145話 第一級・指名手配 07
───軽い浮遊感。
───時間の流れと意識がコマ送りで進むような、多少の『むず痒さ』。
しかし、そんな感覚も一瞬の事。
それが収まる頃には、黒一色だった視界に色彩が戻っていた。
あれこれ考えている暇も無い、ごく当たり前の『転移』。
・・・まあ、俺にとってはそんな感じなのだが。
『ほぼ人間』からすれば多少、異なるらしい。
「───頭の中で、猫が鳴いてる」
「猫?」
「何か、目眩も───あ、無くなった」
「猫は?」
「居なくなったみたいだ」
蹲っていたキースが、少しよろけながらも立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ああ。気分が悪いとかじゃあない。
だが、言葉で表現するのが難しいな、これは」
「ふむ・・・『魔力酔い』か?
2〜3回やれば、慣れるとは思うんだが」
「そうなのか?」
「明確な保証は無いけどな。様々な『説』があるし。
だが、安易に試すのも危ないかもしれん。
俺達・・・人間以外でさえ、”短時間で5回以上の連続使用は禁止”、とされてる」
「へぇ。5回以上やったら、どうなるんだ?」
「気持ち良過ぎて、やめられなくなるらしい」
「予想の斜め上を行きやがった」
「・・・・・・」
「──────」
「ここが何処か、聞かないのか?」
「聞かなくても分かるぜ。
ほら、あっちの山陰に、かなり小さいが街が見える。
それで方角を推測出来るし、いざとなりゃ、走ってでも帰れる。
朝までかかるだろうけどな」
「スマートフォンで調べるより先に、自分の感覚か。
流石は『ドラゴンもどき』、天晴だ]
「『もどき』って言うな───まだ『あちらさん』は来ないのか?」
「こっちが早く着いただけだ。もう少し待とう。
それと、タバコは禁止だからな」
「山ん中で吸うかよ。俺はな、『マナーの良い愛煙家・世界一』だぜ?」
「違う。世界一は俺だ」
「いいや。俺だね」
軽口の応酬で、時間を潰しているが。
『向こう』はすでに、到着している。
初顔合わせで時間ピッタリに来る阿呆は、いない。
俺達が来る前に身を潜め、様子を窺っている筈だ。
一々それを、キースには言わないが。
案外、こいつだって分かっているかもしれない。
───そして、数分後。
かなり離れた位置で、地面が隆起するのが見えた。
下生えの草を押し上げ、けれど傷付ける事無く。
土竜のようにジグザグの痕跡を引きながら、こちらへ近付いて来る。
それは。
俺達の10歩程手前で止まった。
夕暮れの、薄赤く光る木立を背に。
地面から這い出してきたのは、ローブを纏った老人。
フードから覗く顔や、杖を持つ手の肌は、岩とも樹木ともつかぬ色。
人も訪れない滝の石を彩る、苔のような匂い。
───『山守の賢者』だ。
「・・・これは何とも、面妖な・・・」
俺達を見比べながら、老人が皺枯れた声で呟いた。
そりゃあ、そうだろう。
瓜二つだ、驚くのも無理はない。
だが、並べてみれば、『中身』の差は瞭然。
明らかに、キースよりも俺の方を警戒している。
ドラゴンといえば、竜息だからなぁ。
「言っておくが、焼き討ちに来た訳じゃあないぜ。
俺は、『仲介役』兼『見届け役』だ。
この会談の内容には一切、干渉するつもりは無い」
そう宣言して、俺は大きく横に移動した。
実際、言葉通りだ。
交渉は全て、キースに任せる。
奴が自分の意志で始め、招いたトラブルだ。
責任を取るのも、奴自身であるべきだ。
頑張れよ、営業マン。




