──第3話 ドタバタ学校生活。俺の青春どうなるの? 前編──
夢田の自宅から権道高校まで歩いて30分。
市立ではあるが、そこそこの進学校である。
「おはよー」
「ういーっす」
高校が近づくにつれ、通学する生徒により辺りは賑わいを増していた。
挨拶を交わす生徒たちを他所に、夢田は校舎へ入る。
上履きに履き替え、教室に入り、自分の席に着いた。
「……ボッチにゅ」
「誰がボッチだ……って、なにぃ?」
机の上に乗せたスポーツバッグ。
そのファスナーが開かれ、顔を覗かせる子羊珍獣。
「だって誰も友達いないにゅ? やっぱりボッチにゅ」
こ、この珍獣野郎。
シーツにくるんで窓の外に放り投げたはずが……
「でも安心しろにゅ。シーたんが友達になってやるにゅ」
マジで?
つ、ついに俺にも友達が……
「って、お前は化け物じゃねーか。嫌すぎる」
「差別にゅ! 訴えるにゅ!」
マジかよ……
どう見てもこいつは人間ではないのに……
それを指摘しただけで差別になるとは……
「すみません。許してください」
とにかく今のご時世、訴えられては俺の不利はまぬがれない。
賠償金なぞ支払う余裕はないのである。
「分かれば良いにゅ。お礼はお菓子で手を打つにゅ」
やれやれ。お菓子で手打ちなら悪くない出費……
「って、そんなわけあるか。お前。なんでこんなところにいる?」
校則では授業に無関係の物。おもちゃなどの持ち込みは禁止である。
隠れて持ち込む連中はたくさんいるが、せいぜいがゲーム機程度。
こいつが何者かは分からない。
が、見た目ぬいぐるみにしか見えない物体をスポーツバッグに忍ばせ持ち込んだと知れようものなら……
変態ぬいぐるみ野郎として、卒業するまで便所飯はまぬがれない。
「部屋にいてもすることないにゅ」
確かにそうかもしれない。
しかし、そもそもが、なぜ俺の部屋にこのような珍獣が住み着いたのか?
そこが問題ではあるが……
「とりあえず静かにしていてくれ。朝のHRが始まる」
スポーツバッグから覗かせる顔を押し込み、無理矢理にチャックを閉める。
「にゅにゅー?! 開けるにゅー」
今は目の前の危機。
ぬいぐるみバレを回避することが先決。
「きりーつ。れい。ちゃくせきー」
特に俺の担任は細かい規則にうるさいのだ。
ぬいぐるみの持ち込みがバレようものなら、自宅にまで連絡がいくだろう。
学校どころか、自宅までもが便所飯となってはたまらない。
「えー。それでは朝のHRを始めます。遅刻、欠席している人はいませんね。連休が終わったばかりの5月は5月病と呼ばれるほど……」
担任の先生が何やら話をしているというのに……
俺のスポーツバッグがプルプル震えるのが気になって集中できん……
「そこ! 夢田くん。あなた。先ほどから何をキョロキョロしているの?」
「す、すみません」
みろ。おかげで注意されてしまったではないか。
成績優秀。人畜無害のこの俺がなんという屈辱。
「ん? 夢田くん。そのブレスレットは何ですか?」
なに? ……しまった!
校則ではアクセサリーの着用は禁止されている。
だというのに、俺の右手首にキラリ光る夢ブレス。
「す、すみません。すぐ外します」
「外すだけじゃありません。没収です。帰りに教員室まで取りにくるように」
とにかく夢ブレスを外して、先生へ手渡さねば。
「にゅ! 駄目にゅ! 夢ブレスを外したら悪夢獣と戦えなくなるにゅ!」
足元のスポーツバッグがガタガタ揺れると共に、くぐもった声が漏れ出していた。
「え? なんなの? 今の声は?」
こんの馬鹿珍獣!
黙っていろと言ったのに。
とにかくここは──
「にゅ、にゅにゅー! お腹がにゅーにゅー言っているので、すみません。トイレいってきます」
夢田は夢ブレスを先生の手に押し付け、にゅーにゅーうるさいバッグと共に教室を飛び出した。
──第3話 ドタバタ学校生活。俺の青春どうなるの? 前編──
トイレの個室に陣取る夢田太郎。
「にゅはー。ようやく出られたにゅ」
チャックを開けると同時。
バッグの中から珍獣の顔が飛び出した。
「こんの。静かにしていろと言っただろう?」
「こんな狭苦しいバッグの中でじっとしていられないにゅ。お前が入れにゅ」
むう……そう言われると、珍獣の言い分も分からないでもない。
確かに狭苦しいバッグに閉じ込められたのでは、息苦しい……
「いやいや! そもそも自分からバッグに入ったのではないか?」
「そうにゅ? まあ、それはもう良いにゅ」
もう良いのか……
どうやら、チャックさえ開けておけば文句はないようだ。
「それよりにゅ! 夢ブレスを渡すとはどういうことにゅ!」
「そうは言われても、校則でアクセサリーのたぐいは禁止されている」
「にゅー! 校則校則。お前は校則で死ねと言われたら死ぬにゅ!?」
ぐぬぬ……だが、そもそもの例えが極端すぎる。
校則に死ねと書かれること自体ありえない。
「ありえないことなど、ありえないにゅ! お前も昨日ありえない出来事を体験したばかりにゅ!」
「昨日と言っても……あれは夢の中の話で……」
自分で言っておきながら、これは苦しい説明。
朝、俺の腕に夢ブレスが存在しなければ。
今、目の前に珍獣が存在しなければ、全て俺の見た夢で済むのだが……
「お前は夢ブレスの力でヒーローになったにゅ。夢ブレスがなければただの凡人。とっとと取り返しに行くにゅ」
いつの間にヒーローになったのであろうか……
いや。確かに昨晩の夢では、俺もノリノリだった気もするが……
「戦わにゅいなら夢ブレス代を支払うにゅ。1000万円にゅ」
……マジかよ。
やっぱり怪しいストーン商法じゃないか。
当然。貧乏学生にそのような大金はない。
「……どうしたにゅ? 昨晩シーたんと少女を助けた勇敢な姿はどこへ行ったにゅ?」
どこへ行ったというか……元々そのような姿は存在しないのだ。
あれはあくまで夢の中の話。
夢の中なら怪我しようが死のうがなんともない。
誰でも勇敢になれるというもの。
「にゅ? なにを言ってるにゅ? 夢世界で死んだら死ぬにゅ」
「へ? だが……俺は死亡間違いなしの怪我を負ったが、治ったではないか?」
「普通は治らないにゅ。シーたんが助けなければお前、死んでいたにゅ」
マジかよ……
ということは何か?
この目の前の珍獣は俺の命の恩人。そういうことなのか?
「そういうことにゅ」
そういうことらしい。
「ということは何か? 寝ている時、夢の中でその悪夢獣とやらに襲われたら死ぬ。そういうことか?」
「そうにゅ」
やれやれ……しょせんは珍獣。
自分の無茶苦茶な言い分に気づいてないらしい。
「仮にお前の言うことが本当だとする。だとするなら、原因不明の死者が多数出るはずだ。だが、ここ日本においてそのような事実は存在しない」
……多分。
正確に統計を見たわけではないが、そのような事実があるならニュースになるはずだからして間違いない。
「むにゅ……シーたんの説明が悪かったにゅ。死ぬといっても精神的な死にゅ」
精神的な死?
廃人化。植物人間になるということか?
「ヒドイとそれもあるにゅ。でも、だいたいは──ひきこもりになるにゅ」
……なんと身近な問題というか微妙な問題……
死ぬとかいう話題から一気にスケールダウンしたな……
「なにを言ってるにゅ! 今やひきこもりは立派な社会問題にゅ!」
まあ、確かにそうかもしれないが……
「今や日本のひきこもり人口は約70万にゅ! ただでさえ少子高齢化社会だというにゅ、これ以上、悪夢獣を放置しては日本は滅亡するにゅ!」
うむむ……
この珍獣……もしや俺よりよほど博識なのではないか?
いやいや!
俺とてコーナン君全巻読破の偉業を成した豪の者。
見るからに脳みその小さな珍獣に負けては、人類の恥である。
「だとしてもだ。俺は学生。少子高齢化というのなら、俺がしっかり勉強して社会に出ることこそが肝要。そうだろう?」
「むにゅにゅ……確かにそうにゅ」
俺の正論に少々しょんぼりして見える珍獣。
本人が言うには、いちおう俺の命の恩人だという。
やれやれではあるが……
「放課後まで大人しくしていてくれ」
夢田はバッグを手に取り、水を流してトイレを後にする。
「夢ブレスもふくめて、その後でお前に付き合ってやる」
恩人を無下にするのは恩義に反するというもの。
手にするスポーツバッグにおさまり大人しくする珍獣。
可哀そうだからバッグのチャックは閉めないでおくか。
・
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・
教室に戻ったその後。
夢田は無難に授業を消化していた。
「うーい。次は体育やでー」
「おうさ。さっそく着替えるっぺー」
女生徒は着替えのため更衣室へ向かい、残された男子たちが着替えをはじめる。
夢田も着替えのためスポーツバッグを開けるが──
「にゅ?」
スポーツバッグにおさまる珍獣と目が合っただけであった。
「……むう……ひとつ疑問なのだが……」
「にゅ?」
「昨晩、バッグの中に体操服を入れておいたはずなのだが……」
「シーたんが入るのに邪魔だから部屋に置いてきたにゅ」
……なるほど。
小ぶりなバッグのため、体操服と珍獣。
同時に2つは入らないというわけか。
それなら仕方がない……
「わけないだろうが! 体操服もなしに体育の授業をどうしろというのだ?」
「Tシャツとパンツでやるにゅ。体操服と見た目そんな変わらないにゅ」
大違いである。
男子校ならともかく、ここ権道高校は共学。
女生徒もいるなか、一人そのような姿で授業に参加したのでは、変態野郎として便所飯が確定する。
「やむをえん……先生に説明して見学にしてもらうか……」
・
・
・
「なにいい? 体操服を忘れたから見学したいだと?」
夢田が向かう相手。
いかにも体育教師といった油の乗り切った40代男性教師。
「夢田。お前の自宅までどのくらいだ?」
「30分ほどです」
「走って取ってこい」
……なるほど。
徒歩30分であるならば、走れば往復30分あれば帰って来れる。
って、帰るころには授業が終わっているではないか!
だが……まあ、体操服を忘れた俺に非があるわけで。
「分かりました。行ってきます」
それ以外に返答はないのである。
・
・
・
「ほっほっ」
1人、スポーツバッグを肩に学生服のまま駆ける夢田。
「にゅー。学生も大変にゅ」
そのバッグから珍獣が顔を出し、流れる景色を楽しんでいた。
「ほっ。もとはといえば、ほっ。お前が原因だからな。ほっ」
「にゅ? どうせ体育の授業で身体を動かすなら一緒にゅ」
確かに。
マラソンの授業だと思えば……
「いやいや。体操服で走るのと学生服で走るのでは、疲労が全然ちがうではないか」
特に靴の差が大きい。
学校指定の革靴で走るのと。
体育用のスポーツシューズでは走りやすさがダンチである。
「ふー。ふー。とりあえず、自宅から体操服は回収した。あと半分だ」
ここまでの所要時間は15分。
次の授業まではお昼休みをはさむからしてあと60分。
余裕の行程。となれば──
「少し水分補給をしていくか」
「にゅ? コンビニいくにゅ? シーたんおやつ買って欲しいにゅ」
……自販機で充分なのだがな。
「いらっしゃいませー」
まあ、この珍獣には自宅へ往復するのに付き合ってもらっているわけで。
いや、元はといえば珍獣の奇行が原因ではあるが……
「ほれ。好きなものを選んで良いぞ」
「やったにゅー」
それでも、1人で走って帰るのに比べれば、話し相手がいるだけで心強いというもの。
お菓子を買うと約束したことでもあるしな。
「シーたん、これ欲しいにゅ」
珍獣が差し出したのは、いわゆる玩具付きおやつ。
もはや、玩具が本体なのかお菓子が本体なのか微妙であるが。
「食べるものはほとんどないが、文句は受け付けんぞ?」
「良いにゅ。あとで人形で遊ぶにゅ」
やれやれ……まだまだ子供で困るな。
「はーい。おやおや。夢田くん。まいどありがとうございます」
近所のコンビニ。
お得意様である夢田は顔なじみであった。
「いやーまいったよ。今日は近田さんが急にお休みでねえ」
近田さんは、コンビニではたらく若いお姉さんである。
どうせレジしてもらうなら近田さんが良かったのだが、今日は休みのようだ。
「大丈夫なんですか?」
「今日は昼からのシフトなんだけど電話もつながらなくてね……1人暮らしだっていうし、こんなこと初めてだから心配だよ。後で寄ってみるかねえ」
今や孤独死も社会問題の1つ。
お年寄りだけではない。若者であっても突然死はありえるだけに心配である。
「にゅにゅ……悪夢獣を感じるにゅ」
「なに? どういうことだ?」
「その近田という人の話題が出た時にゅ。悪夢獣の存在を感じたにゅ」
「……それはもしかして、近田さんが夢で悪夢獣に襲われている。そういうことか?」
「可能性はあるにゅ。行ってみるにゅ!」
「いや……無理だ」
「なんでにゅー!」
なんでも何も次の授業が始まるまであと50分。
走って帰ってお昼を食べる時間も必要となれば、これ以上に寄り道をしている暇はないのである。
「薄情者にゅ! 見捨てるにゅ!」
そもそもが珍獣の言う内容が嘘か本当かすら、まだ分からない。
今はっきりしているのは、珍獣が存在する。ただそれだけだ。
「それだけで十分にゅ。行くにゅ!」
確かに常識で存在しない珍獣が存在するのだ。
珍獣の言う悪夢獣というものが存在しても不思議はない。
だとしてもだ──
「そもそも、悪夢獣と戦うにも夢ブレスがない」
「……にゅ? にゅにゅー!」
コンビニを出た夢田は、学校を目指して走り続けていた。
「だから言ったにゅ! 夢ブレスを渡したら駄目にゅって!」
いや。仮に夢ブレスがあったとしても、俺は学校を目指すだろう。
「俺のほうこそ言っただろう。俺は学生。付き合うのは放課後だけだと」
なんといっても学生の本分は勉強。
珍獣の戯言に付き合うのは、余暇の時間だけに留めねばならない。
その後も、何かと
「ぶーぶー」
うるさい珍獣をなだめすかして走り続け、なんとかかんとか夢田は学校まで帰り付いた。
次の授業まであと30分。
いつもの場所で昼にするとしよう。
夢田は校舎の裏庭。ひっそり隠れるように設置されたベンチに腰かける。
「授業が終わったら夢ブレスを受け取って、すぐ近田の家に行くにゅ。分かったにゅ?」
「分かったって。それより、ほら。バッグから弁当を取り出してくれ」
「はいにゅ」
一度顔を引っ込めた珍獣が、弁当箱を手に再び顔を出す。
体操服は放り出したくせに、弁当だけはしっかり取っておいたようだ。
「お前にも分けてやるから機嫌を直せ」
「当然にゅ。パクパク。でも、パクパク、シーたんを食べ物で釣れると思ったら、パクパク、大間違いにゅ」
大間違いでも何でも機嫌を直してくれたなら幸いである。
なんだかんだで朝からずっと一緒にいるのだ。
相手が毛むくじゃらの珍獣であっても、多少の情が沸くというもの。
「にゅ? なんにゅ? その目……まさか……シーたんの身体を狙っているにゅ?!」
「アホか。動物としてだな。ちょっとは可愛いかも。そう思っただけだ」
「怪しいにゅ……お前は女とみるとすぐ襲い掛かるような変態にゅ! 油断禁物にゅ」
なんという失礼な物言いであろうか。
品行方正。権道高校の英国紳士と名高い、この夢田太郎。
公共の場で女性を相手に欲情するなどありえない。
「そもそもがだ……お前。メスなの?」
「にゅにゅー?! セクハラにゅ! 訴えるにゅ!」
またかよ……
なんでもかんでも訴えるとか……これも時世の流れというものか。
それでも、訴えられてはたまらない。
「悪かった。俺の失言だ。ほら。おかずをやるから許してくれ」
「にゅう……毎回毎回シーたんが食べ物に釣られると思ったら大間違いにゅ。はぐはぐ」
やれやれ。こいつの食い意地が張っているおかげで助かった。
「それにゅしても。はぐはぐ。なんでこんな隅っこで食べるにゅ?」
ベンチの周囲は生垣が植えられ目立たない。
ちょっとした隠れスポットである。
「……校内の喧騒を離れて1人。自然を愛でながらの食事も良いだろう?」
「……やっぱりぼっちにゅ」
いやいや。人間。1人になりたい時もあるやん? そうやろ?
だいたい食事中にペチャクチャお喋りとか、行儀が悪いにもほどがある。
英国紳士たるこの俺は静かにマナーを守って食事しているだけであって……うんぬんかんぬん。
「これからはシーたんが一緒に食べてやるから感謝するにゅ」
マジかよ?
みんなでワイワイ食事とか……最高やん。
「弁当は毎回お前が用意するにゅ。ちなみにシーたんはハンバーグが好きにゅ。忘れないようにゅ」
友達料金というわけだ……やはり世の中甘くはない。
「ほらーこっちこっち。こっちで食べようよ」
「待ってよー」
ベンチで食事をとる俺たちの元へ、ドタバタ足音が聞こえていた。
「こっちこっち……あ……」
生垣から顔を出した女生徒が3人。
夢田の座るベンチを見て固まっていた。
マズイ……
まさかこのような場所に他の生徒が来ようとは……
今の俺を第三者が見たならば──
ベンチでぬいぐるみを相手に独り言を述べながら食事するヤバイ奴。
そう見えるだろう。
「お前はもともとヤバイ奴だから問題ないにゅ。ぱくぱく」
「静かに。黙ってろ。動くな。ぬいぐるみの振りをしろ」
だが、それよりもっとマズイのは……
動く珍獣であるシーたんの存在が明るみになることだ。
保健所が即座におとずれ、回収。
殺処分となることは間違いない。
せっかく出来た友達。まあ、多少の出費は必要だが……
とにかく、このようなところで失うわけにはいかない。
よって──
夢田はシーたんを抱え上げ、その口元におかずを差し出した。
「はーい。シーたん可愛いでちゅねー。ほーら今度は卵焼きを食べまちょうねー」
俺はぬいぐるみを相手に、おままごとを楽しむ狂人。
ここは、その誤解のままに押し通す。
「やばっ……やばすぎるって……あれ……」
「だね……いこう。他にもベンチが空いてると思うし……」
「う、うん……」
女生徒3人は、ヤバイものを見たとばかり、いそいそと立ち去ろうとしていた。
……屈辱である。
しかし、俺が汚名を着る事で友人を守れるのなら……本望である。
「急になんにゅ? お前キモイにゅ。食べにゅけど」
……本望である。
「……あれ?」
最後に立ち去ろうとした1人。
夢田とシーたんの顔を見て足を止めていた。
「どうしたの?」
「う、うん……あの人……どこかで会ったような気がして……」
自慢ではないが権道高校の女生徒に親しい知り合いはいない。
よって、見知っているはずなどないのだが……
チラリ。不思議顔のまま立ち去る女生徒の顔を盗み見る。
……確かに見知った顔であった。
「シーたん……今の女生徒。もしかして」
「そうにゅ。昨晩、夢世界で助けた少女にゅ」
服装が異なるため分かりづらいが、確かに。
昨晩、幼稚園で助けた少女教諭。その人だ。
「俺たちのことをよく覚えていないようだったが?」
「当たり前にゅ。だって夢にゅ。起きればすぐに忘れるにゅ」
確かにそうである。
「彼女。同じ高校の生徒だったのか……それが、なぜ昨晩は日ノ本幼稚園の教諭の姿をしていたのだ?」
「少女の夢世界だからにゅ。将来、幼稚園の教諭になりたいという。その願望の世界にゅ」
なるほど。
自分の描く夢。将来の希望、願望。
それを形として見るのが夢の世界。
「というか……俺の夢じゃなかったのか……だとするなら、なぜ俺は彼女の夢に入り込んだ?」
「そんなの知らんにゅ」
他人の夢へ勝手に立ち入るとか傍迷惑すぎるだろう……俺。
あまつさえ、エロエロ行為におよぼうなど……死にたい。
「にゅけど、これからは夢ブレスで他人の夢へ自由に入れるにゅ。早く夢ブレスを取り返すにゅ!」
ふむむ。
それが本当なら、夢ブレスというのはとんでもない代物。
「分かった分かった。放課後すぐに先生のところへ行く。それまで待て」