104話 優しさの難題 08
冷凍のシュニッツェルとケーゼシュペッツレを、電子レンジで加熱する。
ヴァイスブルストをボイルして、皮を剥く。
TVのチャンネルを、サッカーの中継に合わせる。
そして。
”さあ、この素晴らしき午後の時間を楽しもうじゃないか!”、と。
缶ビールのプルタブに指を掛けた瞬間、電話が鳴った。
有名ホラー映画の、テーマソング。
これを着信音に設定している相手は、当然ながら『嫌な奴』だ。
商工会の会長、グレイン・マクラウト。
嫌がらせが趣味なのかと疑うほど、嫌なことしか言わない、特上の『嫌な奴』。
・・・畜生!あと5分で、試合が始まるってのに!!
舌打ちして、それでも画面に表示された通話アイコンをタップする。
「・・・お待たせしました。こちら、レンタル専門店『青い鈴』です」
”やあ、私だ!元気でやってるかね、ウェイン君!”
「申し訳ありません、店主は今、不在でして」
”ははは!面白いことを言うねぇ!店主は君じゃないか!”
「今月の会費は払いました。営業許可証も更新したばかりです。
違法なブツは扱っておりません。言い掛かりはやめてください。無実です」
”やーやー!ウェイン君、落ち着き給え!今日は、そういう『怖い話』じゃないから!”
「・・・だったら、何なんですか」
”君のとこ、干渉機を扱ってるよね?”
「まあ一応、ありますが?」
”大型2台、中型3台、小型5台で、間違い無いかな?”
「ええ、合ってますよ。この御時世、借りる奴なんていませんがね」
”それは、ミュンヘンだからでしょ?他所じゃ、かなりの人気商品だ”
「・・・それで?干渉機が、どうしたって言うんです?」
”そうそう!今日電話したのはね、『運用訓練』の話!”
「・・・はぁ?・・・運用訓練?」
”この都市にさぁ。突然、天使が攻めて来たらどうする?”
「来ませんよ。ここはもう50年以上、『完全支配地』ですよ」
”そう思ってるのは、悪魔だけかもしれないよ?
天使からすれば、今この瞬間にでも陥落させたい、最優先地域かも”
「俺はそういう政治的なモンは、考えないようにしてるんで」
”君が考えなくてもね、私は『いずれミュンヘンは戦場になる』と思っているよ”
「・・・うーーん・・・」
”ある朝、覚醒めたら『休戦協定』が破棄されていて、天使に包囲されている。
いいや、すでに市内にまで侵攻されている。これは決して、有り得ない話じゃないよ”
「・・・まあ、可能性的にゼロではないでしょうがね」
”その時の為の、実戦を想定した『運用訓練』だよ!これは本当に、必要な事だよ!”
「もしかして、評議会からの指示で?」
”いいや、違う。違うけれどね、有事の際に評議会の判断なんか、待ってられないでしょ?
商工会としては、今の内に独自の対策を打っておきたいんだよ!”
「あー、はいはい。分っかりましたよ。それで、いつやるんです?」
”今夜、22時55分の開始だね!”
「えらくまた、急な・・・」
”こういうのは、思い立った時にパッとやるものなんだよ!
ウェイン君は───Bの3番だから、ええと───”
「??」
”ああ、これだ。設置場所やら角度の数値やら、送信するから”
「ちょっと待ってくださいよ・・・何ですか、設置場所って?
うちのガレージ横の空き地で、スイッチオン。それで終わりじゃないんですか?」
”駄目駄目!駄目だよ、君ぃ!実戦想定だって、言ったでしょ?
皆で力を合わせて、きちんとやらないとだよ!”
「・・・ファイル受信しましたが・・・・・・山ん中ですよ、これ」
”角度調整は、念入りにやってね?間違っても、ミュンヘンの外へ向けないようにね?
君も私も、『この世にいなかったこと』にされちゃうからね!”
「それ以前にですね、現地まで運ぶのがもう、面倒なんですが」
”まあまあ!この訓練はね、頻繁に行うものじゃないからさ!
とにかく!パッと!サクッと!やっちゃおうよ!”
「会長さんは、簡単に仰いますがねぇ。こっちは正直、とんだ迷惑なんですよ」
”来月分の『商工会費』、払わなくて良いよ?”
「・・・は?」
”無料ってこと。1点も払わなくていいからね!”
「・・・本気で言ってるんですか?本当の、本当に??」
”勿論だよ!この件は会報にも記載するし。
約束を違えたら、全員で殴り込みに来ても構わないよ!”
「・・・・・・了解しました。やりますよ。
絶対に、来月分は払いませんからね?」
”うんうん!それじゃ、よろしくね!私は他の店にも、連絡しなきゃいけないからさ!
頼んだよ、ウェイン君!”
通話が切れた後。
画像とドキュメントを開いて再度、確認する。
───こちとら、馬鹿じゃない。
───長い間これ1本で食ってる身だ。
まず、おかしいのは、俺に『B-3』という番号を割り当て、場所を指定していながら。
全体の配置図は添付していない、という点だ。
ミュンヘン市内に、外側から干渉波を当てる。
その出力、角度計算をやってる筈なのに、配置図の詳細は見せない。
番号から俺は『B群の3番目』とは分かるが、他の誰がB群に属しているのか。
そいつはどこに配置されるのかは、不明。
これは多分、意図的に隠されているな。
何か、『全体像』を知られたくない理由があるのか?
そして。
目には見えない裏側で綿密に練り込まれた、この計画。
実行されるのが何故、今夜なのか。
普通だったら事前に発表されるものを何故、『会長自ら』電話連絡するのか。
───来月の『商工会費』が、無料。
───率直に言って、これはかなりデカい。
こっちとしたら、多少の苦労はしてでも飛びつきたくなる、『美味い話』だが。
商工会の収支からすれば、結構なマイナスの筈。
それでも、あの会長がああまで上機嫌になるということは。
マイナス分を吹っ飛ばせるくらいの。
俺ら以上の、『相当に美味い話』があったのだろう。
・・・まあ、いいか。
サッカーは、もはや逆転不能なレベルで負けてるし。
つまみも冷めちまった。
缶ビールを冷蔵庫に戻して。
今の内、トラックに干渉機を積んでおこう・・・。




