172話 愛ゆえに 05
「───はい、終わり。出て来て大丈夫だよ」
あっさり、のんびりと。
欠伸が出そうな『ゆるさ』で、声が掛かった。
「・・・・・・」
「おーい、マーカス?もしかして寝ちゃった?」
「・・・そんな訳あるかよ・・・」
ガサガサと茂みを掻き分け、這い出て。
土で汚れた手を払うが、それほど綺麗にはならなくて。
何か、ちょっと臭い。
おまけに鼻の辺りが痒いが、手で触るのも嫌で袖を使う。
「ね?大丈夫だったでしょ?」
「・・・ガブリエルが、やられた」
「ええっ?何でそこで、天使が出てくるの??」
「・・・いや・・・すまない、今のは忘れてくれ」
「??」
───ガブリエルは、親指の先くらいの良く分からない甲虫だ。
這い蹲って震えている間、眼前をノソノソと歩いていて。
視線が合ったから、心の中でずっと話し掛けていた。
”お前は、いいよな”
”小さいから、銃弾なんて当たりゃしないよな”
と。
───彼は、最後の最後でバチュン、と吹き飛ばされた。
───彼のいた場所には、小さな穴が空いていた。
今日、僕と出会ったのが運の尽きか。
直撃じゃない事を、祈るばかりだ。
「それよりもだ、シン。あんた本当に、当たってないのか?」
「全く!」
「いやいや!おかしいだろ!至近距離で、あれだけ撃たれて!!
超常現象のレベルだぞ・・・一体、どうやったんだ!?」
「ああ、日本にはね、『コブジュツ』というのがあって」
「それは、蹴ったのとか、投げ落としたヤツだろ!
古武術で弾丸が避けられるなら、火縄銃で倒されたサムライはいねーよ!!」
「おっと。君、結構詳しいねー」
『聖杯』の入ったハードケースやその他を、バックパックに仕舞い直しながら。
シンイチローは、僅かに苦笑を浮かべる。
「まあ、その───『愛の力』、かな」
「・・・・・・神の愛、か」
「違う」
「ちょっと待った。それ、全力で否定したらマズいだろ」
「いいや?否定するよ。
真っ向から、完全に否定するね」
「おい!」
「『神の愛』なんか、ここには無いよ。
それが万能で、遍く満ちているなら。
どうして聖書に、『汝の隣人を愛せ』と記す必要があるの?」
「・・・え」
「それはね。
この地上に『神の愛』は足りていないか、全く存在しないかで。
”だから、各自で頑張んなさいよ”、という事でしょ?」
「ちょっ・・・待て待て!」
「信徒だけが搭乗したジェット機が、墜落して。
生き残った者と、死んだ者の差は何なの?
『神に愛されたから、死ななかった』とでも?
じゃあ、どれだけ何をしたら、愛されるのかな?
日曜礼拝に毎週参加するくらいじゃ、助けてもらえないのかな?」
「不敬だぞ、神を試すような発言は!!」
「『神の愛』は、無いよ。少なくとも、生きてる間にはね。
けれど、そんなの当たり前の話だ。
今更、どうこう言うような事でもないさ。
ネット通販で注文しようとしたら、『お届け予定日』が『死後』で。
”そんなの、誰が買うか!!”、って怒る人もいるだろうけど。
でも、それでも。
覚悟を決めて購入ボタンを押したのが僕達、『信仰者』だよね?」
「それは・・・いや、何でそんな、俗物的な例えなんだ・・・」
「各々(おのおの)の信仰は、聖書を咀嚼し、自らが納得できるようにした結果でしょ?
そりゃあ、俗物的にもなるってものさ」
「・・・・・・」
「マーカスもさ。自分だけの『信仰』を見付けなさいよ。
もう子供じゃないんだし、十分に聖書は読んだでしょ?」
「・・・1つ、聞いていいか」
「何だい」
「シンは、『信仰心』を持っているんだよな?
それが、どういう形であるにしても」
「勿論だよ。
カッコ付けたいだけなら『特務』じゃなく、何処かの国のスパイになってるさ」
「・・・なら・・・あんたを銃弾から守った『愛』は、何だ?」
「ああ、それはね」
少し恥ずかしそうな表情で、おっさんが僕の肩を叩いた。
「───とりあえず、ここから離れようか。
続きは、歩きながらでも」




