷりと、無償の愛情を込めて。
「次の休暇、会いに行きたいけど、いいかな?
うん───そろそろ、手料理が食べたいし。
任務の事なんか忘れてさ、リラックスして色々と話したいな。
母さんのほうは、どうなの?相変わらず、毎日忙しい?───」
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「お待たせ、マーカス。
これで全てが上手く───って、何で蹲ってるの?」
「・・・It's my life.(これが、僕の生き方です)」
「??」
重圧を感じて、脚に力が入らない。
顔が上げられない。
後頭部に何か、当たっているような気がする。
控えめに言って、かなりの心的外傷だ。
心療クリニックのドクターには、詳細を話せないが。
「それでね、随分と驚かせちゃったと思うんだけど。
きちんと説明をするからさ。
ええと、どこから話そうかな───」
シンイチローが言葉を続けるより先に。
視線を合わさないままで、首を横に振る。
嫌です。
やめてください。
知りたくないです。
ただ、失礼が無いよう、これだけは言っておこう。
「・・・お母さんに、宜しくお伝えください」
「え、何を?
どうして、敬語なの?───マーカス??」




