160話 強き者の再起 02
ハンガリー南部。
セルビアとの国境に近い、セゲドとペーチの中間部。
山間の村から少し、森へと入った位置の。
───筈だった、のだが。
恐ろしいくらい、辺りの風景が変わっている。
昔の記憶だと、人間の数より山羊のほうが圧倒的に多かった。
それが今では、家畜なんぞ1頭たりとも見当たりゃしない。
───何だこれ。
村じゃなく、街になってやがる。
険しい山岳地は、見事に切り開かれ。
舗装された道路に、小型ではあるがバスが走行。
公営団地らしき建物に、図書館。
郵便局。
・・・おい、嘘だろ?
コンビニまであるぞ。
買い物してくる必要、無かったじゃねぇかよ!
───そして、目的の場所だが。
こちらも、随分と様変わりしていた。
もう、遠目で見ても酷い。
屋敷の外壁が、おびただしい量の蔦で覆われている。
『ちょっとお洒落な感じ』とかじゃなく、明らかに放置した結果だ。
周囲の白壁・・・だった物は、泥土で茶に染まった挙げ句、ひび割れ。
門の片方は外れて落ち、残っている方も錆だらけで傾いている。
庭の木々は、かろうじて生き永らえてるようだが。
風に吹かれ、流されて来た落ち葉に、隣の理髪店は大迷惑していることだろう。
こういうのは、『どちらが先に建てた』とかの問題ではない。
(まずいな・・・場合によっちゃあ、俺が謝りに行ったほうがいいのか?
それなりの品物を持参して)
というか、何で俺が此処の近所付き合いを?
そんな事を考えつつ、半開きの正門から敷地へと入る。
真っ直ぐ行って前庭を抜ければ玄関、なのは間違い無い。
ただし、覆い茂った雑草で石畳が全く見えやしない。
溜息を落とし、それらを踏み分けながら進んでゆくと。
左のほうで何かが動くのが見えた。
───黒と赤の、ロココ調イブニングドレス。
───こちらに背を向けているが、『彼女』だということはすぐに分かる。
「土は、『死』を。風は、『記憶』を。
さようなら───ゆっくりと、貴方の事を忘れましょう───」
美しい声。
まるで、歌のような言葉。
意味するものが『別れ』であっても、そこに悲しみは無い。
生者が聞いてさえ、”自分に向けて言ってほしい”と願いたくなる、蠱惑的な響き。
「Jag svär vid Gud att den här personen är ren.《此の者の潔白を、神に誓う》」
しばしの沈黙の後。
ドレスの裾を優美に翻らせて、ファリアが振り向いた。
「───有難う。
来てくれたのね、アルヴァレスト」
柔らかく微笑む彼女の、シルクの手袋は汚れ。
今しがたまで向いていた方向には、『真新しい土の盛り上がり』があった。




