6、冷たい騎士
マニュアルを読み終えた頃には3時を過ぎていて。
先に私のベッドで横になったハンの寝息が聞こえる。
そーっと起こさないようにベッドに入る。だって他に寝れる場所ないし。
竜騎士の仕事は空からやってくる敵の撃退と竜の飼育だと書いてあった。
そんなに敵って来るのかな?
隊長ってその中で何をするのかな?
重くなった瞼を閉じると直ぐに眠りについた。
翌朝目覚めるとハンがじっと見つめていて。
「おわっ!何だよ?」
とっさにのけ反りかえる。
「、、、この数日のお前を振り返っていた。」
朝から?私を眺めながら?
「お前はミリスか?」
的確な質問が私を苦しめる。表情を崩さないように気を付けて答えた。
「私が私でなく見えるか?」
「お前はお前だ。」
「朝っぱらから下らない。」
「、、、だな。」
危ない、危ない。
私はミリス、ミリス!ミリスは冷たい人!
、、、って神様が言ってた。
実は昨夜、直ぐに眠りについた後に神様が夢に出てきたんだよね。
マジで。
神様は
「そなたが生きる世界で叶えられなかった夢をこの世界で叶えると良い。」
とか、
「そなたはその男性の生まれ代わりだ。」
とか、
神々しく登場して言うわけ。
夢なのがわかってたし、まぁ気持ち半分で流してたよね。
私がミリスの生まれ変わりって変でしょ?
だって数日前に死んだのに、今生きてる人間の生まれ代わりって。
夢かなって思うじゃん。
「そなたが生きる世界で我慢していた女性としての恋愛に関しては、、、そうじゃのぉ、この指輪を授けよう。」
「この指輪はの、そなたが認識する期間で言うと、、、3年だけ女性になれる指輪じゃ。」
「そなたの中にちゃんとこの男性の記憶は残されておる。この男性の生まれ代わりなのだからな。」
って言うだけ言って、眩しい光に消えた神様とさよならしたらさ、ハンが目の前にいるじゃん。
もう、何が現実なのかわからなくなるよ。
この世界自体が現実に感じられないし。
ハンってイケメンだし、私なんかと一緒に寝ててくれるわけないって思うじゃん。
ただ、指輪してたの私。
それ見て確信しました!神様、マジで存在するんですね!
ミリスの記憶は部分的にしか思いだせないけどさ、一言で言い表すと
【冷たい騎士】
なんだよ。
誰にも心開かない
誰も信用しない
そんな、寂しい人間でさ。
そんなミリスのイメージを壊さぬように私、頑張ってミリスを演じていきますっ!いつ、私がこの身体とさよならするかわからないし。
、、、この指輪も気になるけど、それはもうしばらく使わないでいよう。
「俺は部屋に戻ってそのまま出勤するから、お前は無理すんなよ。」
と、ハンが立ち去った後、廊下がやけに騒がしくなり、
「ハン隊長が朝帰りだぁ!」
とか、
「今どの部屋から出てきたんだ!?」
とか、野次馬の叫びが室内にも聞こえてくるくらいでしたから。
ーーーーー
今、ミリスになってしまってから初の出勤を迎えようとしています。
「全体、整列!」
竜騎士の訓練場が私の職場でございます。
「日報!」
ダッシュで騎士達が私の前に整列し、私の脇では秘書のカロンが場を進行させる。
夜勤者が前にでてきて昨夜の様子を報告する。
「巡回異常なし、6竜異常なし、1竜衰弱、以上です。」
「隊長より!」
うわっ、隊長から何を言えばいいの?
この朝礼の記憶は、、、ないな。
でも大丈夫、私はミリス、私はミリス、、、
「、、、隊を留守にしてすまなかった。本日より復帰する。至らない部分も多々あるだろうが、協力してやっていこう。」
シーンとする一同。ポカンと私を皆が見ている。
え、なんか不味いこと言った?無難にやったと思うけど駄目でした?一向に進行しないので、
「、、、カロン」
「、、、あ、はい!次、本日の竜担当!」
あのセミドが一歩前に出て報告する。
「昨日生まれた卵が1、担当は産んだ竜を担当していたアン。」
「日報は以上!解散!」
騎士達はおのおのの持ち場に別れて行動を開始する。
しばらく騎士の様子を見ていると竜を収容している檻を荒く叩き、嫌がる竜を強引に檻からだして飛行訓練を開始しようとしていた。
暴れる竜には電流を流し、鎮圧する事を当たり前のように行う騎士たち。
どうにかしたい気持ちが膨らむ。
竜騎士隊は総勢17名
1竜につき2人程度の騎士が担当に当たり世話をする。
竜が成長すれば戦闘訓練が開始され、現在成長した竜は7、衰弱で弱った竜を含めないと出陣出来る竜は6となる。
「隊長、私はアンのサポートにまわりますが、衰弱した竜はいつも通りお任せしてよろしいのでしょうか?」
カロンが私の様子を伺いながら言う。
「、、、あぁ。」
記憶にあるアノ事を言っているんだろうなと察する。
ーーーーー
訓練場から少し離れた滝のふもとにその竜はいた。
竜の寿命には個体差があるが大体が長生きで100年は生きる。
ただ竜騎士が育てる竜はその過酷さからか20年程度しか生きられない。
竜は自分が死ぬ時、次の命を産み落とすらしい。卵の数も自然に生きる竜だと3~4は産むが竜騎士にいる竜は1つしか産まない。
これ以上自由を奪われた竜を増やさないための本能なのかと思う。
そして卵を産んだ竜はこの滝に連れて来られ、ミリスが処分していたのだ。その記憶が私にはある。
その皮を剥ぎ、鱗をむしり、爪も歯も武器として使用するために行うその行為の記憶が。
身体を丸くしてその時を待つ竜の目の前に立つ。
調教された竜はこんなにも大人しいんだ、普通ならこんな近くに立ったら噛み殺される気がするのに。
竜の瞳は濁り、もはや見えていないようにも感じられる。
竜は自分の運命を知っているのか、首を私に伸ばし運命の時を待っている。
「よしよし、今までよく頑張ったね。」
竜の頭を撫で話しかける。
「今まで辛かったね。」
竜の、ひげがピンと伸びる。
「もう少し頑張れないかな?」
竜の、しっぽがパタンパタンと上下する。
こうしていると竜は言葉がわかる気がしてならない。
普段荒々しく、人間を寄せ付けず、故に荒い方法で手なずけなくてはならない竜も接し方次第で変わるのではないかとマニュアルを読んだ時から思っていた。
産まれてから人間が怖い存在だと認識させるためにまず一枚鱗を剥ぎ取る。鱗を剥ぎ取られる際の竜の叫びは悲痛に満ちている。
その痛みが壮絶であることを意味する。
この鱗は今後育ての親となる騎士が身に付け、竜に主である事を忘れないように知らしめる。
さらに鱗の取れた弱い皮膚に専用の器具を植え込むと以後は、暴れだした際なと抑制させるために電流を流し鎮圧する。
こうやって産まれながらに鱗を取られ、器具を植え込まれ、電流が流されれば次第に従順になる。
それをするのが竜騎士の仕事だ。