123話 新時代の古式遊戯 07
竜の、『咆哮』。
これは、戦闘開幕の合図であり。
相手の心をへし折る、一番最初の攻撃手段でもある。
”お前は今から、こんなのと戦うんだぞ”、と。
”負けた時には、肉片も残らないぞ”、と。
咆哮をまともに聞いて逃げ出す事が出来るなら、かなりマシな方だ。
大抵はその恐怖に屈し、身動き1つ出来なくなってしまう。
───しかし。
───眼前の敵は、そうではなかった。
多少の手加減をしてやった、とは言えど。
騎士は目を回しているものの、恐慌状態ではない。
黒馬に至っては、何ら動揺した様子も見せず。
それどころか、俺を睨みつけている。
───こいつ、相当なタマだな。
未だ残響を伝える大地に立つ馬の首が、僅かに持ち上がり。
それから、すい、と下げられて。
「・・・ま、待て!ラースベルグ、行くなっ!
行くなあぁああぁあああーーー!!!」
───突進してきた。
俺の眼には、『竜殺し』の赤い揺らめきが映っている。
竜殺し《ドラゴンキラー》は、作ることが出来ない。
人間も、悪魔も、天使であろうともだ。
竜を殺しきる事によってのみ、その武器が竜殺し《ドラゴンキラー》と成る。
即ち。
あの槍に殺された竜がいる、という事実。
俺はそいつに対し、同情する気など無い。
まともな神経を持つ人間なら、竜と戦おうなんて思わない。
邪魔で通れないなら、迂回する。
向かってくるなら、逃げる。
巣穴の奥にちらり、と宝の山が見えたとしても。
それと自分の命を、天秤に掛けたりはしない。
こんな圧倒的な質量の、正真正銘のバケモノを倒そうなどと考える訳が無い。
それにも関わらず、竜殺し《ドラゴンキラー》が存在する、というのは。
その竜が、相当に『やらかした』という事だ。
『命を賭してでも、倒さねばならない』、と。
人間にそう覚悟させるほどやっちまった挙げ句、報いを受けたのだ。
大戦時、天使達から何度も斬られ、突き通されて。
竜殺し《ドラゴンキラー》の『痛さ』は、嫌というほど味わっている俺だ。
そう簡単に、喰らってやる訳にはいかない。
”愚かな人間め───身の程を知れ!”
『悪い竜』の喋り方ってのは、こんな感じか?
飛び込んでくる騎馬に向けて、右の前脚を振り払う。
おお!?
完全に躱された?
しかも、即座に遠ざかる事なく。
空いた俺の脇腹に対して、いい位置に付けて・・・おい!
何で肝心の『騎士様』が、攻撃しねぇんだ!?
ポンコツかっ!?
お前なぁ、槍の先端を上げすぎだ。
それじゃあ、突進力を載せられねぇだろう。
腕を伸ばして、地面と平行に構えろよ。
筋力が無いから、そういう持ち方になるんだよ。
頼むから、俺に心配されんな!
回頭し、次の攻撃タイミングに備える黒馬。
その力強く無駄の無い疾走に、一瞬だが見惚れてしまう。
まだまだ、いける。
そんな予感がした。
───ようし!
───もう一段階、上げるとするか!




