──第7話 試合開始! 夢ヒーローVS悪夢獣 前編──
「それでは今日のHRを始めます」
悪夢獣に襲われた翌日。
細木先生は変わりなく学校で授業を進めていた。
「細木。元気そうで良かったにゅ」
「ああ。昨日はどうなるかと思ったが」
「お前……ほとんど役に立たなかったにゅ。幻滅にゅ」
いやいや。俺も頑張ったのだぞ?
「エロエロをにゅ?」
……返す言葉もない。
「お前はやる男。そう思ってたにゅ……シーたんがっかりにゅ」
俺としては全力を出したつもりが……
結果がともなわいのでは意味はない。
昨日はたまたま会長が助けてくれたから良かったようなもの。
ヒーローとして、もう少々気をひきしめねばならない。
などと夢田が反省する間も、細木先生によるHRは続いていた。
「みなさん知っているように間もなく体育祭です。今日のHRからダンスの練習を始めていきます」
「なんにゅ? 授業で踊るにゅ?」
生徒全員による体育競技として、昔は組体操を行っていたという。
しかし、その危険性からいつしかダンスへと切り替わる。
イケてる音楽に乗せてイケてるダンスで体育祭を締めくくろうというわけだ。
「シーたんもダンスしたいにゅ」
「ん? 後で俺と踊るか?」
「お前。ダンス得意にゅ?」
ダンスにはリズム感が要求される。
自慢ではないが、あまり得意ではない。
かといって、本番でダサダサダンスを披露するわけにもいかない。
なんでも器用にこなす完璧人間。夢田太郎のイメージが崩れるというものだ。
陰でこっそりダンス練習するのに、シーたんが相手してくれるなら丁度良い。
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「それじゃあ今日の生徒会活動を始めたいと思います」
授業も終わり放課後。
生徒会室に集まる2人と1匹。
「にゅー!」
会長の挨拶に元気よく手を挙げるシーたん。
いつの間に生徒会メンバーになったのか?
まあ、生徒会長にはバレた後だし隠す必要がないのは楽で良い。
「といっても……何やろうかな?」
ホワイトボードにデカデカ体育祭もうすぐ! と書いた前で、可愛くポーズを取る生徒会長。
「それこそ体育祭が近いのだ。何かあるのではないか?」
「うーん。といってもスケジュールは決まってるし実際の運営は体育祭実行委員がやるしー」
「それで他に誰も来ないのか……」
相変わらず他の生徒会メンバーは出席していない。
権道高校生徒会。このようなことで大丈夫なのか?
「シーたん。ダンスしたいにゅー」
いや。それは生徒会活動ではない。
「うん。いいよ。やろうやろう」
やるな。
「ちゃんちゃかちゃーん。ちゃんちゃーん」
「にゅんにゅかにゅーん。にゅんにゅーん」
仲良く手をつないで踊る2人。
……シーたん。俺と踊ると約束したのに……ぐぞー俺も混ぜてほしい……
「会長!」
バーン
生徒会室のドアが開かれ1人の生徒が飛び込んで来た。
「会長? えっと、その……」
シーたん。ぬいぐるみと手を繋いで踊る生徒会長を見て、言葉に詰まっていた。
「あ、あははははっ……えっと、きみは体育祭実行委員の?」
「その……はい。実行委員長。です。しょうしょう困ったことが起きまして……」
マズイところを見られたとばかり、会長はシーたんを後ろ手に笑い誤魔化した。
「実行委員のメンバーが2人。いなくなりまして、どうしようかと……」
「え? いなくなったって?」
「先生によると登校拒否でお休みだと……もう体育祭が近いのに」
急遽メンバーが2人も欠けたのでは、人員が不足する。
もっとも今の季節は5月。俺の見立てによれば2人は5月病。
ほうっておいても体育祭当日までには登校するだろう。多分。
「そっかー。うん。私たちで自宅を訪ねてみるよ。もしも駄目そうなら、体育祭当日は生徒会から応援を出すから」
「すみません。お願いします」
生徒会から応援だと?
2人欠員ということは2人応援が必要。
ということは……俺が応援になるのか?
それは困る。絶対に面倒な雑用のオンパレード。
俺が生徒会の役職から副会長を選んだのも、面倒な雑用を下の者に任せて楽をするため。
なんとか登校拒否の2人には復帰してもらわねばならない。
「にゅう……悪夢獣の予感がするにゅ!」
またかよ。
シーたん。そればかりだが本当だろうな?
「よーし! 今日の生徒会活動は悪夢獣の退治で。けってーい!」
「にゅー!」
まあ、説得することを考えれば、悪夢獣をぶっ飛ばすだけで済むのだ。
話が早くて楽とはいえる。
──第7話 試合開始! 夢ヒーローVS悪夢獣 前編──
「うーん。このあたりだよね?」
学校を出て、うろうろ歩き回る住宅地。
体育祭実行委員長の情報によれば、登校拒否しているのは運動部。
バレー部の部長と副部長。
自宅は近所の幼馴染という話だが……
「あった。表札から見てここが部長の家だね」
ピンポーン
チャイムを鳴らし家人に案内される部屋の前。
「うっうっ……昨日まで何ともなかったのに、今朝になって急に……」
「分かりました。わたしたちからも声掛けしてみます。任せてください」
ノックの後。
閉じこもるという室内へ立ち入った。
「部長さーん。生徒会長だけど入るよー?」
夕刻。カーテンが閉められ灯りの消された部屋。
薄暗い空間に1人。部長は床に膝を抱え座り込んでいた。
「うわー……なんだか重症だね」
バレー部部長は3年生男子。
180センチを超える長身で、部長にして不動のエースアタッカーである。
「こんにちはー。生徒会長だよー? どう? 元気かな?」
しゃがみ込み、何やら生徒会長がのんきに声かける。
「うひ……や、やめ……バ、バレエは……きけ」
「なんだろう? 何かぶつぶつ言ってるよ?」
ふむ。これは噂に聞くダイイングメッセージ。
解読すれば悪夢獣撃破のヒントとなるのでは?
「どうでも良いから助けにいくにゅ」
シーたんは相変わらずどこから出したのか、ハンマーを振りかぶる。
「待て! いや、待てって!」
「なんにゅ?」
「毎回毎回、人の頭をポンポンポンポン。俺の知能指数が落ちたらどうする?」
「だいじょうぶにゅ。軽く叩くだけで大丈夫。痛くないにゅ」
「てことは何か? これまで無駄に全力で殴っていたと」
「てへペロにゅ」
まったく可愛くない。
「それじゃ、シーたん。お願い」
「いくにゅ!」
ポコン ポコン
うむ。確かに痛くないのに意識が遠くなる。
まったく……今までの痛みは何だったのか。
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毎度毎度、やってきました夢世界。
「これ……体育館だよね?」
荒野に見えるのは、我が権道高校の体育館。
相手はバレー部部長。
バレー部活動の場。体育館が今回の舞台というわけか。
館内へ入れば、フローリングの床に仕立てられたバレーコート。
そして、バレー部ユニフォームに身を包む2つの人影が見えた。
「あれ? ……バレー部の部長と副部長?」
なんだ? 2人は何ともないのか?
ともにバレー部のユニフォーム姿であることを考えれば、1人はバレー部部長。
もう1人は近所に住むという副部長だろう。
互いにバレーボールを回しての練習風景に見えるが……?
「いにゃ。よく見るにゅ。あれは悪夢獣にゅ」
近づいて見れば、確かに2人の身体は闇のように暗黒。
2人の悪夢獣。
いや、食べた夢の持ち主の形を真似ているのか?
悪夢人とでも呼ぶべきその姿。
体育館の隅を見れば、部長と副部長の2人が床に寝転がる。
こちらが本物の2人というわけだ。
「手間がはぶけたというもの。2匹まとめてぶっ飛ばしてやる。会長」
「よーし。行くよ! チェンジ・プリンセスエヴォリューション!」
会長の掛け声で、夢ブレスが白い光を放ち身体を包み込む。
光の後にあらわれた会長の姿は、純白のドレス姿となっていた。
「な、な、なにいい? 会長。その姿はいったい?」
「え? なにか変かな? プリンセスっぽくて可愛くない?」
「いや……ひじょうに可愛く似合っているが……なぜに変身?」
「え? 副会長は変身しないの?」
え? 俺も変身できるの?
「にゅ? なにゅ言ってるにゅ? 夢ブレスのパワーを開放したら姿が変わるものにゅ。ドリームも毎回変身してるにゅ」
マジかよ……
いつの間にか俺も変身していたのか……
鏡が無いから気づかなかっただけか?
とにかく、そういうことであれば。
「俺も変身させてもらう。行くぞ! 夢よ集え! 夢ブレス。ドリームチャージ!」
夢ブレスが金の光を放ち身体を包み込む。
光の後にあらわれた夢田の姿は、変身前と同じ黒い学生服であった。
「……変身前と変わらんではないか……」
「よく見るにゅ! 背中に夢とデカデカ金で刺繍されてるにゅ!」
マジかよ!
背中とか見えるわけねーだろうが!
「えーと……あ! 他にも微妙に変わってるよ! ほら。ところどころに金の刺繍が入ってる!」
マジかよ!
確かに。袖口とか微妙に豪華になっていやがる。
にしても……
「男女差別ではないか? ジェンダーフリーはどうなった?」
片やピカピカ眩しい純白ドレス。
片やヤンキーが改造したような怪しい学生服。
「シーたんは悪くないにゅ。お前の夢パワーが衣装になって現れただけにゅ」
ということは何か?
俺の夢。札束ハーレム風呂は田舎ヤンキーレベル。そういうことか?
「そういうことにゅ」
おのれ……このやり場のない怒り。どうしてくれよう……
「こうしてくれる! しねえええええ! 悪夢獣!」
悪夢人めがけて飛び込むドリーム。
横目でドリームを見た悪夢副部長は、バレーボールをトスした。
宙に舞うバレーボール。悪夢部長の身体もまた宙に飛び上がり。
バチコーーン
振り抜く右手でバレーボールを強烈にスパイクした。
「なにいいいいいい?」
唸りを上げたバレーボールが
バチーン
ドリームの顔面に突き刺さった。
「ほげえええええ!」
思わず顔をおさえてしゃがみ込む。
「ふ、副会長! だいじょうぶ?」
ハンカチを手に慌てて駆け寄る生徒会長。
「副会長ではない……」
「え?」
「今の俺はドリーム……夢に生きる孤高のヒーロー。ドリーム太郎だ」
「えーと。とりあえず鼻血……」
ありがとう。拭きふき。
「じゃあドリーム。あっちの2人。なんかわたしたちを呼んでるみたい」
生徒会長、もとい、プリンセスの言葉に見れば。
バレーコートの2匹の悪夢獣は、バレーボールを手に俺たち2人を手招きしていた。
「多分だけど……わたしたちとバレー勝負がしたいって感じ?」
なんとも紳士的な悪夢獣である。
「悪夢獣は食べた夢の影響を受けるにゅ。きっとそうにゅ」
だとしてもだ。
夢田の視界には、お互いボールをトスする2匹の悪夢獣。
あの悪夢獣は、バレー部部長と副部長の夢を食べている。
食べた夢の影響を受けるということは。
2人のバレー能力の影響も受けているということだ。
そんな2人を相手に、素人2人がバレー勝負をしてどうする。
「よーし! 負けないぞ! いくよドリーム!」
え?
「やるにゅ! フレフレドリーム! フレフレプリンセース! にゅー!」
ええええええ!?