【さがしものはなんですか?】
口コミで聞いた情報によると、この喫茶店の看板メニューはミートソースのパスタらしい。今回の目当てはこれだ。パスタ好きとして、是非とも食べてみたい。
地図アプリを頼りに目的地へと足を運ぶ。都会は行き交う人が多い。店の写真を見る限り、それほど目立つ外見ではなく、初めての人には見つけにくいかもしれないと思った。
「この辺にある……はず……?」
地図アプリに表示されたピンの場所に辿り着いた。近くに薬局があって、向こうに交差点もある。間違いなくここ……のはずなのだが。360度見渡してみても、写真と同じ店は見当たらない。いくら調べても、なぜか店の入り口の写真はなく、内装やメニュー表、マスターが趣味で集めている土偶たちの写真ばかりが掲載されていた。もちろんミートソースパスタも数枚載っている。俄然食べたくなってきた。朝ご飯を抜いてきたから、容赦なく腹が鳴る。
「周りにないとすると……地面とか……?」
しゃがんで地面をさする。靴から弾き出された小石や砂を払いのけながら、地下に続くであろう扉を探す。行き交う人達からの視線を浴びながら、失せた物を探すようにきょろきょろと見渡す。誰かに聞けたら話は早いが、人に話しかける事が苦手な俺には出来ない。諦めるか、粘るか─両手を地面につけ頭を下げて目をこらしている時だった。
「あの、大丈夫ですか……?」
顔を上げると、一人の女性が目の前に立っていた。行き交う人の波の中で、そこに留まっているのは彼女だけだった。出勤途中、という感じのOLさん、みたいな。俺は人を見た目で判断するのも苦手だった。
「私もいっしょに探しましょうか?」
「え、いいんですか……?」
「だって、ないと困りますよね?」
確かに困る。このままじゃ腹が減り続け鳴り続け、いつもと同じコンビニ飯で腹が膨れ、今日という日が何だったのか考えながら帰ることになるだろうから。
「はい、まあ……」
彼女は、にこと微笑んだ後、俺と同じようにしゃがみ込み、落ちてくる髪を押さえながら片手で砂をのけ始めた。女性ってあまり地べたとか触るの得意じゃなさそうなのに、すごく親切な人だなぁと俺は手を止めてしまった。彼女が顔を上げた時、ばちりと目が合った。いかんいかん、探してくれる人に任せて何もしないのはおかしな話だ。俺も探さないと。動揺した俺を見て、彼女は言った。
「いいんですよ、こういうのはお互い様です。」
「いや、でもなんか悪いっすよ……」
「私も見失ったことありますから。」
ほほう。これはいい情報かもしれない。有名店でありながら、地元民でも見失うことのある入り口。どんどん興味が沸いてきた。ついでに腹も鳴る。行き交う人達の雑踏にまぎれて、カラスの声より響かないその音に、彼女も気づかなかったようだ。
「この辺りにはもうないのかなって思いましたよ。」
「でも、確かにこの辺りだったんですよね?」
「はい。というか、よく分かりましたね。」
「え?」
「自分が何を探してるのか。そんなに有名なんですか?」
「有名……かどうかは分かりませんが、漫画みたいだなって……」
ほほう。それは分かる。喫茶店の入り口がまさか足元にあるとは、普通の人なら考えつかないだろう。さすが、土偶を集めてるマスターの嗜好だ。でもそれならせめて、店の紹介文にでも記載して欲しい。読者、じゃなかった、お客さん増えないだろう。
しばらく二人で探してみたが、何も見つからなかった。手が砂まみれになっただけだった。俺は構わないけど、彼女は平気だろうか。ぱんぱんと手を叩いて払う俺と違って、彼女はまだ膝を地につけていた。
「あの、もういいっすよ。ほんと、悪いし……」
「でもこのままじゃ……」
ここで突然、元気よく腹が鳴った。たまたま行き交う人が少なくて、足音も比較的静かな時に、狙ったかのように響き渡る腹の音。彼女はぽかんとして音のした方を見上げる。俺は両手で顔を覆いたいくらい恥ずかしかった。というか覆った。土の臭いがめっちゃした。
「おなか……」
「空かしてきたんです……恥っず………」
「ち、ちょっと待っててください!」
「え、えっ?」
赤面の俺を置いて、彼女は走り出していた。穏やかになった人の波をすいすい避ける姿を見送るしかなく、なんだか分からないが待つしかなかった。
少しずつ心に余裕が出てきて、ずっとこの場に蹲ってるのは邪魔だと思った。ちょっと外れた所に移動し、壁に寄りかかる。彼女が走って戻ってきた時には、視界に入るように前に出た。彼女はビニール袋を持っていた。
「買ってきました。」
「え。」
「ごはん、まだって言ってたので、ついでに。」
「え、ど、どこで売ってたんですか?」
「そこの、薬局です。」
……ん?ごはんって、喫茶店の?併設でもしてたのか?さっきまで地面探してたのは一体……裏口とか?従業員だと思われてた?むしろ、その薬局にある方が裏口なのか?もしかしてテイクアウトができるのか?ミートソースパスタではなさそうだけど、袋の中に白い紙袋が入ってるのが見えた。
「あなたの欲しいものは分からなかったけど、私が思うおすすめのです。」
「……ありがとうございます……。いくらでしたか?ちゃんと払います。」
「いいんですよ、このくらい。お互い様……」
「いいえ、払います、払わせてください。」
彼女は渋々だったが折れた。レシートを見てちょっと考えた後、「3800円です。」と言った。思わず「高ぇ!」と言いそうになって飲み込んだ。考えた彼女なりに、いくらかまけてくれたのかもしれない。千円札四枚渡して、やや冷えた手で百円玉二枚受け取った。彼女は申し訳なさそうに「力になれなくてごめんなさい。」と言った。俺は「一緒に探してくれただけでも嬉しかったです。」と答えた。
名前は聞かないまま、俺と彼女は別れた。漫画ならここで連絡先を交換したり、「これも何かの縁ですね。」なんて言ってランチに誘ったりするんだろうけど、あいにく俺はそういうのが苦手だ。名前も聞かなかったんじゃなく、聞けなかったと言った方が正しい。最後まで彼女は親切だった。またどこかで会えたら嬉しいなと思った。それは確かだ。
さて、それじゃあ帰る前に堪能しますかね。陽の当たる暖かい場所を見つけて腰掛ける。もうどこが泥だらけになっても気にしない。一番我慢していた腹よ、待たせたな。
うきうきしながら袋の中を確認した。中には梅のおにぎりが二つあって、紙袋の中には、コンタクトレンズが入っていた。
理解するのに二分かかった。口コミには「見つけられませんでした。」と書いた。☆は五つにした。