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1話 とって代わった非日常

 



 俺、(ひいらぎ) 氷雨(ひさめ)19歳、職業ニートは、小腹がすいたので近くのコンビニへ買い物に来ていた。

 そこで、思わぬ人物と再会する。


「ん? 氷雨(ひさめ)じゃないか! 久しぶりだな、元気にしていたか?」

「ゆ、ゆゆゆ結花! なんでこんなところに」

「なんでって、新作のコンビニ限定プリンを入手しにだな……」


 数年ぶりに顔を合わせた幼なじみの結花。

 まさかコンビニで会うなんて思ってもみなかったから、ジャージ姿で来てしまったのが運の尽き。

 保育園でひとめ惚れしてからというもの、今でも好きな女の子に、見た目だけで職業がわかってしまう格好を見られてしまった。


「そうか俺はもう買うもの決まってるからじゃあな」


 決まっているなんて嘘だ。

 これ以上自分を見られたくなくて、たまたま目の前にあったパンを一つ引っ掴み、早口でそう捲し立ててレジへ……


「まぁ、待ってくれ。久しぶりに会ったんだ。少し話さないか? 言いたいこともあるし」


 行こうとしたのだが、腕を捕まれて振り払うこともできず、大人しく体の力を抜く。

 その様子を見て結花の方も、にっこり笑って腕を離してくれた。


 昔なら、その輝く笑顔に見とれていられた。

 だが今は、その笑顔を向けられるのが苦しい。

 その笑顔の下で、俺のジャージ姿を嘲笑っているのではないかと邪推が吹き上がる。


 そんな思い込みに耐えられず、商品を戻して店内から逃げ出そうとしたときだった。

 非日常の象徴とも言うべき、普通なら一生遭遇しないような出来事。

 コンビニ強盗に俺たちは巻き込まれた。


「動くな! 動いたらぶっ殺すぞ! そこのお前、これにありったけの金詰めろ! 妙な真似はするなよ」

「は、はひぃ!」


 入ってくるなり大音声でコンビニ内を掌握し、ナイフをチラつかせる黒ずくめの男。

 レジに居た店員の一人にバッグを渡し、それに金を入れるよう指示を出した。

 俺たちは店の奥のレジ前におり、入口から入ってきたばかりの強盗犯を真正面に見れられる位置に居る。


 不運にも事件に居合わせてしまった人々の悲鳴が上がり、その多くが怯えて保身に入る中、一人だけ他人のために動いた人がいた。

 5つの頃から剣道を習い、正義感が強くて曲がったことが許せない……俺の幼なじみである結花。


「落ち着かないか。まずそのナイフを下ろして、話し合おう。今ならまだ戻れるはずだ」

「黙れ!」


 そう、良くも悪くも純粋な……という注釈が付く子。

 話し合えば誰とでも分かり合えると思っている、聖人のような甘さを持った(ひと)


 けれど、その言葉は相手を逆上させただけだった。

 最初の犠牲者を結花に定めた強盗が、ナイフを振りかざして襲ってくる。


「っ、結花!」


 隣に立つ幼なじみを守るため、咄嗟に彼女を突き飛ばす。

 標的を変えた凶刃が、俺の脇腹に深々と刺さった。

 即座にナイフが引き抜かれ、命を運ぶ水がドクドクと流れ出す。


「氷雨くん! う、うそだぁぁぁぁ!」

「うるせぇ!」


 崩れ落ちた俺と床に広がる大量の血液を見た結花が、悲鳴を上げる。

 それがカンに触ったのか、怒鳴りながら結花に向かってナイフを振り上げた。


「ひっ……」

「逃げろ結花!」


 腰が抜けているのか、ブルブル震えて動く様子がない。

 あんなことを言い出したのだから、恐怖心なんて無いのかと思っていたのだが、それは違った。

 武道を習ってはいても、実際に刃を向けられたことなんぞ、あるはずも無い。

 そういうところは、普通の女の子なんだから当然だ。


 犯人の方も、俺を刺した興奮で呼吸が早くなって手が震えており、ナイフを振り上げた姿勢で息を整えている。

 だが、あと数秒もすれば結花の命はこの悪党の手によって絶たれることになる。


 しかし、その僅か数秒の猶予が、俺と結花の運命を変えた。


(守らなきゃ。守りたいんだ……動け、俺の体!)


 傷口から大量の血液が流れ出て、痛みと失血でショック寸前の体は、最期の力を出し尽くすように動き始めた。


「うおぉぉぉ!」

「なっ? テメェ!」


 強盗犯に掴みかかり、ゴロゴロ転がりながら揉み合う。

 2度胸を刺され、額もパックリ裂けたが構うものか。

 執念でナイフを奪い取り、幼なじみに恐怖を与えた元凶……そいつの喉笛をかき切る。


 飛び散った血がビシャリと俺の顔に付着したと同時に、火事場の馬鹿力も尽きて、俺も強盗の隣に倒れ込んだ。


 恐れで立ち上がれない結花がにじり寄って来て、俺の上体を抱き起こす。


「氷雨くん、しっかりしてくれ! っ、誰か救急車を!」

「いい、もう痛覚すらない。それより結花……怪我はないか」

「馬鹿か君は、こんな時まで人の心配なんか! ボクがあんなこと言わなければ、氷雨は!」

「俺が勝手にやったことだ。それに……良いところは昔と変わってなくて……安心した」


 もう話していられる時間も長くない。

 ただ寒さだけがあり、死が近いことを告げている。

 肺もヒューヒューと音を立て、きちんと機能しているかすらも怪しい。

 今のうちに、伝えなくては。


  高校を出てからずっとニートだった俺に、そんなこと言われても困るだろうと、言えなかったこと。

 けれど、諦めることも出来なくて、手紙に書き起こして封印した思い出。

 だが、俺の命はここで終わる。なら、彼女を困らせることも無いだろう。


「結花。俺の机……右の引き出し……一番奥ッ……ゴホッ……手紙が、ある……」

「そんなの、今聞きたくなんかない! もういいから、喋るな……! 救急車はまだなのか!」


 俺から目を離して道路側を見る結花を、手を握ってこっちを向かせる。


「結花、聞いてくれ。ヒュッ……ゲホ……その手紙、読んでくれな? ……ゼヒュッ……ずっと言えなかった言葉が書いてあるんだ」

「わかった、わかったから……氷雨……」


 あぁ、泣いている。

 男勝りで、滅多なことでは泣かなかった、輝くような笑顔を持つ結花が。


 握っている手とは逆の手で彼女の涙を拭い、最後の頼み事をする。

 さっきまでは、日陰者の卑屈精神が強い俺に苦しみを与える輝きだったが、今は違う。


「結花……笑って……ッ、……ほしい」

「これで、これでいいかい!? だから、だから……そんな最後のお願いみたいなこと言わないでくれ……!」


 霞む視界に、笑った口元が微かに見えた気がした。

 もう殆ど真っ暗で何も見えないから、俺の幻想かもしれないけれど。

 結花の頬に触れた手から、彼女の止まらない涙と、泣き笑いの表情が感じ取れる。


「…………」

「氷雨くん、ボクはココだ! ここに、生きている。君が救ってくれたんだ。だから……ありがとう、ボクのヒーロー」

「あぁ……」


 見ることが出来なくても、それでいい。

 結花が無事で、生きていてくれるなら。


 (たしかに俺はキミを救ったけど、キミだって俺を救ってくれた。役立たずのニートを、ヒーローにしてくれた)


 どうしようもないニートで、家族に迷惑かけてばかりだった俺の命も、最後には役に立った。

 他の、必要とされている人の命を守ることができた。


 (悪く、ないな……)


 そう思ったのが、最後だった。

 別れを惜しむように頬から離れた手がパタリと床に落ち、俺の人生は呆気なく終わりを告げた。



 ♢♢♢



 そう、これで終わったはずだった。

 俺だって、再び目覚めるなんて思ってなかった。

 けれど、運命の螺旋と魂の輪廻とは不思議なもので。

 俺は、もう一度人生を送ることを許された。

 地球ではない、どこか遠い時空の彼方。

 時の流れ、そこに息づく命の在り方、世界の構成、森羅万象……その全てが異なる世界。


 その新天地で、俺は今までとは違う生き方をしたいと願ったんだ。

 誰かに迷惑をかけたり奪ってばかりでは無い、誰かを救い、守り、与えられる人になりたいと。

 けれど、世界の意思か、あるいは神か。

 彼らは、そんな俺の独りよがりな願いを許しはしなかった。


 俺は、人によって『救い』というものがそれぞれ違うということを知った。

 守ろうと決めたものすら、どんどん掌から零れ落ちていくことを知った。

 与える、ということがどれほど難しいのか知った。


 その願いの先に、俺は何を見て、何を思い、何を成すのか。

 それはまだ──もう少し未来の話────。



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