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──第5話 守れ校則! 権道高校生徒会 前編──

 俺の名前は夢田太郎。

 17才。権道高校に通う高校2年生。


 本日も真面目に登校である。


キーンコーンカーンコーン


「きりーつ、れい、ちゃくせきー」


「はい。朝のHRを始めます」


「にゅう。もう夢ブレスを見つからないようにするにゅ?」


 机に引っ掻けたスポーツバッグ。

 その中から小声で話しかけるのは、珍獣。

 もとい、子羊のぬいぐるみのような外見をしたシーたん。


 本人いわく夢世界の住人だという。

 よく分からない生物だが、とりあえず話し相手にはなるので重宝している。


「シーたん。心配は無用だ」


 夢ブレスとは、夢パワーを増幅する凄いブレスレットである。

 先日はアクセサリーの持ち込みとして、担任に没収されてしまったが──


「近ごろのみなさんは風紀が乱れています。嘆かわしいことです。夢田くん。今日は変なアクセサリーは持ち込んでいないでしょうね?」


「はい。先日はすみませんでした。もう大丈夫です」


「そうですか。それで……その右手の腕輪は?」


「はい。これは腕時計です」


 夢ブレスの上に100円ショップで購入した時計盤を取り付けた。

 俺のオリジナルデザイン腕時計。


 校則によれば、アクセサリーの持ち込みは禁止。

 しかし、腕時計はアクセサリーにあたらないとして許可されている。


 つまり、これで合法的に校内への夢ブレス持ち込みが可能となったわけだ。


 やれやれ。日曜大工するのに苦労したんだぜ?

 なにせヒーローたるこの俺が、校則違反するわけにもいかないからな。


「……没収します」


 ……なぜだ……


「こんな腕時計がありますか! こんな、こんな下品な……腕時計を馬鹿にするのもいい加減になさい」


 なんたる暴言。


その言葉に、思わず夢田は先生をにらみ返していた。


 この夢ブレスは珍獣シーたんがデザインしたもの。


 たしかにダサイ部分もあるかもしれない。

 いや。おそらく世間一般的にはダサイのだろう。

 が、それでもシーたんが必死に作ったもの。


 それを馬鹿にされたのでは、仏の太郎とて見過ごすわけにはいかない。


「いにゃ、確かにダサイにゅ……適当にくっつけた時計部分が余計にゅ」


 ……なんという裏切り行為。

 まさか身内に足元をすくわれるとは……


 これは没収もやむなしである。


 だが──


「ひっ!? わ、わかりました。はい。時計。腕時計ですね。そ、それではHRの続きを──」


 なぜか担任の先生は夢田から目を反らし、HRを再開していた。


 ふむ? どうやら俺の腕時計の良さを分かってもらえたようだ。


「夢田くんサイテーね」

「ものすごいガンつけてた」

「でも、不良相手にもビビらない先生があんなに」

「夢田くん。噂じゃ警察に逮捕されたって」

「行きつけのコンビニ店員をストーカーしたってやつ?」

「こわっ……こわすぎるよ」

「そりゃ先生も女性だもん。怖いよ」

「なんで警察は釈放したのよ……」


 おお……もう……なんという。

 風説の流布も良いところである。


「良かったにゅ。夢ブレス没収されにゃかったにゅ」


 まったく良くはない。

 中途半端に真実が混じっているのが、否定もできずつらいところである。



キーンコーンカーンコーン



 放課後である。


「それにゅ、帰って夢世界のパトロール行くにゅ!」


 いやいや……

 今から帰っても17時すぎ。


 何を好き好んで花の高校生が夕方から眠らなければならないのか?


「シーたん。悪夢獣と戦うのはともかく、さすがに今から寝るのは無理だぞ」


「なにゅー?!」


「そもそも悪夢獣が近くにいれば、シーたん分かるのだろう?」


「にゅ……言われてにゅれば」


 どうせ今の時間に寝ている人間など少ない。

 俺は通常どおりの生活。

 夜。寝ている間だけ、ヒーロー活動するのが効率的というもの。


「というわけで、今日は生徒会に行く」


「にゅ? お前、帰宅部じゃないにゅ?」


 いったい、いつ、誰が帰宅部だと言ったのか?


「お前みたいなボッチは帰宅部と相場が決まっているにゅ」


 なんと失礼な珍獣か……

 確かにその認識。あながち間違いではないが、間違いである。


ガチャリ。


生徒会室のドアを開く。


ガラーン。


「誰もいないにゅ?」


「……やる気のあるやつが少ないからな」


適当に椅子を引き夢田は腰かける。


「そにょそにょ、お前は何の職にゅ?」


「権道高校生徒会副会長。夢田太郎とは俺のことだ」




──第5話 守れ校則! 権道高校生徒会 前編──




「……うそにゅ。だってお前、アホにゅ。副会長でナンバー2といえにゅ、頭の良い人がやるポジションにゅ!」


 やれやれ……なんと口の悪い珍獣であろうか。


「生徒会室へ勝手に立ち入ったら怒られるにゅ。黙っててやにゅから、早く出ようにゅ」


夢田を部屋から連れ出そうと、シーたんは必死で袖を引いていた。


 ……全く信用がないのも困りものである。


「どれ。いっちょ副会長らしく仕事でもするとするか」


夢田はバッグを手に生徒会室を出ると、放送室へ向かう。


ガチャリ


「失礼。生徒会のものだが」


「えっ……どちらさまで?」


「生徒会副会長。夢田太郎。少しばかり放送設備をお借りしたい」


そう言って、夢田は生徒証を放送部員に突き出した。


「マジやん。で、どういった放送を?」


「生徒会からのお知らせだ」


ピンポンパンポーン


「こちらは権道高校生徒会。わたしは生徒会副会長の夢田太郎。夢田太郎です。みなさんおつかれさまです。来月、6付には体育祭が行われます。体育祭について何かご意見、ご要望などありましたら、生徒会までお知らせください。以上です。生徒会副会長の夢田太郎が失礼しました」


ピンポンパンポーン


「放送部の諸君。ありがとう。失礼する」


ガチャリ。夢田は退室していった。


「なんや。あれ。今まであんな放送したことないのに」

「急に張り切ってどうしたのかしらね」


放送室を辞去した夢田は、生徒会室に戻っていた。


「どうだ? シーたん。俺の放送。恰好良かっただろう?」


「にゅにゅ……驚きにゅ。お前、本当に副会長だったにゅ!」


シーたんの目は、これまでの可哀そうな物を見る目から、尊敬の眼差しに変化していた。


「やれやれ……内緒にしておきたかったんだがな……ふう。放送したら喉が渇いた。シーたんくん。お茶を頼む」


「はいにゅ。副会長!」


室内に備え付けの給湯ポット。

シーたんがお茶を入れるため操作する。


ガチャリ


「夢田くん。放送を聞いたよ。とうとうやる気を出したんだね!」


ドアが開かれ1人の女生徒が室内に飛び込んで来た。


「さっそく今日の生徒会活動。一緒に行こう」


勢い込んで夢田に話しかける女生徒。


「誰にゅ?」


お盆を手にシーたんが問いかける。


「え? え? なにこのぬいぐるみ……喋った?」


とっさに夢田はシーたんを抱き上げ声を潜める。


(静かにしていろ。彼女が生徒会長だ)


そのままシーたんをスポーツバッグの中に突っ込んだ。


「会長。それより今月の活動とは何ですか? にゅ」


「夢田くん……変わった口癖。何かのキャラ付け?」


「そんな感じです」


「にゅ。へー。にゅ?。 にゅにゅー!」


 にゅ。という語尾の何が気に入ったのか?

 会長は一人しきりに、にゅーにゅー言っていた。


(にゅにゅぅ……シーたんのキャラ。取ったらダメにゅ……)


 シーたんがバッグの中で小さくスネる。


 まったくだ。

 誰も彼もがにゅーにゅー言ったのでは、どれが誰だから分からなくなる。


「それで会長。他のメンバーは?」


「にゅ?」


「いえ。もうにゅはいいですから」


「いやー。それがね。だーれも来ないの」


まいったまいったとばかり、会長は小さく舌を出す。


 生徒会。

 名前は御大層だが、実際、やりたがる生徒は少ない。


 理由は単純。面倒である。

 教師と生徒の板挟みとなり、こき使われるだけ。

 そのくせ、何かあった際は責任を問われるのだ。


 実際。今期の権道高校生徒会。

 立候補で決まったのは会長と副会長の2人だけ。

 他のメンバーは、推薦で無理矢理に押し付けられた状態。


「そうなの。それで毎日の活動に無理に参加させるのも、ちょっとためらうのよね」


会長は腕組みで、うーうー悩んでいた。


(……なんにゅ。誰でもなれるにゅ。尊敬して損したにゅ)


 失礼な。誰でも、ではない。

 立候補しなければなれないのだ。


(副会長に立候補したのはお前だけにゅ? なれて当然にゅ)


 立候補する。その行為こそが、誰もができるものでない。

 例えていうなら、電車で騒ぐヤンキー連中に注意をする。

 誰にもできるが、誰もがやるわけではない。


(うーにゅ。なんだか今日のお前……かしこく見えるにゅ)


 今日だけではない。

 副会長だからして常にかしこいのである。


(でも、どうせにゃら会長に立候補すれば良いにゅ? お前。俗物だから会長とか偉い役職が好きそうにゅ)


 ……珍獣のくせに痛いところを突きやがる。


 もちろん当初の俺の狙いは生徒会長。

 だが、俺より先に生徒会長に立候補した不届き者がいたのだ……


 それが目の前の女生徒。

 生徒会長。姫野ひめの 華子はなこ


 黒髪ロングの見た目元気な高校2年生。

 俺が調査したところ、なかなかの人望があるらしく友人も多い。


 そんな彼女が立候補した後にだ。

 不幸にも友人の少ない俺が立候補したとする。


 友人による馴れあい投票。

 いかに俺がイケメン天才高校生であろうとも、分が悪いというもの。


 よって次善の策。副会長に立候補したわけだが……


「ふっ……俺は目立つのは好きではない。ナンバー2として会長を支える方が性に合っている。それだけだ」


(……あやしいにゅ)


「それじゃ、夢田くん。2人だけど活動を始めよう」


「会長。夢田くんはよしてください。今の俺は副会長。そう呼んでください」


「えーと。それじゃ……副会長」


「はい。会長」


「副会長!」


「はい。会長!」


何やら互いの役職を呼んで盛り上がる2人。


「いやー。やっぱり生徒会長って響きが良いよね」


「なんの。副会長も良いものです。会長。お茶をどうぞ」


夢田はお茶を1杯。会長の前に差し出した。


「ありがとう。ズズー」


「それで、会長。今日の活動とは何でしょう?」


「そうそう。今月は校内美化月間なの」


 言われてみればそのような張り紙がされていた。

 1年中、いつでも張られている気もするが。


「そこで生徒会が率先して放課後に校内を掃除するの」


 なるほど。

 役職にあるものが率先して行動するなら、他の生徒も連られて行動する。

 なかなか良い案である。が……


「しかしながら会長。せんえつながら1つ問題があるように思えます」


「え?」


「俺が面倒である。という大きな問題です」


「えー」


 俺の興味は副会長という肩書にあって、活動内容にない。


 そもそもが、俺が副会長に立候補したのは学校に奉仕するためではない。

 ただ履歴書に生徒会副会長と記載したいがため。

 おまけに副会長として、周りからちやほやされるなら、言うことはない。


(やっぱりこいつ……駄目にゅ)


 何が駄目なのか?

 将来を考えるなら内申書の内容は大事である。

 駄目なのは何も考えず遊び惚けている連中にある。


「でもでも。みんなから感謝されるよ? ありがとーって。よくない?」


 確かにちやほやされるのも目的の一つ。

 問題は、労力と対価が釣り合うのかどうかにある。


「でもでも。さっき放送で言ってたよね? 体育祭について何かあれば生徒会までって?」


 ……確かに言った気がする。


「掃除するの体育倉庫だよ? 体育祭まえに片付けないとって」


 ぐぬぬ……


 断るのは簡単。

 だが、シーたんの前で格好よく放送した手前、ここで駄々をこねると……


 ただでさえ、こいつアホではないか? とあらぬ誤解を受けるなか。

 さらに一度言ったことを守らないのでは、俺の威厳にかかわる問題。


「……分かりました。会長。行きましょう」


「本当? ありがとう。こっちよ」


生徒会長について辿り着いたのは、校舎の離れにある古い体育倉庫。

新しい体育倉庫が別にあるため、めったに使われることのない場所。


「いろんな資材が入った倉庫だけど、ごちゃごちゃすぎだよね」


ガタつくドアを開けて中を見る。

カラーコーンや白線引き。トラバーにトラロープ。

体育の授業で使うのかハードルやマット。

とにかく様々な物がめったやたらに置かれていた。


「ここも体育祭で使うからね。それで整理整頓しようと思ったの」


 面倒ではあるが、やると言った以上はやるしかない。


「わかりました。俺が道具を外に出すので、会長は雑巾で拭いていってください」


「分かったわ。お願い」


「シーたんも手伝うにゅ」


 だからお前は見つかればマズイというのに。

 黙っていてくれとばかり、バッグに手を突っ込みその口をふさぐ。


「さ、さあ。会長。がんばって掃除しましょうにゅ!」


「おー! にゅ」


会長が掃除道具を取りに向かったところで。


「にゅー。もう鞄の中は飽きたにゅ」


シーたんがスポーツバッグを飛び出した。


 飽きる気持ちは分かるが……そうは言われてもな。


「いいか? シーたんのような珍獣は地球上に存在しない」


「当然にゅ。シーたんは夢世界の番人にゅ」


「そんな珍獣がもし見つかってみろ。かっこうの標本となる」


「標本? 展示モデルなるにゅ? シーたんモテモテにゅ!」


 確かにモテモテだろう。解剖マニアにな。


「にゅにゅ?! 解剖ってシーたん何されるにゅ!?」


「バラバラに切り刻まれて研究材料になる。最後はホルマリン漬けで見世物小屋いきだ」


「いやにゅー! 助けるにゅー!」


 わんわん泣き出すシーたん。

 少々おどかしすぎたようだ。


「分かった分かった。とにかく人前で喋るな。黙っていれば、ぬいぐるみでも動物でも誤魔化しようはある。後は俺にまかせておけ」


「うにゅー! お前、見かけによらず頼れるにゅー」


飛びつくシーたんを抱きかかえ、夢田は頭を撫でてやる。


 授業中、ずっと狭い鞄に押し込めていたのだ。

 放課後となった今。そろそろ出してやらねば可愛そうではある。


「掃除道具持ってきたよー。って……ぬいぐるみ?」


校内でぬいぐるみを抱き上げる夢田を見て、生徒会長は道具を取り落していた。


 早いな。もう戻って来たのか。


「えー可愛い。なにソレなにコレ。かわいいよおおおおお」


飛びつくように近づいた会長。

シーたんの頭を必死になって撫でていた。


「にゅにゅうううう? いたい、いたいにゅー」


 会長。力を入れすぎである。


「あ、ごめんなさい……って、ぬいぐるみがしゃべった?」


 喋るなと言ったそばから……まあ、痛いのなら仕方ない。


「会長。俺の腹話術です。なかなかのものでしょう? にゅ」


「すごーい! 本当ににゅーにゅー言ってるみたい。かわいいにゅー」


 ふう……俺の演技力もあって、どうにかごまかせたようだ。


「あれ? でも、ぬいぐるみの校内持ち込みは禁止じゃ……」


 ……さすがは生徒会長。鋭い指摘だが──


「会長。それなら心配ご無用です。これ、こうやって」


夢田は抱えるシーたんを地面に下ろして、はたきを持たせる。


(シーたん。解剖されたくなければ……分かっているな?)


パタパタ。シーたんは、はたきでもって埃をはたき落としていた。


「えー! すごーい! ぬいぐるみが動いてる。しかも、掃除してるよー」


「手品です。そしてこれは、ぬいぐるみではなく、掃除道具です。これなら問題ないでしょう」


「すごーい! 副会長。手品が得意なんだ。ビックリしたよ。これ文化祭の出し物にしようよ! うん。そうするにゅ」


 やれやれ……

 これで会長と2人であれば、シーたんをバッグから出しても大丈夫となったわけだ。

 生徒会長がアホで……失礼。のん気で助かった。


「そうだ。このぬいぐるみ。名前はあるの?」


「シーたんはシーたんにゅ。よろしくにゅ!」


 ……また勝手に喋りやがる。


「へー。シーたん。よろしくね」


その後、3人で手分けして掃除する。

ある程度、掃除を終えたところで──


「あななたち。こんな場所で何をやっているの」


倉庫の裏手から大きな声が聞こえてきた。


「げっ。センコーや」

「やっべ。危険ドラッグやってるのばれるやん」

「隠せ隠せ」


ここ旧体育倉庫は校舎の離れに建っており滅多に人は通らない。

それを良いことに、倉庫の影に隠れてよからぬことをしている生徒がいたようだ。


「副会長。わたしたちも行こう。生徒の問題を放っておけないもの」


生徒会長は声のする方へ駆け出していた。


 いやいや。先生が見つけたなら任せておけば良いものを……

 ますます掃除の終わりが遅くなる。


やむなく夢田もその後を追う。


「センセーなんの用よ?」

「おれらなんもしてねーっての」

「うっせーんだよ。おおん?」


「嘘を言いなさい。危険ドラッグを吸っていたでしょう」


駆けつけた場所では、男女4名の生徒と先生が口論していた。


 誰かと思えば、俺の担任の細木先生ではないか。

 細かな校則にも厳しい細木先生とあっては、連中も運がない。


「危険ドラッグってなんにゅ?」


「危険な薬だ。法律的にはセーフであっても、人体に有害なものが含まれている可能性がある。シーたんは決して真似しないように」


 そして、我が権道高校では危険ドラッグの全てが校則で禁止されている。


「ああん? 危険ドラッグなんざどこにもねーだろ」

「言いがかりもええかげんにしとけや。こら」


 とっさに隠したのだろうが……

 よく見れば連中の靴底から、葉っぱの切れ端が頭を出していた。


 このあと持ち物検査をすれば、危険ドラッグが見つかるのは確実である。


 しかしまあ……仮にも相手は先生。

 言い訳するにも、その言葉遣いはどうかと思われる。


 うまく立ち回れば注意、没収で済むものが、心証を悪くしては停学にまで発展しかねない。


「えーと。先生にその言葉遣いは駄目だよ。ね」


 同じことを思ったか、生徒会長が口を挟む。


「ああん? おめーは生徒会長やんけ」

「おめーは生徒の味方ちゃうんけ」

「ええこぶってんじゃねーぞ。おらあ」


おそらくはハイになっているのだろう。

あろうことか生徒会長にまで食って掛かっていた。


 残念だがこの調子では停学。

 しばらく頭を冷やして更生することを願うとしよう。


 そう夢田が連中の冥福をお祈りするなか──


「……ざっけんな……」


 ん? なんだ今の声?

 危険ドラッグ連中か?

 いや、女性の声に聞こえたが……


「ざっけてんじゃねーぞ。ごらーガキがあ!」


ドカーン


叫びとともに掌底が男子生徒を吹き飛す。


「あひー。な、なんや」

「ほ、細木せんせーど、どないしたんや?」


男子生徒を吹き飛ばしたのは、細木先生。


「ええ? せ、先生。ちょ、ちょっと。落ち着きましょう?」


 慌てて生徒会長が止めにかかるが、これはマズイのではないか?


 切れる若者ならぬ、切れる先生。

 だとしても、先生が生徒に手を挙げる。

 記事になろうものなら細木先生の教員生活は終わるだろう。


「うっせーんだよ。てめーら。どいつもこいつも。なーんでルールを守らねーんだ!」


生徒会長が細木先生を背後から抑えようとするなか。


ドカーン


伸ばした足裏で男子生徒を蹴とばした。


「おらおらおらおらーげはははははぁっ!」


さらには倒れた生徒を幾度も踏みつける。


「ひげー。や、やめてけろー」

「か、かんにんやー」

「せんせーやめてー」


すでに男子生徒は無抵抗になすがまま。

これ以上は、過剰暴力というもの。


 いったい細木先生……どうしたというのだ?


 確かに校則を守らない生徒には厳しい先生である。

 が、このような暴力に訴える先生ではなかったはずだ。


 まるで人が変わったかのような凶行……いったいなにが?


「こにゅは……細木は悪夢獣に憑りつかれているにゅ!」


 どういうことだ?

 悪夢獣は夢を食べ、無気力、ひきこもりとするだけではないのか?


「こいつはただの悪夢獣じゃないにゅ! たちの悪い危険なやつにゅ!」


通常。悪夢獣が夢を食べるのはただの食事。

人間が動物を食べるようなものだという。


しかし。面白半分に動物を殺す人間がいるように。

面白半分に人間に害を成す悪夢獣も存在するという。


「で、憑りつかれると……こうなるわけか」


目の前でドラッグ生徒4人を暴行する細木先生。


「おらー邪魔すんじゃねーぞ! ぎははははは!」


 シーたんの言う、憑りつかれたという言葉にも納得せざるをえないこの惨状。


 そういえば、海外では校内における銃乱射など、無差別暴力事件の話を聞く。

 もしや、あれもたちの悪い悪夢獣の仕業なのか?


「副会長。先生を止めるの手伝って。このままじゃ!」


 とにかく、これ以上に放置しては、我が権道高校は暴行事件で新聞記事となる。

 新聞記者どもが入り込めば、対応に生徒会が、副会長である俺の仕事が増えることは間違いない。


「分かった。先生、そこまでです。やめてください」


細木先生をおさえる生徒会長に加勢するべく、夢田は先生の前に立ちはだかる。


「ひっ?! て、てめーまた邪魔しやがるか?」


夢田の姿を見たとたん、細木先生はあきらかにたじろいだ。


 いやいや。いくら俺にストーカーの疑いがあるとはいえ、驚きすぎだろう?


「本能にゅ。憑りついた悪夢獣の本能が、お前の夢パワーを恐れているにゅ」


 朝のHR。細木先生がたじろいだのは、それが原因か?

 良かった。ストーカーだとか根も葉もない噂が原因ではなかったわけだ。


「な、なんか分からんが夢田。てめーを見てると身体がぶるってくるぜ……でもよお、てめーみてーなストーカー野郎にびびって教師が務まるかー!」


教師としての正義感が悪夢獣の本能を上回ったのか。

背後からおさえる生徒会長を振り切り、細木先生が夢田に飛びかかる。


「なーにが時計じゃ。でたらめ言いやがって! てめーのクソダサ腕輪も没収すっぞごらー!」


 憑りつかれ操られているだけだとするなら、傷つけるわけにもいかない。


自身の身体に向けて伸びる腕。

とっさに夢田はその手首を取り、地面に押し倒す。


ドサー


「ぐへええええっ!」


腕固めの完成である。


「おおー! 副会長。すごい!」


 うーむ。我がことながら確かに凄い……

 合気道をかじったとはいえ、とっさにこうも対応できるとは。


 いったいどうしたのだ? この俺は。

 ここへきて秘められた天才的才能が開花した? そういうわけか?


「お前は夢世界で悪夢獣を2匹退治した。単にその成果にゅ」


 なるほど……実戦に勝る稽古はないという。


 夢世界での2度の実戦。

 その経験が現実世界に反映されている。


取りおさえる夢田を振り払おうと、細木先生は力任せにもがき続ける。


「てめーごら。はなせやーゴミ太郎が!」


 無駄だ。腕固めが完璧に入っている。

 無理に暴れても、腕を痛めるだけだというのに……


「チン太郎が! カス太郎が! ぶっころっぞ!」


痛みも何も関係ないとばかり暴れ続ける細木先生。


 このまま暴れ続けては、先生の腕の骨は折れるだろう。

 かといって、力をゆるめようものなら……


「ひぎゃー。ぎひひー。ぶっころっ、ころっぞ!」


 腕を固められたまま、力任せに立ち上がろうとする細木先生。

 とても40代女性の力とは思えない。


「シーたん。細木先生に憑りついた悪夢獣。どうすれば追い祓える?」


「こうするにゅ!」


夢田が取り押さえる細木先生。

シーたんは、その頭を目がけて──


ポコリ


ハンマーの軽快な音とともに叩いていた。


「夢世界へ行くにゅ。そこで悪夢獣の本体を浄化するにゅ」


ドサリ。細木先生の身体が力を失い倒れ込む。


 まあ、そうなるだろうとは思ったが……

 女性の頭をハンマーで殴打するとか……まるで犯罪。


「せっ。先生! 細木先生! 副会長……なんてことを……」


 案の定。その光景を見た生徒会長は完全に引いていた。


 いや。俺ではないのだがな……

 いや。今のシーたんは俺が手品で操っている設定だったか?


倒れて意識のない細木先生。

介抱しようとしゃがみこむ生徒会長。


その頭に向けて──


「え!?」


ポコリ


再びシーたんハンマーが振るわれた。


ドサリ。生徒会長もまた、眠るように地面に倒れていった。


「ちょおおおお?! シーたんさん? なぜに生徒会長まで?」


「騒がれたらやっかいにゅ。眠らせ黙らせるのが手っ取り早いにゅ」


 ……なるほど。

 だとしても、ちゅうちょせずハンマーを振るうとか。

 シーたん。間抜けな珍獣に見えて、悪夢獣がからむとエグイやつ。


 まさか誰にも見られていないだろうな?


夢田は慌てて辺りをうかがうと、地面に寝転がる2人の身体を抱え上げる。


 とにかく、ことがこうなっては──


「やむをえん……うおー」


 このような場面。

 ぶらり通りかかる通行人に見られようものなら、警察が殺到する。


そのまま2人を体育倉庫の中へと連れ込み、ピシャリ。ドアを閉めた。


 ふう……やれやれ。

 幸いにも下校時間を過ぎた今。目撃者は0。

 これで朝まで他人に見つかることはあるまい。


掃除を終えたばかりの倉庫。

体育マットの上に2人の身体を寝かせてやる。


 無防備にマットに横たわる2人の女性。

 すでに40代であろう細木先生はともかく。


同じく高校2年生にしてピチピチ17歳の生徒会長。

マットへ寝かせる際に動かしたからだろう。

スカートが捲れ上がり、健康的な太ももが見えていた。


 ……ゴクリ。


「ゴクリじゃないにゅ。お前も寝ろ。にゅ」


ドカーン


夢田の脳天をハンマーが直撃。


 ぐほっ! なんか俺の時だけ……音が違うではないか……


夢田は意識を失った。


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