3話 作戦考案
首輪は本体と金具がおそらく鋳鉄製で、正面にポツリと豆粒サイズの半透明な石が取り付けられている。
たぶんその石の作用で魔法を阻害しているのではないかと思う。
どんな原理かは知らないけど。
「うーん……実際やってみないとわからないな。魔法なんて地球にはなかったわけだし」
知識としてだけなら、フェリクが魔法の使い方を知っていた。
(なるほど。生命エネルギーである魔力を体内で循環させ、魔法式……つまりイメージで望んだ現象を発現させる、ね)
あまりの意味不明さにツッコミたい。
「教えてくれた本当の母親は死んでるっぽいし。はぁ……とにかくやってみるしかないな。生命エネルギーを循環って、血液でもイメージすればいいのか?」
身体中の血管をめぐる血液を想像すると、だんだん体がポカポカしてきた。
こんな簡単で良いのかと思ったが、できるに越したことはない。
「魔法の第一段階、魔力循環ってやつは問題なくできたな。次は魔法式構築か」
指先に魔力を集めて小さな火をイメージしてみたのだが、うんともすんとも言わない。
「これまさか、よくある魔法アニメみたいに魔法言語がうんたらかんたらとか無いよな……ん? そういえば適正とかってあるのか?」
俺がニート暮ししてた頃、複雑な魔法陣を出現させたり、呪文を唱える魔法アニメが多々あって一瞬ゾッとしたが、もう一つの可能性を思いついた。
「さっきはなんとなく火をイメージしたけど、適正とかがあるんだとすれば、氷なんだよな」
父は魔力持ちではあるが適正がないらしい。
義理の母とアイシャは土を使っていたが適正遺伝に関する血縁関係はない。
従って、俺の魔法適正には影響しない。
本当の母が魔法を使うところは見たことないけど、適正は氷だと言っていた。
だとしたら、可能性的に俺の適正は氷となる。
「やってみるか」
先程と同じような工程を意識して魔力を循環させ、指先に魔力を集めた。
次段階で魔法式構築=イメージを浮かべた時、突如として脳内にノイズが発生し、イメージが霧散してしまった。
「はっ……なるほどな。魔力循環まではセーフだけど、魔法構築は阻害する首輪ってことか」
どのように魔法が阻害されるのか確認したところで、小屋の中にある使えそうな物を集め始めた。
「えーっと、ここら辺にスコップが……あった。あと枝切りばさみ、草かり鎌、植木鉢、木槌……ホントに物置小屋だな、おい!」
フェリクの記憶を頼りに色々物色していたら、園芸用品を中心に、出てくる出てくる。
一番にスコップが思い浮かんだのは、かつてフェリクがそれを使って首輪の破壊に挑戦し、あえなく失敗したからだ。
そのときは硬い鋳鉄製の金具をスコップの先でカンカン叩いていたり、魔法で保護された石部分を割ろうとしていただけだったので、当然ではあったが。
だが今は、高校までとはいえ学校に通って得た知識がある。
それに、ネットサーフィンで結構雑学も溜まっているから、何とかなるのではないかと思う。
手持ちの道具類で、最も首輪を破壊可能なパワーを生み出すのはスコップと木槌。
首輪を回して金具を前側に持ってきて、そこにスコップの刃先をあてがい、スコップの柄に木槌を近づけてスタンバイ完了。
「普通に怖いぞ、これ。やりすぎたら喉に刺さるし、スコップがズレても刺さる。そして、力が弱ければ壊れない……。ふぅ……覚悟を決めろ、俺!」
ゴクリと口内の唾を嚥下し、息を止める。
心臓がバクバク音を立てているのを感じながら、木槌を柄に打ちつけた。
──ガッ──
「っ〜〜〜! やっぱ怖い! でも、一回出来たんだからまだできる。次はもっと強く打つんだ」
緊張で汗ばむ手元が狂わないようにしっかりと握り直し、二度目の挑戦をする。
そうして繰り返すこと12回。
「はぁ……やっぱ無理か……。まぁ、これぐらいで壊せるならこんな道具ここに放置なんてしてないだろうし、予想はしてたけど」
結局、全力で打ちつけるところまでいったが、金具を壊すことは出来なかった。
フェリクの記憶が融合したお陰か、気持ち悪さをあまり感じなくなった汚い藁の寝床に転がり、脱力する。
「魔法が使えたら、まだやりようは有るんだけどな」
俺が思いついているのは、金具部分を氷結させ、炭素を多くふくむ鋳鉄の低温脆性という特徴を利用する方法だ。
鉄は炭素を多く含むほど、温度が低下した時に脆くなる。
さっきの手法だけでは壊せなかったが、これも組み合わせれば壊せるはずだ。
「そういえば、そろそろお昼。いつも通りなら飯が来る頃なんだけど……っと、噂をすれば」
コンコンとドアがノックされたのでドアを開けて下を見ると、食事が乗ったトレイが置かれていた。
届けてくれた使用人は、当然のように立ち去っており、木陰から探してみたが見つけられない。
トレイを持って部屋に入り、座りやすいように寝床を作り替えて食べ始める。
メニューは、冷えきったスープ、拳大サイズのボソボソな黒パン、そして木製ジョッキ1杯の水。
スープについてもっと細かく言うなら、温度20度くらいの水にうっすい塩が溶かされており、それに煮込んでもいない生のクズ野菜が申し訳程度に入っている……と言ったところか。
「なんで子供にこんな酷いことできるんだろうな。それとも、この世界ではこれが普通なのか?」
物心つく前から硬い土を投げつけ、栄養素を無視したような食事を与え、不衛生な場所に押し込める。
立場が奴隷であるとはいえ、あんまりな扱いだ。
流石にここまで酷いのはソイル家だけだと思いたい。
粗末な食事は非常に量が少なく、数分程で食べ終わってしまった。
最後に水で口をゆすごうと木製ジョッキから水を飲んだのだが、飲み口が大きくて雫が零れ、ポタリと膝に落ちる。
それをみて、ふと思いついた。
「何も無いところから氷を生み出すのは無理でも、水の温度を下げて氷にするなら出来るんじゃないか? ごくごく弱い魔法ならノイズが起きないとか……」
可能性を確かめるべく、恐る恐る手を伸ばして水に触れ、その水が氷に変わるのをイメージした。
すると、ピキッと音を立てて、確かに氷結する。
「で、きた……。できた! これなら壊せる!」
可能性を見出して少々叫んでしまい、慌てて口を塞いだ。
「まだ勘づかれるわけにはいかないんだ。真昼間から脱走は危険だし、夜まで待とう」
なるべく水を多く確保するためジョッキから植木鉢に移し替え、下げ膳をドアの外に置いてくる。
逃げる算段がついたので、夕飯まで寝ることにした。
決行時の夜中、眠くなってチャンスを逃しました、なんてシャレにならないからな。