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──第4話 ドタバタ学校生活。俺の青春どうなるの? 後編──


キーンコーンカーンコーン


全ての授業が終わり、終礼のHRも終了した。


おしゃべりを楽しむ生徒をよそに、夢田はスポーツバッグを肩に教員室へ向かう。


「失礼します。先生。今日はすみませんでした」


担任の先生の元へ。

まずは校則違反について夢田は頭を下げていた。


「夢田くん。どうしたの? 真面目なあなたがこんな派手なアクセサリー」


 無理矢理はめられたんです。珍獣に。


「これ、雑誌でよく見るアクセサリーよね? パワーストーン? そんな感じの。けっこうな値段するんじゃないの?」


 やはり先生にも怪しい腕輪に見えるようだ。


「もしかして、誰かに無理に買わされた? 夢田くん。何か困ったことがあったら先生に相談しなさいよ」


 夢ブレスを返品するなら1000万円。

 できれば融通して欲しいが、さすがに無理な相談。

 そもそも珍獣の存在を明かすわけにもいかない話。


「いえ。大丈夫です。俺も今どきの高校生らしくおしゃれに目覚めた。そういう感じです」


「そう? おしゃれにしても……もう少しセンスを磨きなさい。あと、当然、校内への持ち込みは禁止ですからね」


「はい。わかりました。今日はすみませんでした。失礼します」


先生の手から夢ブレスを受け取り、夢田は教員室をそそくさ後にする。




──第4話 ドタバタ学校生活。俺の青春どうなるの? 後編──




校門を出て夢ブレスを右腕に。

夢田は近場さんの勤めるコンビニを目指して歩き出す。


「にゅにゅう! あの先生。シーたんの夢ブレスをダサイといったにゅ。ヒドイにゅ」


シーたんはバッグの中からぐちぐち愚痴を垂れていた。


「まあまあ。直接ダサイとは言ってないではないか」


「言ったも同然にゅ! せっかくシーたんが夜なべして作ったのにゅ」


「まあまあ。俺は気に入っているから良いではないか」


 右腕にキラリ光る夢ブレス。

 いかにも成金という感じが、なかなか良いではないか。


「うにゅ。お前、センスだけはあるにゅ。褒めてやるにゅ」


そうこうするうち、馴染みのコンビニまで辿り着く。


「いらっしゃいませー。あ、夢田くん。え? 近田さん? それが……お店が忙しくて様子を見に行けてないんだよ」


 ふむむ。

 連絡の取れない従業員がどうなっているのか。放置したのではマズイだろう。


「それが、近田さんが急にお休みしたところ、別の人も都合が悪いってお休みしちゃって……もう、てんやわんやで……電話だけは何度もしてるんだけど相変わらず連絡がつかなくて……」


 店長。なかなか大変そうである。

 となれば、このコンビニにお世話になっている俺が一肌脱ぐしかないだろう。


「ようやくやる気になったにゅ!」


 美人店員がいなくなっては、買い物するのに毎回おやじ店長が相手となるのだ……嫌すぎる。


「え? 夢田くんが代わりに様子を? でも、他人に住所を教えるのは……」


 店長が懸念するのも当然。


 近田さんは妙齢の女性。

 今のご時世。下手に住所を漏らしては大惨事となる。

 下手すればストーカー。最悪、犯され殺される。


 だが今は──


「店長。そんなこと言っている場合じゃありません。心不全。脳梗塞。不整脈。突然死はそれこそ突然に起こるのです。もしかしたら、今も近田さんは1人で苦しんでいるかもしれません。今、俺が行かずに誰が行くんですか」


「そ、そうだね。夢田くんなら顔なじみだし悪いこともしないよね? 分かったよ。お願いするよ」


 俺のあふれ出る人徳が功を奏した。そういうべきか。


「それじゃ、行ってきます。何かあれば連絡します」


 近田さんは美しいお姉さん。

 看病と称して自宅へ上がり込むのも悪くない。ぐふふ。


「……まったく人徳も何もあったもんじゃないにゅ。店長、騙されやすいにゅ? 大丈夫かにゅ?」


 大丈夫である。

 店長の判断。俺の人徳だけが理由ではないからだ。


 身バレした上で犯罪を行う者は、そうはいない。

 近所に住み住所もすぐ割れる俺であれば、悪事は働かないだろうと。

 仮に働くにも、世間バレしないよう行うだろうという冷静な判断。


 頼りなく見えても、タフでなければ務まらないのが店長である。



ピンポーン


 マンションのドア前。

 表札はないが、ここが近田さんの部屋だという。


「本当にここにゅ? 留守にゅ?」


 表札なしは今のご時世普通だとしても。

 チャイムに返事はなく、室内からの物音もない。


 こういった場合、電力メーターを見るのが良いと聞く。

 電力の消費量で、室内で家電製品が動いているかどうか分かるという。


「にゅ! メーターが動いてるにゅ。これは居留守にゅ!」


 などというのは昔の話。

 家電には待機電力というものがあって、この程度の振れ。

 今のご時世、有人か無人かの判別は出来ないという。


「じゃあ、どうするにゅ?」


「個人ではどうしようもない。店長から警察に連絡してもらう」


 今のご時世、安否確認だとしても勝手に入室することはできない。

 人命がかかっているかもしれないというのに、悠長な話である。


「面倒にゅ。シーたんに任せるにゅ」


 いやいや。

 何をどう任せるのか知らないが、勝手に立ち入りできないというのに。


「にゅ……にゅにゅ……にゅー!」


 何やらドアノブに取り付き、にゅーにゅーうるさい珍獣。


 やめてくれ……これではまるで不審者か泥棒ではないか。

 このような場面を見られては110番間違いなしとなる。


「うにゅ! やっぱりにゅ!」


 何が、やっぱりなのか?

 やっぱり自分が不審者であると自覚できたのか?


「違うにゅ。鍵穴から悪夢獣の匂いがするにゅ。近田は悪夢獣に襲われているにゅ!」


 珍獣。獣だけに鼻が利くというわけか。


「だとしてもだ。どうする?」


「突入にゅ」


 また物騒なことを……

 無断で立ち入るには、いろいろと手続きが必要だというに。


「大丈夫にゅ。夢世界から突入するにゅ」


 全く分からん……が、珍獣の言う話が嘘か本当か。

 確かめる絶好の機会というわけだ。


「分かった。どうやる?」


「寝ろにゅ」


「……は?」


「にゅから、寝ろにゅ。眠って夢世界へ行くにゅ」


 夢ブレスがあれば他人の夢世界へ自由に入ることが出来る。

 いったいその話はどうなったのか……?


「嘘じゃないにゅ。お前の夢世界から、他人の夢世界へ自由に入れるのが夢ブレスにゅ」


 言われてみれば……俺が昨晩、少女の夢世界へ迷い込んだのは、俺が眠っている時だった。


「俺も眠って夢を見る。そうでなければ、近田さんの夢世界へ入れない。そういうことか?」


「そうにゅ。分かったらとっとと寝ろ。にゅ」


 そうは言われてもだ……

 現在の時刻は17時30分。

 夜更かし大好きな学生が眠るには早すぎるこの時間。


「すまんが、まったく眠気がない」


 そもそもが、眠るにしても俺は自宅のベッドでなければ眠れない。

 枕が変わると駄目になる繊細タイプ。


「とりあえず店長に連絡を入れていったん帰るか?」


 安否確認のため警察に連絡するかどうか。

 後の判断を店長に任せ、俺は自宅で眠るよう試してみるしかあるまい。


「駄目にゅ! 距離が離れると近田の夢世界へ入るのが困難になるにゅ」


 夢世界というわりには、現実の距離が関係するとか……

 夢もへったくれもないもんだ。


「のんびりしてられないにゅ。近田が危にゅいから急いで、とっとと寝ろにゅ」


 珍獣の言わんとすることは分かった。

 しかし、分かったからといって、人間すぐに眠れるものでもない。


「何か眠る方法はないのか?」


「……仕方にゅい。この方法は使いたくにゅいけど……お前は目をつむるにゅ」


 仮にも夢世界の番人を自称する珍獣。

 行き来するに何らかの方法を持ち合わせているのだろう。


「分かった。任せる」


夢田はシーたんに任せて目を閉じる。


 しかし……目を閉じろ。か。


 噂によると珍獣。シーたんはメスらしい。

 だいたいにおいて、女性がこういった台詞を口にする時は、むふふな着替えや、破廉恥なシーンが後に来るもの。


 いったい何をするのか?

 健全な男子高校生としては、うっすら目を開けるしかないこの場面。


チラッ


 どこから持ち出したのか。

 巨大な100トンハンマーを手に振りかぶる珍獣の姿が見えた。


「ちょっ? まっ!」


ドカーン


頭を強打。

そのまま夢田の意識は闇に落ちて行った。





「う……うーん……」


夢田が目覚めた場所は、一面の荒野。


「にゅ! ようやく起きたにゅ!」


 昨晩と同じ光景。

 ということは、無事に夢世界へ来れたというわけか。


 だとしても──


「あの方法はないだろう……下手したら死ぬと思うのだが?」


「にゅから使いたくにゅいって言ったにゅ」


 そのまま一生、使わないでおいて欲しいものだ。


「そんなことにゅり、近田の夢世界へ行くにゅ。急ぐにゅ!」


 珍獣が指さす方向。

 荒野にポツンとたたずむのは──


「なんだこれは? 何かのお店か?」


「ファッションショップって書いてあるにゅ」


 服屋さんか。


「ファッションショップにゅ!」


 オシャレに言おうが同じである。


 そして、これが近田さんの夢世界。

 将来はオシャレなショップ店員になりたい。

 そういった願望が反映された世界ということか。


「まあ、普通はコンビニよりオシャレな服屋さんの方が良いわな……」


「どうしてにゅ? ファッションショップはお菓子が売ってないにゅ? つまみ食いできないにゅ?」


 確かに、夢なんてものは人それぞれのもの。

 どちらが上かなど言えるものではないが……やっぱりなあ……


 しかし……この店構え。

 元はオシャレな外観だったろうに……


店舗のガラスは手垢により曇り、あまつさえ一部はひび割れていた。


 サービス業として怠慢にもほどがある。

 仮にも服というファッションを売る店で、美観が損なわれていたのでは、購買意欲が湧こうはずもない。


「なにゅを言ってるにゅ。お前、オシャレな店には縁がないにゅ。どうせウニクロしか行かないにゅ」


 ……なるほど。

 俺のように、おしゃれな店に入りがたい者でも気楽に入れるよう。

 わざと薄汚くしている可能性も、あるにはある。


 そういうことであれば。


「ごめんくださーい」


夢田は珍獣と共にファッションショップのドアを開く。


「にゅー。中もボロボロにゅ」


床はゴミが散乱し、天井にはクモの巣までもが張っていた。


 さすがにこの汚れよう、営業中の店舗でない。

 例えていうならば、1年前に閉店した店舗。

 そういった荒れようである。


「このような場所に、本当に近田さんがいるのか?」


「いるにゅ……奥から女性の匂いがするにゅ」


カウンターの奥。

スタッフ用の部屋だろうドアがうすく開き、明かりが漏れ出している。


 あの奥か……

 しかし、この店内の荒れようから見ても……


ギギー。


軋みを上げてドアが開き。


事務机を前に、椅子に腰かける女性の背中が見える。


「失礼します。えー近田さん? 店長からの使いで来たのですが……?」


呼びかけにも返答はない。


普段のコンビニの制服ではない。

ファショナブルでおしゃれな服を着た背中に近づき。


「近田さん? だいじょうぶですか?」


その肩に手をおいた。


ドサリ


なんの抵抗もなく女性は床に倒れ込み、ピクリとも動かない。


「やっぱり遅かったにゅ……夢を全部、食べられてしまっているにゅ」


倒れ伏した近田さん。


その土気色の顔に生気はなく。

両目の焦点はぼやけ、口から涎を垂れ流す。


何を見ているのか。

ただ空洞の瞳には、覗き込む夢田の姿が映るだけ。

もはや生ある者の姿にない。


「珍獣。シーたん……この場合、彼女はどうなる?」


「言ったにゅ。夢を失い生きる希望を失う。ひきこもりの完成にゅ」


 コンビニで見る近田さんの姿。

 忙しく働く中でも笑顔を忘れない。

 11円の買い物でも、心からのありがとうを忘れない。

 優しい、お姉さんのような女性だった。


「……どうすれば良い?」


「にゅ?」


「どうすれば、近田さんは元に戻る?」


「悪夢獣が食べた夢を消化する前に倒すにゅ」


 消化したならば、どうなるのか?

 おそらくは聞くまでもないだろう。


夢田は立ち上がり、背を向ける。


 なぜ、そのような大事なことを今さら……

 なぜ、彼女がこうなるまで放置した!


机に叩きつけるべく宙に振り上げた右拳。

思い直したか、そのまま降ろし握り込む。


 珍獣に……他の誰にも当たるわけにはいかない。

 急かす珍獣を、なだめすかしたのは、この俺なのだから。


 だからといって俺は学生で、出席すべき授業がある。

 どうしようもなかった。俺の選択は間違っていない。


 それでも──


「シーたん。悪夢獣の居場所は分かるか?」


「クンクン……まだ臭いが残っているにゅ。追跡するにゅ」


「……頼む」


 俺の右腕に夢ブレスある限り。

 俺は、悪夢獣と戦う夢のヒーロー。ドリーム太郎。


 学生にとって勉強が義務であるように。

 ヒーローにとって、悪と戦うことが義務だというのなら。


 授業が終わり放課後となった今。もはや言い逃れはできない。

 ドリーム太郎として、ヒーローとしての義務を果たすべき時。





クンクン。犬のように地面を這いずるシーたんを追いかけて。

ファッションショップを外に荒野の只中へ。


 悪夢獣。やつはどこへ行こうというのだ?


「クンクン。たにゅん次の獲物を探しているにゅ」


 野郎……舐めた真似を。


 この俺。夢田太郎がヒーローとなったからには。

 これ以上の好き勝手。出来ると思わないことだ。


「いたにゅ!」


シーたんの指さす先。

荒野を4足で歩行する巨大な犬の姿が見えた。


「犬だな……デカイが」


「にゅう。犬は苦手にゅ……」


 そもそもが草食動物の子羊である珍獣に、得意な相手などいるのだろうか?


「任せておけ。一撃で消し炭に変えてくれる」


 どちらにせよ悪夢獣を相手取るのは俺の仕事。


「いくぞ! 夢ブレス、フルパワー!」


 右腕にはめる夢ブレスに光が集まる。


 仕組みはよく分からんが……なんだかテンションが上がってきたぞ!


 それも当然。

 夢世界での俺は、もはや夢田太郎ではない。

 悪しきをくじき正義を成す、光の使者。ドリーム太郎。


 いまだ前方をノシノシのし歩く犬型悪夢獣。悪夢犬。

 その背後から──


「ふおおおおお! ドリーム全開! ドリーム光線。はっしゃあああああ!」


ビーム!


「なにゅぅ?! 待つにゅ!」


 死んだことにも気づかせず消滅させる。

 それが、悪に対するせめてもの慈悲。


ドリーム太郎の両手を発した光の渦。

狙いたがわず悪夢獣の背中へ向けて直進し──


ヒラリ跳躍。


直撃するかと思われたドリーム光線を、悪夢犬は避けていた。


「な、な、な……俺のドリーム光線が……」


「にゅから、待つにゅって言ったにゅ!」


4足で着地した悪夢犬。

間髪おかずドリーム太郎へと駆けだしていた。


「相手は犬にゅ! 近づいているのに気づいていたにゅ!」


 子羊であるシーたんが匂いに気づく。

 当然、犬である相手も匂いに気づいていたというわけか……


「だとしても、俺がドリーム光線を撃つ前に言わなきゃ意味ねーだろうが!」


「お前がそんにゅアホだと思わなかったにゅ……油断していたにゅ」


「誰がアホだ! それより、犬が来るぞ! どうする?」


「迎え撃つにゅ!」


 そうだ。落ち着け……

 俺には中学時代に学んだ合気道がある。


「……いやいや。犬と組み手なんてしたことねーっての!」


 しかも……ドリーム光線を撃った影響か。

 身体が重い……明らかに疲労がある今。この状態でどうしろという。


ドリーム太郎の目の前。

2メートルの位置から悪夢犬が跳躍する。


「ガオーン!」


首筋。頸動脈を狙った悪夢犬の牙。

ドリーム太郎はなんとか右腕を差し込み、阻止するのが精いっぱい。


ドカーン


「ぬわあああああー! ……あ?」


ぶつかり吹き飛ぶ悪夢犬。


「なんだ……もしかして俺って強い?」


「夢バリアにゅ。夢ブレスのおかげにゅ」


ドリーム太郎がとっさに差し込んだ右腕の夢ブレスが。

発する夢パワーが壁となり、悪夢犬の牙を防いでいた。


 夢ブレス……そうだ……俺は夢のヒーロー。

 たかが犬コロ1匹に怯えてどうする。


首を狙い当たり負けしたからか。

悪夢犬はドリーム太郎の右足を狙い飛び込んでいた。


「ガオーン!」


そもそもがだ……相手が人だろうが犬だろうが。

合気は呼吸。相手とのタイミング。


悪夢犬が右太ももに噛みつく寸前。

ドリーム太郎は右足を後ろに引いて、その牙をいなす。


目標を失った悪夢犬の牙が空を切る。

その頭頂部に──


ズダーン


ドリーム太郎は、手刀を打ち下ろす。

同時。首筋を押さえ、悪夢犬を地面に抑えつけていた。


「にゅにゅー! すごいにゅ!」


合気に力は不要。

疲労があろうが関係ない。

相手の力を利用し相手を制する。


「それがドリーム合気道」


押し倒した悪夢犬。

その首筋を後ろから脇に挟み込み──


「そしてこれが裸絞めだ」


力の限り頸動脈を締め付ける。


「グ……ギャギャァ」


口から泡を吹き、悪夢犬は動きを止めていた。


「はあ、はあ……やったか?」


「やってないにゅ。悪夢獣を浄化するには夢パワーが必要にゅ」


 夢パワーということは……ドリーム光線。

 あれをもう1発撃てというのか……


 いやいや。ただでさえ疲労の激しいドリーム光線。

 すでに1発を発射した今、2発目を撃つのは無理である。

 必殺技は1回限り。世の中そういうものなのだ。


「エネルギー切れだ。ドリーム光線はもう撃てんぞ」


「にゅから考えなしに撃つのは駄目にゅー!」


 悪夢獣を浄化せねば、近田さんは救われない。

 そして、悪夢獣を浄化するには夢パワーが必要だという。


 それが夢パワー切れだと?

 あと一息だというのに、何を馬鹿な!


「うっせーーーー! ようはこいつをぶっ殺せばええんじゃろ!」


ドリーム太郎は、骨も折れよとばかり、絞める右腕に力を込める。


「にゅから夢パワーがにゅければ……って、にゅにゅ?」


 近田さんを助けたならば、きっとお礼がもらえるだろう。

 なにせ命の恩人なのだから当然の謝礼。


 だが、ヒーローたるこの俺が金銭を受け取るわけにもいかない。

 あくまで受け取るのは、感謝の気持ちだけに留めねばならない。


 しかしだな……金銭以外なら受け取っても構わないのではないだろうか?

 例えば、感謝の気持ちを身体で表現するというのなら……受け取るに何の問題もない。


 つまりは……


「太郎くん。ありがとう……お礼にわたしの身体をあげる。うふん」


 ということだ!

 あと一息でエロエロ謝礼が待っているというのに……

 こんな犬コロごときに負けていられるか!


「なにゅか……お前……夢パワーが上がってきているにゅ!」


悪夢犬の首に巻きついた右腕が。夢ブレスが光を放つ。

夢パワーが回復した今。ドリーム太郎の右腕そのものが夢パワーの塊。


「ドリーム全開! ドリーム裸締めじゃい! しねえええええ!」


「ギャイーン!!!」


夢パワーに締め付けられた悪夢犬が悲鳴を上げ、その口から白い光がほとばしる。

その悲鳴を最後に、悪夢犬は黒い霧となり消滅していった。


「はあ、はあ……どうだ」


「お前、やったにゅ! 近田の夢も解放されたにゅ!」


 最後に口から飛び出た白い光が近田さんの夢。

 消化される前に間に合ったようだ。


「はあ、はあ、しかし……近田さんの様子を見に行こうにも……」


立ち上がろうとするドリーム太郎。

逆に尻餅をついて地面に座り込む。


「立てんぞ……助けてくれ」


「夢パワーの使いすぎにゅ。お前はもっと効率よく戦うようにゅしにゅいと」


 馬鹿なことを……

 合気は力を必要としない合理的武術。


 その合気をかじった俺の戦いが、効率悪いなど……


ふにゅーとドリーム太郎の手を引っ張るシーたんだが。


「お前、重いにゅ。無理にゅ」


汗をかきかき、あきらめた。


 まあ、お互いの体格差を考えれば無理もない。


「悪夢獣も浄化して近田の夢も解放したにゅ。もう現実世界へ帰るにゅ」


「だが、それではせっかく助けた近田さんから、お礼がもらえない」


「お礼ってなんにゅ?」


「エロエロだ」


「またかにゅ!」


夢から目覚めれば、夢の中の出来事を忘れる。

現実世界。コンビニでお礼をもらおうにも、助けた事実を忘れては、もらいようがない。


「じゃけん。今からお礼をもらいに行くんじゃい!」


四つん這いのまま。

這ってでも行こうとするドリーム太郎。


「なんにゅ……もう、大人しく帰るにゅ!」


どこから持ち出したのか。

シーたんは巨大な100トンハンマーを手に。


ドカーン


ドリーム太郎の頭を強打した。





「きみ。きみ。起きて」


肩が揺すられる。

その振動に夢田は目覚めた。


「はっ?!」


 いったいここはどこだ?


 ……そうだ。

 近田さんのマンション。そのドアの前。


 そして、誰だ?

 俺を起こそうと肩を揺するのは……


「きみねえ。こんな場所で寝ていたら駄目だよ」


紺の制服。紺の制帽。


「えー。本部。こちら通報のあった少年が今、目を覚ましました」


夢田を揺するのは、警官であった。


 というか、なぜ俺が警官に不審者あつかいを?


「そりゃーこんな場所で寝てたら住民が不安になるでしょ」


 ……確かに。マンションの廊下で寝たのでは傍迷惑となる。

 不気味に思った住人が通報するのも仕方ない。


「すみません。つい昼間の疲れで眠ってしまいまして。すみません」


 その後、俺は警官にたいして、近田さんが急遽お休みしたこと。

 電話連絡がつかないこと。店長から頼まれ様子を見に来たことを伝える。


「ふーん。ん? ああ。いま相方が店長に連絡したら、きみのいう通りだってさ」


「それじゃ、わたしたちの方で近田さんに声掛けしてみましょう」


 そう警官はドアのインターホンを押した。


「はーい。あれ……警察のひと?」


「あー近田さん? コンビニの店長さんがね、連絡がつかないので倒れてないかと心配されましてね」


「あっ! す、すみません。大丈夫です。ありがとうございます」


 ドアの陰から見る近田さん。

 寝起きだろうか。じゃっかん髪がボサっているが元気そうである。


 土気色だった顔には生気が戻り。

 寝起きではれぼったい両目にも光が戻っていた。


「こちらの少年。夢田くん。彼が店長に頼まれて様子を見に来てくれたそうだけど」


「え? あ、ああ。よく来るお客さん。ですよね? わざわざ、どうもすみません」


 不思議な顔をして、俺に頭を下げる近田さん。


 顔は覚えていても、俺の名前までは知らないのだ。


 お釣りを渡す時に、俺の手に触れてくれる。

 とびきりの笑顔でありがとうございます。を言ってくれる。


 そのようなこと。

 どのお客さんに対しても同じであって、俺は特別でもなんでもないのだから当然である。


 おっさん店長が俺の名前を知っていたのは、両親と買い物に来た時。

 両親がペチャクチャ喋っただけなのだ。


「すみません。店長には今から電話します。ありがとうございました」


「それじゃ私ら行きますので。お気をつけてくださいね」


 自宅に招き入れ。うふふ接待で苦労をねぎらってくれる。

 ただの客と店員に、そのような夢物語があろうはずもなく。


バタリ。ドアが閉じられ自宅訪問は終了する。


「私らパトロールに戻るんで。夢田くんも。疲れていても変な場所で寝ないようにしてくださいよ」


「はい。すみません。ありがとうございました」


すっかり暗くなったマンション前。

警官2名と別れ夢田は帰路につく。


「にゅ。近田。無事でよかったにゅ」


肩にするスポーツバッグからシーたんが顔を出していた。


「そうだな……もしも俺が負けていれば、間に合わなければ……」


 夢世界で見た近田さん。

 生気を失い死んだような目をしていたが。


「現実の近田さんも。それから、昼に学校であった女生徒も。どちらもああなっていたのか?」


「そうにゅ。お前が2人を守ったにゅ。もっと誇っても良いにゅ」


 そうは言われてもな……

 やはり、あくまで、どこまでいっても、あれは夢の中の話にしか思えない。


 俺はただ近田さんの部屋の前で寝ていただけで。

 近田さんは、ただの体調不良でお休みしていただけ。


 常識的に考えるなら、それしかないのだから。


「まだ疑っているにゅ?」


 だが、確かに珍獣。シーたんは俺の側にいて。

 女生徒も近田さんもどちらも元気であるのだ。


 そうであるのなら……それで良い。


 俺に友達が出来て。

 女生徒も近田さんも誰も不幸にならずにいる。


 だから、それで良い。


「しかし、どこに行ったかと思えば鞄にいたのか」


「そうにゅ。怖い顔の人が来たから隠れたにゅ」


 隠れる前に、俺を起こしてくれればな……

 警察に余計な手間をかけてしまったではないか。


 おかげで、すっかり暗くなっているが今は何時だろう?


「19時30分……2時間も経っているではないか!」


「にゅ? そのくらいは夢世界にいたから当然にゅ」


 マジかよ……

 普通。こういう時はだな、現実世界の時間は停止するものだろう?


「なんにゅ? 時間が止まるって。そんにゅ非科学的なこと、あるはずないにゅ」


夢田はバッグに手を突っ込み、シーたんの口をひっぱった。


「てめー。どの口がそれを言う! おめーの存在がそもそも非日常なんだよ!」


「やめるにゅー! セクハラで訴えるにゅ」


 おのれ……異形の珍獣のくせに、何かあればすぐ法に訴えやがる。

 しかしながら──


「す、すみません……シーたんさん。勘弁してください」


 こと俺に対しては効果てきめんなのが悔しいところ。


 なぜなら俺は夢田太郎にして、ドリーム太郎。

 正義と平和を愛するヒーロー。

 法に弱いのは仕方のないことだ。


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