149話 逃走者の抗議 02
時刻は、12:41。
・・・寝過ごした。
・・・それも、4時間以上。
昨晩、多少の夜更しをしたとは言え、これはひどい。
あたしは本来、いつ寝ても6時間経てば勝手に目が覚める体質だ。
それを過信して、アラームをセットしなかったツケが、これ。
・・・何か、おかしな夢も見たし。
夢を見るイコール、眠りが浅いという事。
確かに、これだけ横になってた割に、睡眠の『質』は良くない。
まだ目の奥に、眠気がベッタリと張り付いている。
(勘弁してよ、もぉ!)
頭を振って、ベッドから降りた。
寝坊のおかげで、今日のスケジュールが台無しだ。
次回の『講座』に向けて、色々と調整したい魔法があるのに!
決めた通りに物事が進まないと、イライラする。
それが自身のせいなら、余計にだ。
今更急いだって仕方無いけど、それでも手早く着替える。
パジャマの背が、じっとりと汗で湿っていて気持ち悪い。
不機嫌なまま1階へ降りて、それを浴室の横の洗濯籠に投げ込む。
そして、深呼吸。
なんとか気持ちをリセットし、リビングのドアを開いて。
「・・・おはよー、じゃないけど、おはよー」
「おはよう、じゃないけれど、おはよう」
照れ隠しの挨拶を、期待通りに返してくれる声。
篠原センセだ。
TVの前のソファに、腰を降ろす。
ど真ん中にジョニーの奴が陣取ってるから、端のほう。
こいつ、絶対にセンセの側を譲らないなぁ!
あたしと同じ『居候』のクセして、あたしより『上』だと思ってる。
近いうち、ハッキリと決着を付けてやるからね。
「カオル、大学は今日、休みなのかい?」
「うん。今日、明日と『建学祭』。
授業が無いから、事実上の休日」
「それで、遅くまで『実験室』の明かりが付いていたのか。
退学でも決意したんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」
「あたし、そこまで信用無いの?」
「君は本当に、何をしでかすか予想がつかないからね」
「・・・あはは」
これは、笑って誤魔化すしかない。
けれど、嬉しさもある。
センセをして『予想出来ない』なら、それはかなりのレベルだ。
当たり前の事を当たり前にしてたら、『魔法使い』なんてやってられない。
”それでは、両手を頭より高く上げてーー。右腕の肘を、左手で掴んでーー”
TV画面に映ってるのは、高齢者向けの健康体操。
多分、診療所のリハビリか何かで使うDVDだろう。
そのナレーションに合わせてセンセが動き出したから、おっどろいた。
ちょっと待ってよ!
婆ちゃん達に「某歌劇団みたい」って大人気の、『篠原センセ』が。
真面目な顔して、これやっちゃうわけ?
もしかして、悪魔も健康には気を使ってるんだろうか?
魔法使いも、やっといたほうがいい?
”はい、今度はーー。左腕の肘を、右手で掴んでーー”
結局、あたしもつられてやり始める。
あーー。
ちょっと肩のあたり、凝ってるかも。
「・・・ねー、センセ」
「うん?」
「『死神』って、いるの?」
「えっ?どうしたんだい、急に」
「いやー。なんとなく、ね」
まさか、”夢で見たから”なんて、言える筈もないし。




