152話 逃走者の抗議 05
”ハロー、ハロー、死神さーん!見えてるー?聞こえてるー?”
「・・・馬鹿か、お前は」
”大丈夫そうね。あたしは自分の声、ちょっと変な感じに聞こえてるんだけど?”
「知るか、そんな事。
よくもこんな無茶をやれるもんだ。一歩間違ったら、本当に死んでるぞ」
”その一歩を、間違わなきゃいいだけでしょ?大して難しくもないわよ”
「頭蓋から脳がはみ出してるくせに、随分と強気だな」
”生きてる間はずっと、強気で行くつもりだからねー”
あたしを見下ろしているのは、頬のこけた神経質そうな男。
黒一色の質素な着衣は、袖も裾も裂けてボロボロ。
大鎌こそ持ってないけど。
期待通り、『ザ・死神』っていう風体だ。
「・・・お前、普通に話してるが、痛くはないのか」
”あー、平気平気!痛覚、ブロックしてるからー”
ついでに言うと。
現在のあたしの肉体には、『状態保持』が掛かっている。
飛び降りる前に時間差発動で行使した魔法だ。
持続時間は、15分。
その間、あたしはずっと『いい感じで死にかけてる』まま。
それが切れると同時、『高速修復』がスタートするように組んである。
痛覚ブロックのオフは、完全に修復された事を確認してからだ。
まあ、自慢するような技術でもない。
こんなのは、エアコンのタイマーをセットするようなもの。
”『死にかけたら死神が見えるかどうか』は、賭けだったけど。
どっちにしたって死なないからねー、あたしは”
「さっさと死んでほしいよ、お前のような奴は」
”そんなこと言ってるけどさー。あんた、気が気じゃなかったでしょ?
『また自殺されるのか!』って。
2回連続で自殺されたら、もっと酷い懲罰が課せられるんじゃない?”
「・・・・・・」
”会話に応じておきながら急に黙るのは、かなりの悪手よ?
最低でも、何の話だ?、ってとぼけるくらいはしないと。
今の沈黙であたしの中の『仮説』が、かなり『確定』に近付いたわ”
「ふん。お前になど、何も分かりはしないさ」
”そうかなー。そう思いたいなら、あんたの勝手だけど”
「・・・じゃあ、言ってみろ」
”言っちゃっていいの?ホントに?”
「言え!」
”『あたしの見た夢は、ただの夢ではない』。
『人間は死後、どれだけの待機期間があるかは不明だが、生まれ変わっている』。
『死は確定事項だが、死神がそれを決定している訳ではない』。
『確定された死よりも前に自殺する事は、完全に突発事態』。
『したがって、死神であろうとも自殺は予見不可能』。
『自殺の理由に死神が関わっていた場合、原因となった死神には懲罰がある』。
『その懲罰とは、生まれ変わった対象を常に監視する事である』。
『監視の期間は、対象が死を迎えるまでである』。
つまり。
あんたはこの先、1000年も1万年もあたしを監視しなきゃいけない。
ご愁傷さまー”
「・・・・・・」
”はい、アウト。あんた絶対、ポーカーでカモにされるタイプね”
「・・・」
”あれ?もうオハナシする元気、無くなっちゃった?
まだまだ、あるんだけどー?
『悪魔と死神の取引』についてとか、『死ぬ時に死神が立ち会う理由』とか”
「・・・」
”ま、いっかー。とりあえずの目的は、全て達成!
でも時間、余っちゃったなー。
優先度の低いタスクも、こなしておくかなー”
「・・・」
”徹底的に無言で通す作戦?
ああ、ここからはあたしの独り言だから、黙ったままでいいけど。
反論したければ、反論してもいいからね?”
「・・・」
”───あの娘がやったのは。
超絶的な記憶力を基礎とした、『統計』。
リアルタイムで変動する要素を多重比較する、『並列立体思考』。
確定事実と、確率ごとに振り分けた推論を再度記憶に戻す、『同期的情報蓄積』”
「・・・」
”どれも、PCを使って処理しないと、ほぼ無理。
記憶力だけとっても、『異能』の領域ね。
本を1冊渡されて全部暗記しろ、だったら、あたしにも出来るけど。
でも、彼女はそれをやりながら、空を飛ぶ鳥の数も、風の強さと向きも記憶する。
しかも、そういった異能を複数持つ、とか。
正直、『マンガの主人公?』って笑いたくなるわね”
「・・・」
”───ただ、『それら』はあの娘の無意識下で行われていて。
頭の中に突如浮かぶ『答え』が、何なのか。
どうやって、それが導き出されたのか。
それが、全く分からない。
分からないから、誰にも説明出来ない。
そもそも。
彼女の『能力』を表す言葉自体が、当時はまだ存在していなかった”
「・・・」
”次々と勝手に浮かんでくる言葉を、説明無しで誰かに聞いてもらうには。
そこに何らかの『名前』を付けるしかない。
当時にもあった概念で例を上げるなら、幾つかあるけど。
生い立ちや生活環境から彼女が選んだ『名前』は、『予言』だった。
『正しく言葉を使わなかった』という意味では、彼女は嘘を付いたわ。
どれだけ彼女が反論しようと、『嘘』は『嘘』。
彼女は正しく、『嘘付き』よね”
「・・・」
”『欲』も、たっぷりとあったでしょうよ。
皆に認められたい、ちやほやされたい。
誰にも出来ない事が出来る、特別な自分でありたい。
そんな彼女を、様々な事を知っている『死神』のあんたが見れば。
矮小で、愚かしくて、傲慢で、腹が立つのも当然でしょうよ”
「・・・」
”───けれど、ね。
皆に見捨てられ、置き去りにされたあの娘に。
『お前は嘘付きだ』と繰り返す必要はあった?
放っておいても、数時間後には病で死ぬ小娘を。
『予言』という言葉を用いた、その1点の罪で。
執拗に否定して心を折る必要はあった?
あの娘は船が出て行った時、激しく動揺したわ。
見捨てられる事が『予言できなかった』事に。
自分の病を『予言できなかった』事に。
隔離されていた彼女は長い間、誰の顔も見ていなかった。
鏡の無い暗い部屋で、自分の顔も見ていなかった。
そう。
『たくさん見て』『比べないと』、『予言』は出来ない。
己の事ですら『見続けないと』、『予言』が出てこない。
だけど、彼女にはその理屈さえ分からないから。
尚も『予言』に縋り付くしかなかった。
『予言』は、あるのだと。
自分には、力があるのだと。
その最後の希望まで、ズタズタに引き裂く必要はあった?
死の際に、『罪を認める事』や『懺悔』とか必要だった?
───それらは。
あんたの『下劣な欲望』だったんじゃないの?”
「!!!」
”喋り方が昔よりやさぐれちゃってるけど、『不運な被害者』気取り?
『失敗して自殺させてしまった』とか、『運悪く懲罰をくらった』とか。
その程度の認識で済ませてほしくないでしょうね、彼女は。
あんたがやったのは、『正論を用いた人殺し』よ”
「・・・・・・」
”TVじゃ『エンタメ』って付ければ、何でもアリ。
ニュースを紹介する名目で、『今週の思い切り叩いてもいい人』を発表して。
ターゲットが少しでもアクションを起こせば、今度はその揚げ足取りで尺を稼ぐ"
「・・・」
”上司に軽く注意されただけで、立ち上がれなくなる奴が。
SNSで『正論武装』した時は、相手が倒れて泣いても許さない。
もうね、『正しさ』片手の『正義ゴッコ』とか、人間だけで十分よ。
お腹いっぱいなの。
そんな人間と同じ事をやるんなら。
『死神』じゃなくて、『死人』よ”
「・・・」
”あー、そろそろ時間かー。
色々と言ったけどさ、あたしもインチキで寿命を取っ払ったわけだし。
それに関してあんたが頭に来るのは、正論ならぬ『当然』よね。
今のところ『不老』のみで『不死』に至ってないから、死ぬ可能性はあるわよ?
ちょっとした失敗でも、コロン、と逝くからねー。
その時は唾でも吐き掛けて、笑ってくださいなー”
「・・・ああ、そうさせてもらうさ!」
”じゃあ、さよならー。
暇な時に、また会いましょー”
3
2
1
『高速修復』、開始───




