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2話 奴隷転生

 



 ふわふわとした半覚醒状態の感覚に俺はとまどった。

 顔に当たった光の眩しさで意識が完全に覚醒し、目を開く。

 日よけにかざした手のサイズを見て、明らかな異変に飛び起きた。


「なんでこんな小さ……って、この首輪もなんだ? それに、俺さっき死んだよな。ここも……病院じゃないみたいだし」


 体は12・3歳程まで小さくなって、何日も体を洗っていないような臭いがしており、薄汚れてベタベタしている。

 さらに付け足せば、所々に血が付着していた。

 服と言うのもはばかられる、泥の染みついたボロボロの貫頭衣。

 首元には金属製の重い首輪がはめられており、痩せて浮き出た鎖骨にゴリゴリと当たっている。


 部屋を見渡せば、囚人の方がまだ良い部屋に住んでいると言えそうな有様だ。

 天井には蜘蛛の巣が張られ、床は土、寝床はゴミと羽虫の死骸だらけの藁。

 広さも二畳あるかどうか程度。


「なんなんだよ、この状況……夢でも見てるのか?」


 現代日本では考えられない状況に対する疑問を処理しきれなくてパニック寸前になった時、物置小屋にしか見えない部屋のドアが蹴破られた。


「お前、いつまで寝ているの! 修行に遅れるなんてどういう了見!? さっさと来ないとぶち殺すわよ!」


 仁王立ち姿で現れたのは、見た目年齢16歳程の少女であった。

 知らない子のはずなのだが、急激に記憶のページがめくられ唐突に()()()()()

 彼女は、この体の持ち主の姉、アイシャ。


「姉さん……」

「姉なんて呼ばないでくれる? いやしい妾生まれの奴隷ごときが汚らわしい!」


 ポツリと小声で関係性をつぶやいただけの筈なのに、凄まじい罵詈雑言が飛んできた。

 その内容は理解できるが、それに含まれた意味が決定的におかしい。

 俺の事を言ってるみたいではあるが、日本には奴隷も妾もいないはずだ。


 なぜそんなことを言われるのか分かりかねていると、アイシャが開いた手をこちらに向け、次の瞬間には土塊が飛来した。

 投げるための予備動作とかも無しに、向けられた掌に2cm程の土塊が突如として出現し、それが飛んできたのだ。


「いたっ!」


 土礫が額に直撃し、あまりの痛みに悲鳴を……。

 上げたわけではない。つい痛みを想像して、反射的に言ってしまっただけで、一切痛みを感じなかった。

 感じたのは当たった衝撃だけ。


 今のは明らかに攻撃だった。

 しかし、何をされたのか理解できない。

 魔法みたいだとも思ったが、そんなの夢の中の話だ。

 夢であるなら、痛みがないことにも説明がつくのだが、それにしては自分の意思がハッキリしているし、リアルすぎた。


「ふん! あ〜、ここに居ると奴隷病が伝染るわ。お前、今日は特別可愛がってあげるから覚悟しなさい。『命令、来い』」


 脳に響くような『命令』という言葉を聞いただけで、何故か意思に反して体が動き出す。

 わけも分からず抵抗しようと思考が働いたが、体は全く俺の命令を受け付けなかった。


 何の手立ても打てぬまま、木陰に隠れるようにひっそりと建てられていた小屋から連れ出され、大きな屋敷の中庭に来てしまった。


「『命令、動くな』さて、始めようかしら? 私の(・・)魔法練習を!」


 次なる命令により、今度は全く動けなくなる。

 体のバランスを取ったりはできるが、その場から移動しようとすると一歩たりとも足が前に進まない。

 足だけでなく、体の箇所全てが行動を拒否する。


 全く理解の及ばない現象に、やはり夢なのかと思っていると、ヒュッという風きり音と共に衝撃が突き抜けた。

 左肩、顎、背中、右頬、左足、右胸、後頭部。

 その攻撃は留まることを知らず、次々に俺の体を打ち据える。


 そして、その土礫が当たる度に、この体の記憶がフラッシュバッグのように巻き起こった。


 目の前の女、姉のアイシャとその家族が、俺にした数々の悪行、その仕打ち。

 俺がこの家の次男であり、当主がメイドに産ませた子供として、母と共に奴隷へと堕とされたこと。

 奴隷に相応しい粗末な住処と食事、姉の憂さ晴らしに、魔術の的にされる生活。


 急激な記憶処理に脳が追いつかず、激しい頭痛を訴えてくる。

 さっきまではどこをどれだけ撃たれても痛みなどなかったのに、今度はなんなんだ一体。


「うぅ……」

「あらお前、やっぱり今日は痛みを感じるの? とっても楽しめそうね! もっと泣きなさい、喚きなさい? さぁ、さぁ、さぁ!」


 頭を抱えることはできないが、顔を歪めて唸っていたらアイシャの嘲笑が響き渡り、頭部への攻撃が殺到し始めた。


 また、思い出した。

 アイシャは生まれつき魔法の才能が無く、強大な魔力と才能に溢れる俺を妬み、憎んでいる。

 義理の母は、妾の子という時点で俺を毛嫌いし、もし視界に入れば気絶するまで土礫を投げるのが生き甲斐の人。

 父は婿養子で立場が弱く、メイドとの間に作った俺の存在がバレて更に立場が弱くなり、見て見ぬふりをしていた。


「あっははは! いい、いいわ! いつもはただの奴隷人形の癖に、今はまるで人間みたいじゃない!」


 アイシャの絶叫とも取れる高笑いを聞き、俺はこの体の持ち主……自分自身について思い出す。


 物心つく前から毎日のように暴力を振るわれ、次第に痛みを感じなくなった少年。

 本当の母以外の家族に対して、毛ほどの情も持ち合わせていない、ただ復讐心だけを感情として育んだ子供。

 いつかコイツらを惨たらしく殺し、外の世界に行く日を夢見る、歪に壊れた男の子。

 昨日、義理の母にいつも以上に酷い扱いを受けて早々に気絶し、目覚めるまでの間に前世の記憶が蘇った、柊 氷雨の転生体。


 今の今まで記憶が混乱していた。

 破綻していた人格フェリクは、氷雨の記憶が蘇った時点で俺の人格に飲み込まれてしまったようだが。

 この体、フェリク・アルトラリースト・ソイルは、紛れもなく俺、柊 氷雨の来世。


 そこまで思い出せたのだが、直後、土礫がガツリと悪い所に当たり、意識が外界と遮断された。



 ♢♢♢



「はっ……! またこの小屋? 気絶したのか」


 今度はあのふわふわとした微睡みもなく、スッと目覚めた。

 あの後どうなったかわからないが、アイシャが俺を自ら運ぶなんてありえない。

 きっと使用人にでも運ばせたのだろう。

 あるいは、気絶していても『命令』には反応するとか。


 何にせよ、タイミング的には最適。

 おかげで煩わしい衝撃と叫び声もない状態で、思考に没頭できる。


 まず考えるべきは、今俺がどこに居て、どんな状況なのかだが……。


 魔法世界マイギアス、魔法国家シルキオのソイル侯爵家の本邸。

 その中庭の片隅に置かれた小さな小屋の中。

 類まれなる魔力と魔法の才を持つが、奴隷の首輪に魔法を阻害され、飼い殺しにされている。


 驚いたことに、自分の記憶を思い出すように知ることができた。

 一度目に目覚めた時は、自分の意思ではなく、勝手に記憶が浮き上がってきていたのに。

 この気絶の間に何があったというのか。

 思いつくのは、氷雨人格をメインにフェリク人格が完全に融合、記憶の共有が完璧になった……ぐらいだが。


「さて……なんで転生前の記憶を思い出したのかとか、フェリクの人格をどうするかは一先ずおいといて、俺が今生でどうしたいか……だな」


 知る方法や解決策もわからないことを考えていても仕方がない。


「これって、一日で終わるとかのオチじゃないよな……? もし死ぬまで俺が俺のままなら、やりたいことは沢山ある」


 ニートなんかじゃなく、働き、胸を張って生きたい。

 結花を守ったように、こちらの世界でも出来るであろう友人を守り、救いたい。

 愛情や幸せ……与えられてばかりだったそれらを、与える側になりたい。

 あと……魔法とやらにちょっと興味がある。


「傲慢かもしれない。だけど、前のままの俺じゃ嫌だ。いい加減、変わりたい。そのためのチャンスは貰った。手始めに……これぶっ壊すか」


 視線を首輪に落とし、鉄でできた表面をざらりと撫でた。



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