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──第6話 守れ校則! 権道高校生徒会 後編──


赤茶けた地面に横たわる2人の生徒。


「え? あれ? ここ……どこ?」


うちの1人が起き上がり目を覚ます。


「にゅ! やっと起きたにゅ」


上半身を起こした女生徒。

生徒会長が辺りを見回すも、一面は薄暗い荒野が広がり、空には分厚い雲が広がっていた。


「あなたは……副会長のぬいぐるみ?」


隣を見れば、副会長。

気を失っているのか、夢田太郎は地面に倒れ伏したままであった。


「にゅう……少し力を入れすぎたにゅ……」


「あれ? なのに、なんでしゃべってるの?」


夢田が手品で動かし腹話術で喋るはずの、ぬいぐるみ。

夢田が気絶しているにも、動き喋るのは不自然である。


「ここは夢世界にゅ。シーたんは夢世界の住人にゅから、喋るのは当たり前にゅ」


「夢世界? えーと。わたし夢を見ているってこと?」


「そうにゅ」


起き上がり自分の身体を眺めまわす。

眠る前のままの服装。セーラー服に革靴。


「でも、夢じゃないみたい。だって」


パチン。と自分の頬を打つ。


「ほら。痛いもん」


「そういうものにゅ」


不思議な夢もあるものだ。

だけど、ぬいぐるみが喋るのだから、やっぱり夢。

そう思いなおす生徒会長であった。


「そういえば……細木先生がいない」


今。近くにいるのは2人と1匹。

同じく気を失ったはずの細木先生だけが見当たらない。


「細木は、あっちにゅ」


ぬいぐるみ。シーたんが指さす先。

薄暗い闇を透かして見えるのは、権道高校。


2人が倒れていたのは、その正門前であった。


「わたしたちの高校だ……これ本当に夢なの? それとも現実なの?」


いつも見慣れた高校。

そっくりそのままの姿を見て混乱は深まるばかり。


「夢田くん。副会長。起きて。起きてよ!」


力いっぱい夢田の身体を揺するが、目覚めない。


「うーにゅ。力加減が難しいにゅ……これはしばらく使い物にならないにゅ」


「そうだ! 電話。救急車」


ポケットからスマホを取りだし画面を開くも。


「あれ……圏外だ」


夢世界に電波塔は存在しない。


「どうしよう。どうしよう」


本当に寝ているだけなら。

気絶しているだけなら良いのだが。

もしも怪我しているとしたなら放置はできない。


とりあえず外傷がないか確認しようとする。その時──


「ひいいいいいいい」


辺りに奇声が鳴り響いた。


「?! 今の声。校舎の方から?」


「細木の声にゅ。お前。いい加減に起きろー。にゅー! にゅー!」


シーたんは夢田の身体に乗っかりピョンピョン飛び跳ねる。

しかし、夢田は目覚めない。


「シーたん。副会長をお願い。わたしは細木先生を探しに行って来る」


「にゅ! 駄目にゅ! 危ないにゅ!」


「お願い。わたしは生徒会長だから行かなきゃ!」


倒れる夢田をシーたんにまかせて、生徒会長は校門をくぐり校舎の中へ走り出す。


「にゅう……シーたんも行くにゅ! お前。起きたらすぐ来るにゅ!」


いまだ気絶から目覚めない夢田を残して、シーたんは生徒会長の後を追い駆けて行った。




──第6話 守れ校則! 権道高校生徒会 後編──




「待つにゅー」


「え? あれ? シーたん?」


「1人じゃ危ないにゅ。シーたんが守るにゅ」


「え? あれ? 副会長は?」


「放っておけば良いにゅ。勝手に目覚めるにゅ」


そういう問題じゃなくて……


手品でもなく、ぬいぐるみが動くことが問題。

でも、いつまでも不思議に思っていても仕方がない。


1人と1匹は並んで走り続け。


「ひぎーーーー」


奇声の漏れ出すドア前に辿り着いていた。

書かれた表札は職員室。


「この中ね。入るよ」


「注意するにゅ」


ドアを開け職員室へ。


「失礼しまーす」


室内には細木先生がいた。


いつもの机。

いつもの椅子に腰かける細木先生。


机に向かって何か書き物でもしているのだろうか?

うつむくその顔は影になり、見ることはできない。


「先生。大丈夫ですか?」


生徒会長が近寄り声かける。


「にゅっ?! だめにゅ! はなれるにゅ!」


突然、細木先生の顔が跳ね上がる。

見える顔は、いつもの顔ではない。


「えっ?! せ、せんせい……?」


目は赤く充血し口は耳まで裂けるほど大きく広がり。

唇の端からは白い牙までもが覗いていた。


「てんめー! ノックもなしに職員室へ入ったなああ!」


その顔を例えるなら……鬼。


「校則第112条。職員室へ入る時はノックすること。てんめー退学やー!」


椅子から細木先生の身体が跳ね上がる。

同時。どこから持ち出したのか両手の金棒をフルスイング。

生徒会長へと打ちつけた。


ドガーン


生徒会長の身体は軽く2メートルは跳ね飛び、天井にぶつかり、床へと叩きつけられる。


「あああああああああっ……」


倒れたままに口から、お腹から血反吐を吹き出し、叫ぶしかできない生徒会長。


ふと気配を感じて横を見やれば。

同じく床に倒れ、ピクリとも動かない細木先生の姿が見えていた。


「こっちが本物の細木にゅ。あっちは悪夢獣が姿を真似た偽物にゅ!」


シーたんが倒れる生徒会長の前に立ちはだかる。


「にゅにゅー! こにゅーやめるにゅ!」


ぼんやりとだが、シーたんが守ろうとしてくれているのが見えていた。


「てんめー。ペット禁止まで破ろうたあ、ええ度胸やでえええ。てめーのペット。バラバラにして、てめーの口に突っ込んでやんぜえええええ」


ドカーン


「ぎにゅう!」


轟音とともに、シーたんの身体が生徒会長の前まで吹き飛んできていた。


「にゅにゅ。にゅう! シ、シーたんは夢世界の番人にゅ!」


それでも立ち上がるシーたん。


「みんなの夢は、シーたんが守るにゅ! 負けてられないにゅー!」


傷だらけになりながらも、シーたんは再び悪夢獣へ立ち向かう。


「うう……ううううぅああああ!」


意味不明な嗚咽が生徒会長の口を告ぐ。


「ひげーペットはああああ、殺処分やでえええええ!」


ふらふらのまま立ち向かうシーたん。

その身体を叩き潰さんと、悪夢獣が金棒を振り下ろす。


その寸前。


「ふおおおお! ドリーム全開! ドリーム光線!」


ビーーーム!


職員室の窓をぶち破り、一条の光線が室内へ放たれる。

光線は振り下ろされる寸前だった金棒を直撃。


ドカーン


融解、蒸発させていた。


「へげえええ!? だ、だれやああああ?」


「俺だ」


割れたガラスを飛び越え、室内へ踊り入る。


「ああああ? 俺だで分かっかよおおお。名前と出席番号はあああ!」


「出席番号33番。夢田太郎こと、夢に生きる孤独のヒーロー。ドリーム太郎」


ドリーム太郎が伸ばす右拳。


「細木先生の夢を悪用しての貴様の非道なふるまい……例え天が許そうが、この俺。ドリーム太郎が容赦せん!」


その指先が、ビシリ。悪夢鬼に突きつけられた。


「にゅ……ド、ドリーム。遅いにゅ……」


「シーたん。生徒会長を!」


ドリームの言葉に、シーたんがのそのそ生徒会長の元まで。


「気をしっかり持つにゅ。夢を忘れなければ、夢世界では死なないにゅ」


子羊の白い毛並みが赤く染まるなか。

自身の怪我をおして生徒会長を看病するシーたん。


「うう……ううううぅああああ!」


生徒会長の口を告ぐのは嗚咽だけ。


「てんめーまでノックもなしにいいいい! 退学やあああ! 死ねえええ!」


「うっせーーーー! てめがーしね! しねしねしねー!」


ドカーン ドカーン


室内でドリーム太郎と悪夢鬼とが拳を打ち交わす。


剛腕。剛力でもってドリーム太郎を打ち砕かんと迫る拳を。

ドリーム太郎は平手で受け流し、反撃を試みる。


超ハイレベルなそのバトル。


ドカーン ドカーン


「退学や退学や退学やああああ!」


「しねしねしねしねしねええええええ!」


合気に力は不要だと。

柔よく剛を制すとはいうものの。

それは力量差があっての話である。


よほどの達人でもない限り、剛力の前に圧倒されるもの。


悪夢鬼。見た目は40代女性の身体であるが……

その内に秘めたパワーはプロレスラーをも凌駕する。


なんとか悪夢鬼の手首を捻り取るドリーム太郎。

だが、悪夢鬼は捻る腕ごと剛力でもって振り回し──


ドカーン


ドリーム太郎を壁に叩きつけていた。


「ぐほおおおっ! こ、この馬鹿力野郎が……」


肺から息が漏れ、力が抜ける。

捻り取った悪夢鬼の腕をスルリと取り落とす。


自由になった悪夢鬼の剛腕が──


ドカーン


振り抜かれた


「おごおおおっ」


吹き飛び床をのたうつドリーム太郎。


「ドリーム! ドリーム光線にゅ! 必殺技でやっつけるにゅ!」


「ぐほっ……も、もう撃った後だ……撃てんぞ」


「にゅ? なにゅにゅうううう!?」


悪夢鬼の持つ金棒を溶かしたのがドリーム光線。

ああでもしなければ、シーたんはペチャンコのしイカとなっていたのだ。

後先考えず放つのは当然のこと。


だが、その代償として。夢パワーを大量消費。

悪夢鬼に対して、ドリームはあきらかにパワー負けしていた。


ドカーン


「ぬぐああああっ!」


倒れたところを蹴とばされ、ボールのように転がるドリーム太郎。


「げひいいいい! よわいよわいよわい。雑魚はとっとと退学やああ!」


床をのたうち、転げ逃げ回るドリーム太郎。


「ぐぐう……ド、ドリームってのはなあ……英語で夢のことなんだよ」


圧倒的虐待の幕開け。にもかかわらず。


「アルファベットでいうならDreamなんだよ……分かるか?」


「てんめー教師侮辱罪も校則違反やああああ! 英語ぐらい知っとるわわああ!」


ドカーン


「ぐほおっ……だから……ドリームであるこの太郎が! 諦めるわけにはいかねーんじゃああああ!」


何度蹴とばされても立ち上がるドリーム太郎。


「しっかりするにゅ。ドリームはアホにゅけど……アホにゅけど! ドリームなんにゅ! きっと悪夢鬼をやっつけるにゅ。それまで頑張るにゅ!」


必死に呼びかける声で、生徒会長の意識を繋ごうとするシーたん。


「うう……ううううぅああああ!」


涙でにじむその光景に、再度、意味不明な嗚咽が生徒会長の口を告ぎ。

溢れる血が、その流れを弱めていた。


「うにゅ!? こ、こにょ夢パワー……」


常人ならとうに死にいたるほどの重傷。

夢世界であっても、精神がバラバラとなり廃人となる致命傷。

いまだ息をするのが奇跡である生徒会長の口から、意味不明な声が漏れ聞こえていた。


「うう……ううううぅああああ!」


「もしかするにゅ……会長。この夢ブレスを腕に着けるにゅ!」


指先1つ動かすことのできない生徒会長。

その腕を取り、シーたんは夢ブレスをはめてやる。


ピカリーン


腕に着けたとたん、夢ブレスが白色の光を放ち出す。


「にゅ! やっぱり……夢ブレスが反応してるにゅ!」


口内を、腹部を溢れる血が。

ピタリ。その流れを止める。


右腕の夢ブレスを発する光は生徒会長の全身を包み込み。

黒いセーラー服を白に染めていく。


「なあなああんやあああ! 職員室内での発光は校則違反やぞおおおおお!」


突然の発光現象に、何が起こったのか?

悪夢鬼は、床に転がるドリーム太郎をよそに向き直る。


その先で光がおさまり、ユラリ。生徒会長が立ち上がっていた。


簡素だったセーラー服は、各処に派手な装飾がまとわりついた純白のドレス姿に。

さらにはその頭上に派手な王冠。ティアラを冠したその姿。


「凄いにゅ……ピカピカで……まにゅでお姫様みたいにゅ!」


ドリーム光線で溶かされた金棒に代えて、悪夢鬼は新しい金棒を取り出し持ち直す。

立ち上がったばかりの生徒会長へ近づき振り抜いた。


「て、てんめーの服装は完全な校則違反やああああ! 教師をなめんなああああああ!」


ドカーン


悪夢鬼の手に伝わる強烈な手ごたえ。

完璧なるジャストミート。のはずが──


生徒会長は、両腕を十字に。

夢ブレスを発する光を盾に、金棒を受け止めていた。


「い、いじめは……」


さらには両腕を突き出し、悪夢鬼の金棒を押し返そうとする。


「いじめ行為は校則第20条で禁止……教師のあなたこそ校則違反よ……」


「ぬあにいいいいいいい?」


金棒と盾。

お互いが押し合う力比べ。


「わたしは生徒会長、姫野華子……例え先生であっても……いじめ行為は許しません!」


ドカーン


生徒会長の叫びと同時。拮抗する均衡が破れる。

突き出す両腕が悪夢鬼の身体を、金棒を弾き飛ばしていた。


「んだ……んだてんめええええ! 先生はなあああ! 校則適用外んだよおおおおお! 生徒会長ごときがでしゃばってんじゃねええええ!」


ふわり。生徒会長が髪の毛をかきあげる。


「そう。生徒会長では貴方を裁けないというのなら──」


生徒会長が伸ばす右手の平。


「わたしは、プリンセス華子。弱きを助け強きをくじく正義のプリンセス。貴方の悪行。ここまでにしていただきます」


その指先が悪夢鬼を誘うよう手招きした。


「プリンセス……うつくしいにゅ! やってしまうにゅ!」


「なにがプリンセスやあああああ! てんめー庶民がプリンセスを自称するとかあああ、頭いってるやろおおおお! 死ねえええええ!」


剛力でもって振るわれる悪夢鬼の正拳パンチ。

プリンセス華子もまた真っ向から正拳パンチを打ち放つ。


ドカーン


拳と拳。力と力の正面衝突。


「ぬ、ぬあにいいいいいい?!」


当たり負け、骨を砕かれ血を噴き出すのは悪夢鬼の右拳。


右拳を抱え立ちすくむ悪夢鬼。

その腹部を目がけて──


「ふん!」


ズンドコーン!


プリンセス華子の左拳がめりこんだ。


「どげっひいいいいいいああああああっっ!」


黒い霧を吐き出し、腹をおさえて悪夢鬼が膝まづく。


「今にゅ! プリンセス! 必殺技でとどめにゅ!」


「え? 必殺技? 今のパンチじゃダメなの?」


「駄目にゅ! 地味すぎにゅ! 必殺技は、もっと、こう派手でキラキラしないと駄目にゅ!」


「でも……ほら?」


プリンセスが指さす先。


悪夢鬼の吐き出す黒い霧が量を増し。

比例するように、悪夢鬼の身体は小さくしぼんでいった。


「なにゅー?! た、ただのパンチで……悪夢鬼が消滅していくにゅ……」


「いやー。ただのパンチじゃないよ。プリンセスミラクルパンチ。そんな感じ?」


プリンセス華子とシーたんの見守る前で。

悪夢鬼は最後に白い光を吐き出し、完全に消滅した。


「う、うーん……ここは?」


同時に、これまでピクリとも動かなかった本物の細木先生。

その身体が起き上がり、不思議そうな顔で1人と1匹を見つめていた。


「あ、細木先生。だいじょうぶですか?」


「え、ええ。あなたは?」


「わたしはプリンセス華子。先生。悪い夢はもうやっつけたからね」


プリンセス華子の言葉に、細木先生は頭をおさえる。


「うう……そ、そういえば、思い出してきました。せ、先生は校則を盾になんてことを……」


「大丈夫ですよ。校則は守るためにあるんです。ただ、時には臨機応変。そして、体罰もやりすぎはよくないだけですよ」


「うう、立派な先生を夢見てきたけど……こんな私でも先生をやって……良いのかしら」


「もちろんです。先生。わたしを見てください。わたしは先生の教え子です。わたしが今あるのも先生のおかげなんですから」


細木先生の身体が白く発光する。


「うう、あ、ありがとう。そうね。貴方のような立派な生徒が育つよう、先生。もっと頑張らないといけませんね」


あわせて周囲全てが。

職員室が、権道高校の建物全てが白い光を放ち、粒子になり消えていく。


「これで細木は大丈夫にゅ」


「そう。良かった……そういえば、もう1人。ドリームって人は?」


「にゅ……なにゅー?! ドリームどこ行ったにゅ?」


慌てて辺りを見回すも、校舎の消えた周囲は一面の荒野が広がるだけ。

人っ子一人見当たらない。


「もしかするにゅ……」


「どうなったの?」


「たぶん……現実世界へ帰ったにゅ」


「ええー?!」


「夢ブレスを着けたヒーローは、夢パワーを失う、気を失うと夢世界にいられなくなるにゅ」


「それじゃ、ドリームは悪夢鬼に蹴とばされて気絶したってこと?」


「そうなるにゅ。助けに来たはずが……恥ずかしいやつにゅ。ごめんにゅ」


シーたんが頭を下げる。


「いえいえ。どうしてシーたんが謝るの?」


「シーたんはドリームの保護者にゅ。監督不行き届きにゅ」


「そうだったの。ところで……ドリームって誰? わたしの知っている人?」


「なにゅー?!」


「え? いえ、だって顔も見ていないから。誰か助けに来てくれたーまでしか分からなくて……」


あれほどの重症を負っていたのだ。

ドリームの姿を見る余裕などない。


「とにかくシーたんたちも戻るにゅ。きっとドリームが心配してるにゅ」





一方。

現実世界。体育倉庫の中。


マットに横たわる2人の女性。


その横で、夢田太郎は同じくマットに転がり、必死に眠ろうとしていた。


「ぬおー! なぜ現実世界に戻ってしまったのだ?」


夢田が覚えているのは、悪夢鬼にボールのように蹴とばされ意識を失うまで。

気がつけば現実世界で倒れていた。


だが、倉庫内にシーたんの姿はなく。

マットで眠る生徒会長と細木先生はいっこうに目覚めないまま。


ということは、いまだ夢世界の悪夢獣は健在というわけだ。


「とにかく、シーたんと会長が危ないのだ。なんとか眠らなければ! 再び夢世界へ行かなければ!」


しかし、時刻は夕刻を過ぎたばかり。

いくら寝転がろうが眠れるものではない。


なんとか眠ろうとゴロゴロ寝がえりをうつ、その拍子。


夢田の顔は、生徒会長の顔のすぐそばにまで近づいていた。


……会長。あらためて見ると……可愛いな。


スースー。寝息を立てる。その吐息が夢田の顔にかかると同時。

夢田の下半身はムクムク音を立て膨張していた。


なにい!? しまった!


急ぎ眠らねばならないこの時に!

このような状態となっては、全く眠れるものではない。


おのれ……これも悪夢獣のたくらみか?

この俺が夢世界へ戻れないよう……卑劣なまねを!


だが、今さら敵の奸計をなげいても始まらない。

今、考えるべきはこの危機をどう脱するかにある。


ピンチをチャンスに……

死中に活を求めるのがヒーロー。


……そうだ!


俺の経験則からいって眠れないその時は。

スッキリさせてしまった後が、ほど良い疲れでよく眠れるもの。


となれば、答えは決まっている。

さっそく抜き抜き、スッキリさせるしかない。


問題となるのは、この俺。

夢田太郎が聖人君子であり、エロイ行為など欠片も興味はないことだ。


それでも今は抜くしかないと……

それ以外にみんなを救う道がないというのなら……


「ふんぬ!」


夢田がズボンを脱ぎ棄てる。


俺は仲間のためにも、迷わず抜いてみせる。


チラリ目をやる。いまだ眠りから目覚めぬ2人の女性。

その目線の先は、寝転びスカートのはだける生徒会長。


兵は拙速を尊ぶという。


本来であれば、同級生の肢体をネタにするのは禁断の行為である。

確かに効果は抜群ではあるが……

終えた後の気まずさ後悔はハンパなものではないからだ。

後で実際に顔など会わそうものなら、まともに顔も見れなくなる。


それでも、今は多少難のある方法であろうとも。

いち早くスッキリするのが最も肝要。


よって──


「ふおおおおおお。いく。会長の太ももでいっちゃうのおおおおお」


などと、夢田が奮闘する中。


「……お前。何やってるにゅ……」


必死に上下動を繰り返す夢田の右手。

冷めた目で見つめるシーたんの姿があった。


 …………な、な、なにいいいいいいい!?


「し、し、し、シーたん?! い、いつの間に戻ったのだ?」


「ついさっきにゅ。で……お前は何やってるにゅ?」


な、な、何と言われても、ナニとしか答えようがないのだが……


「う、うーん……」

「あれ……ここは……?」


ついで、目の前で眠る2人の女性が身じろぎを始める。


マズイ!

獣であるシーたんはともかく、同級生や先生にこのような場面。

見られようものなら、残る学生生活は便所飯が確定する。


「ふんぬ!」


大慌てでズボンを履き履き。

何とか普段の恰好を取り戻す。


そうこうするうち、2人が目を覚ましていた。


「先生。よかった。無事でよかった」

「え? ちょっと? 姫野さん、どうしたの?」


 何やら2人の女性が抱き合う感動の場面。


 しかし、これはいったい全体どういうことか?


 夢世界で悪夢獣に襲われる細木先生。

 自意識のない生きる屍状態のはずではなかったのか?


 それが目覚め、しっかり意識があるとは?


「決まってるにゅ。悪夢獣を浄化したにゅ」


「まさかシーたんがやったのか? この俺が敵わなかった悪夢鬼を?」


「もちろんにゅ! と言いたいけど……実はシーたんじゃないにゅ」


 それはそうだろう。


 何せシーたんはただの子羊。

 食物連鎖の底辺にして、食べられる側であって食べる側ではない。


 だからこそ、俺は再び夢世界へ行くべく奮闘していたのだから。


「にゅーん! 喜べにゅ。シーたん。新しい仲間を見つけたにゅ! 彼女が悪夢獣を浄化したにゅ!」


 そう言ってシーたんは、抱き合う2人の女性の1人。

 生徒会長。姫野華子を手で指し示す。


「会長が、生徒会長があの悪夢鬼を浄化したのか?」


「そうにゅ。凄い夢パワーだったにゅ。お前もうかうかしてられないにゅ」


 マジかよ……


 だが、副会長の俺がヒーローをやるくらいなのだ。

 生徒会長がやっても何も不思議はない。


「ごめんなさい。なんだか先生、ちょっと調子が悪いの。帰らせてもらうわね」


細木先生は体育倉庫を出て、職員室へと戻って行った。


 夢を取り戻したとはいえ、悪夢獣に襲われたのだ。

 本調子を取り戻すまで、ゆっくり休んでほしい。


倉庫を出る先生を見送り、生徒会長は同じ倉庫に残る夢田へ振り返る。


「本当にシーたん喋ってる……やっぱりさっきまでの夢って本当なの?」


「そうにゅ。そして、こいつがドリームにゅ」


シーたんは夢田の背中を押し押し、会長の前へ押し出した。


「えーと。どうも。夢田太郎です」


 うむむ……先ほどまでの自身の痴態を思い返せば、会長の目を直視するにはためらわれる。


「え、いえ。それは知ってるし……でも、副会長がドリーム?」


「あ。はい。僭越ながらドリーム太郎を名乗らせていただいておりまして……」


「あ。はい。その、なんか調子くるうけど……どうしちゃったの?」


 うむむ。確かにこの調子では余計に怪しまれるというもの。


 確かに俺は生徒会長の肢体をネタに何をしようとはした。

 だが、それはすでに過去の話。


 そもそもが未遂に終わったうえ誰にも見られていないのだから、ノーカンである。

 俺が引け目に感じる必要など何もない。


「えーと。ごほん。会長もシーたんから夢ブレスを?」


「そう。なんだか服装まで豪華になってビックリしたよ」


 え? そうなのか?

 夢ブレスを使うと服装が変化するとか初耳なのだが?


「そうにゅ。会長はプリンセスにゅ。お姫様みたいに豪華で綺麗だったにゅ!」


 しかもプリンセスだと?

 プリンセスとは、王族、皇族など貴人の女性に用いられる称号。

 言ってはなんだが、生徒会長は普通の庶民だったと思うのだが……


「夢ブレスは夢の姿にゅ。自分の憧れの姿に変身するにゅ」


「ええー。ちょっと……恥ずかしいな。でも女の子ならプリンセスに憧れるものだから。ね」


 ということは何か?

 会長は王族、皇族を相手に玉の輿を狙っている。そういうことか。


「ええっと……そういう現実的なプリンセスじゃなくて、おとぎ話てきな?」


 いや。さすがは生徒会長。良い夢である。

 相手を騙くらかそうが何しようが、一度捕まえればこちらのもの。

 仮に破局したとしても莫大な慰謝料がもらえるのだ。一生安泰である。


「そういえば副会長はどうしてドリームなの?」


「確かに不思議にゅ……なんでにゅ?」


「それは俺も知らん。だが、この俺。夢田太郎にも夢はある」


「おおー。どんな夢。どんな夢なの?」


「どうせロクな夢じゃないにゅ」


「それは、アメリカンドリームならぬジャパンドリームを掴むことだ」


「え?」


「ようは成り上がって大金持ち。札束風呂でうはうハーレムってことだ」


「……ほらにゅ」


 雑誌の裏などによく掲載される札束風呂ハーレム。

 男なら一度は試してみたい夢の所業。


「お前はドリームの前に、逮捕されないよう気を付けるにゅ」


 失礼な。

 この夢田太郎。生徒会副会長にして清廉潔白の人畜無害。

 逮捕されるような行いは一度たりとも行ったことはない。


「にゅーん……お前。チャック開いたままにゅ?」


 な、な、な、なにいいいいいいい!?


「えーと……副会長? なんで倉庫内でチャックを?」


「その、こ、これは、誤解だ。いや、悪夢獣の仕業だ! おのれ悪夢獣! うおー!」


夢田は倉庫を飛び出し1人。自宅を目指して走り去って行った。


「こにゅー! こらー! シーたんを置いていくにゅー!」


「あ……2人とも行っちゃった……」


1人。倉庫に残された生徒会長。

右腕の夢ブレスを優しく撫でさする。


「でも、不思議な夢……ううん。プリンセス……わたしがプリンセス! よーし!」


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