173話 愛ゆえに 06
木立を摺り抜け、茂みを踏み分け。
道無き斜面を下ってゆく。
ただし、真っ直ぐではなく、なだらかに左へと廻りながらだ。
多分、麓の小屋からの増援を避ける為か?
正直、僕の方向感覚はあまりよろしくない。
撤退コースはもう、完全にシンイチロー任せだ。
・・・銃声は、あれから全く聞こえてこない。
追手が2人だけって事はないだろうが、これは『撒いた』と見るべきか?
おっさん、ゆっくり歩きながら鼻歌で、余裕な感じだしな。
「シン、『回収班』の待機地点まで、どれくらいかかる?」
「あと30分くらいで、山から抜けるよ。
そこから更に1時間、かなぁ。かなり大回りするからね」
「・・・1時間半・・・」
まだそんなに歩かなきゃいけないのか。
もう、うんざりする気力も残ってないぞ。
何だか色々考えてしまって、頭痛がするし。
あんたのせいだぞ、おっさん!
「マーカス。さっきの話の、続きというか。
それにも関係してる事なんだけどさ」
「ああ」
「この『真実の聖杯』───『回収班』に渡すの、やめない?」
「・・・は?」
「ちょっと、危険だと思うんだよねぇ。人心支配なんて」
「そりゃあ、危険だからヴァチカンで保管するんだろ」
「ヴァチカンなら、絶対に安全なのかい?」
「僕らの仕事は、それを考えることじゃないだろ。
任務の完全遂行こそが、使命だぞ」
「そうだね。
私も、『神より承った任務』なら、そうするよ」
おい。
また、ショーチューを!
やめろよ、本当に!
アル中かよ、おっさん!
「君はさ、『神』を信仰するあまり、ヴァチカンまで信じちゃってるの?」
「組織なんだから、そういうものだろ!」
「あそこにいる連中だって、ただの人間さ。
そして人間である以上、『欲』もあるし、悪い奴だっているよ。
私からしたら、カルトが所持してようと、ヴァチカンが保管してようと同じだね。
そもそもこんな『聖杯』なんて、無いほうがいいと思うなぁ」
「シンイチロー」
脚を止めて、一声。
「うん?」
おっさんも立ち止まり。
自然と、向かい合う形になる。
狂相の僕と、飲んだくれの中年男。
第三者から見れば、相当に絵にならないシチュエーションだろう。
だが、言いたい事は言わせてもらう。
さっきの仕返しじゃあないが、僕にも僕の信仰がある。
それがあんたに認められなくても、構わない。
そんな必要も無い。
───ただ、最悪の場合。
───殺してでも、止めなければならない。
シンに勝てるのか?
逃げられたら、追いつけるのか?
出来る、出来ないを考えるより先に。
《障害》となれば同僚さえ排除しなければならないのが、『特務』なのだ。




