114話 合法的な魔法使い 05
指定された転移陣に、足を踏み入れ。
転送されたのは、机と椅子が並ぶ、簡素な部屋だった。
・・・なるほど。
これが、『講義室』って訳ね。
31番は、最後列。
ぽつんと1つだけの、如何にも取って付けたような席。
まあ、これに関しては仕方が無い。
篠原センセが無理を通してくれたんだから、参加出来るだけ上等だ。
すでに着席している奴等は、あたしを見ない。
見ていないが、見られてるのが分かる。
同じように、あたしもそうしているからだ。
殆どが、大した事のない連中。
だけど、その中に2名、かなり手応えのありそうなのがいる。
これまでに会った悪魔とは、魔力量が格段に違う。
『位階持ち』ってやつかな?
このレベルがわざわざ受講するんだから、講師はもっと凄いんだろう。
・・・帰り際、講師に喧嘩を売ってみようか。
それくらいやんないと、来た意味が無いし。
きっちりブッ倒しときゃ、篠原センセもあたしの実力を認めてくれるだろう。
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講師は、女性だった。
スーツ姿で、どこかのOLさんみたいな格好。
それほど魔力を感じないけど、ホントに講師?、って感じで。
偽装してるのかもしれないけどさ。
講義内容は、かなり面白かった。
一応は、大学通学時に使ってるカバンを、持って来てはいたんだけど。
まさか、本当にノートをとるハメになるとは思わなかった。
一番最初に講師が出した問題は、
”今、この場で、指先の炎のみを使って水を得るには?”
だった。
指先の炎は、炎系の最下級魔法。
正直、人間に直撃させても軽度の火傷で済むような威力しかない。
これで水を得るには、どうするか。
当然、気化熱を使う事になる。
・・・おそらく、あたしを含めた全員が、そう考えただろう。
ところが、だ。
”───ただし、水を得るまでの時間は、30秒以内。量は1リットル以上とする”
これを付け加えられたら、頭の中が真っ白。
ちょっと待って、水滴ならともかく、1リットルって!
しかも30秒でとか、無理でしょ!
急速に冷却したいけど、使えるのは炎系の魔法1つだけ。
一体、どうやって??
・・・ここで、時間切れ。
回答者、ゼロ。
完全沈黙。
それに対して講師の解答は、とてもシンプルだった。
”天井に付いているスプリンクラーヘッドの、保護金属を熱する”
・・・そりゃあ確かに、そうだ。
保護金属が溶ければ、火災があるという事だから、スプリンクラーが作動する。
気化熱なんか、必要無い。
むしろ、そういう知識に拘るから、それ以外の選択を無意識に消してしまう。
よくよく思い出せば、問題の中にヒントはあったのだ。
《今、この場で》、と。
”私が示した答えを『意地悪だ』『インチキだ』と思うなら、それは危機感が無い証拠”
”命が懸かっている時、魔力がほぼ枯渇した際、緊急を要する局面で”
”問われるのは手段の美しさではなく、『手数の少なさ』と『速効性』”
”───そして、最も重要なのは。
これを『早急に水を得る方法』として憶えてはならない、という事だ”
”指先の炎しか使えない状況など、そうありはしない”
”この手段は、水を得るという『結果』ではなく、目的へ至る『過程』として使うものだ”
”例えば、無関係且つ邪魔な人間を、速やかに排除したい場合”
”火災警報器が鳴っても、「誤動作だろう」と考える人間は多いが”
”水が降り注ぐフロアから逃げ出さない者は、まずいない”
”例えば、靴が濡れようと足首まで水に浸かろうと、一々気にする悪魔はいないが”
”雷撃を防ぐには、『対雷障壁』”
”それしか考えられない者には、致命的な効果をもたらすだろう”
”恐慌や、心情操作”
”障壁中和も貫通性付加も、それなりの魔力コストが掛かるが”
”指先の炎ならば、戦闘中であっても楽に使える”
”思考がそこに至りさえすれば、産まれたての小悪魔でも実践出来る事”
”故に油断すれば、弱者から足元を掬われるだろう”
・・・夢中で、ノートをとった。
この講師、頭がいい。
間違いなく頭がいいのに、発想が柔軟だ。
やっぱり、魔力量は偽装かな。
実際のところは、相当な実力者とみた。
ちょっと悔しいけど、この講義。
かなり為になるし、面白い。
月イチでやってるらしいから、毎月受講したいんだけど。
残念ながら。
あたしは、この1回で『出入り禁止』になっちゃう訳で。
あっという間に過ぎた、90分。
『消えるように帰ってゆく』、他の受講生。
頃合いを見て。
あたしは、ゆっくりと教壇に近付いて行った。
「───少し、お時間頂けますでしょうか、マギル講師」




