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──第1話 誕生 ドリーム全開! ドリーム太郎。前編──

 俺の名前は、夢田ゆめだ 太郎たろう。17歳。

 市内の高校に通う2年生。


 ……のはずが……いったいこれはどうしたことか?


ベッドで眠りについたはずの夢田の前に広がる一面の荒野。

どこまでも続く赤茶けた地面に高々とそびえる巨大な岩石は、明らかに日本の景色にない。


 俺はいつの間に海外旅行に来たのだろうか?


 ……いや。

 パスポートすら持っていないのだから、ありえない話。


 ありえない事が起きるという……

 つまり──いまここは夢の中というわけだ。


 そして、夢の中で夢だと自覚する。

 今の俺は、いわゆる明晰夢の状態にあると分析する。


 やれやれ……夢の中だというのに、俺の推理はハンパないな……

 ま、自慢じゃないがコーナン君を全巻読破しているのだ。

 推理力には少々自信がある。


 しかし……今が夢の中だというのなら……

 これはラッキーな状況にあるといえよう。


 何せ自分の夢の中なのだから、何でもやり放題。

 現実では出来ないことも、可能な状況にあるわけだ。


 問題は夢の中で何をやるかだが……

 やはり……ここは男子高校生らしくだな……

 エ、エロエロな行為が良いのではないだろうか?


 いや! 真面目で清廉潔白。

 学校では生徒会に所属するこの俺だ。


 エロイ行為など、本来、欠片も興味はない。


 しかし、だ。


 おそらくは同級生たちがエロエロ三昧な日常を送るなか、俺だけ経験がない。

 話についていけないとなれば、イジメの恰好の標的になることが考えられる。


 それはマズイ。

 となれば、今このチャンスに学ぶのだ。

 そう。つまりは、エロエロ行為もまた勉強である。


「というわけで、エロいお姉さん。出て来てくださいお願いします」


しかし、夢田が手をかざしエロイ夢を念じるも……周囲に何の変化もない。


 おかしい……夢のくせにどうなっているのか?


 だが、まあ宅配ピザでもないのだ。

 夢の中とはいえ、来いといって来るものでもないのだろう。


 分かった。エロエロ女が来ないのなら、こちらから探しに行けば良い。

 幸いにも今の俺は学生服に靴まで履いている。

 歩く分に支障はない。


夢田は1人、荒野を歩き出した。



歩き続けること30分。

周囲は、赤茶けた地面と岩が点在するだけ。

夢田が歩けど歩けど荒野はどこまでも続いていた。


 ハア……ハア……しかし、なぜ夢の世界が荒野なのか?

 まさか、俺の心が荒野のように荒んでいるとでもいうのだろうか?


 しかも……ハア……ハア……

 ゆ、夢のくせに疲れてきたぞ。


見上げる太陽は高く、真昼の荒野。


 このままでは……脱水症状で死ぬのでは?

 いや。夢の中だからして、死にはしない。

 ただ、夢から目覚めるだけだろう……たぶん。


 とにかくだ。

 いまだエロエロな夢を見もせず、目覚めるわけにはいかない。


 人……人だ……

 人を見つけねばならない。


 もちろん出会うのならエロエロ女を希望する。

 が……もはや、今は性別に拘っていられる状況にない。

 ジェンダーフリーが叫ばれるこのご時世。

 相手が男だろうが女だろうが……第一遭遇者とエロってやる……


暑さと疲労の影響か、危険な思考で歩み続ける夢田の視界に写るものがあった。


荒野の先にポツンと見えるのは、鉄筋コンクリートの建造物。

2階建ての建物の周りには庭が広がっており、その周囲を鉄柵で囲まれていた。


 荒野の真ん中にビルが1つ……怪しすぎるにも程がある。

 何かの罠だろうか?

 だとしても、人口の建造物があるということは、人がいるということ。

 調べる以外の選択肢はありえない。


夢田は迷わず建物を目指して突き進む。


 しかし……あの建物。

 何か見覚えのある作りをしている。

 明確に記憶があるわけではないが、似たような建物を見た覚えがある。


建物事態は変哲もない鉄筋コンクリート造り。

ただ、広がる庭には特徴的な建築物が立ち並んでいた。


「これは……ブランコか?」


それだけではない。

すべり台。ジャングルジム。シーソー。砂場。


その庭には、いわゆる子供向けの遊具が敷き詰められていた。


 遊具。ということは……この建物は……


夢田は建物の周囲をおおう鉄柵に歩み寄る。

入口と思しき場所には、表札が掲げられていた。


日ノ下幼稚園。


 ……どうりで見覚えあるはずだ。

 自宅近くのお嬢様幼稚園。


 しかし、なぜ荒野のど真ん中にその幼稚園が?


 ……いや。夢に整合性を求めても仕方ない。

 なんでもありの混沌状態。それが夢なのだ。


夢田は自身の身だしなみを軽く整え、学生服の汚れを落とすくらいだが。

入口と思わしき正門をくぐり抜ける。


「ごめんくださーい。どなたかいませんかー?」


「むにゅーっ!!」


夢田の挨拶にあわせて、庭の奥。

建物の中から幼げな叫びがこだまする。


 幼稚園だけに園児でもいるのだろうか?


ガチャリ。


門をくぐり庭を抜け、夢田は建物のドアを開け放つ。


「……お?」


ドアの先に夢田が見たのは──室内に立ちはだかる巨漢の背中であった。


 いや……巨漢とは言うが、そもそもアレは人間なのだろうか?


 確か身長の最長記録は、2メートル50センチ程度だと聞く。

 だが、ざっと見て相手の身長は俺の2倍。3メートルを超えている。


部屋に入る夢田に気づいたか、巨漢が振り返る。


「なっ!?」


さらにはその様相。

茶色い服をまとってはいるが、その顔全体が長い灰色の毛におおわれていた。

まるで獣の様相。


「むにゅー! や、やめるにゅー!」


先ほど夢田が効いた声は、その獣の手の中。

巨漢が幼子を捕まえ片手で持ち上げていた。


「なっ、なっ、なっ?!」


 いったいぜんたい俺の夢はどうなっている?


 夢に幼稚園が出てきたのは、俺がロリコンだから分かるとして。

 いや。俺はロリコンではないが……それは後だ。


 なぜこのような怪物が?


「ハッ、ハッ、ハッ」


 荒々しく息を継ぐその様は、2本足で立つ獣そのもの。

 こいつは、まるで狼のような……そう! まさに狼男そのものだ。


 しかし……エロエロな夢を見たいと願った結果が、なぜ狼男なのか?

 まさか、この俺に獣姦願望があったとでもいうのだろうか……


「は、放しなさい。その子を」


いきなりの狼男との対面。

硬直する夢田をよそに、その横から声がかけられた。


横目で見やるその姿は、普通の人間。


背は夢田より少し低い、10代後半と思われる女性。

私服にエプロン姿のその姿は、例えるなら保育士。


 いや、ここが幼稚園だというなら幼稚園の教諭か?


 だとするなら、園児を守ろうとするのは理に適うが……

 だとしても、無謀すぎる。


「ガルル。ガオーン!」


園児を吊り上げたままの狼男が少女教諭へ向き直る。


 相手は身の丈3メートルを超える獣人。狼男。

 教諭とはいえ少女が1人でどうこうできる相手にない。

 このままでは、赤ずきんのごとく食べられるのが落ちである。


狼男が夢田に背を向け、少女教諭の元へと歩き出す。


 まったく……どいつもこいつも……

 他人の夢の中で勝手な真似を……!


ドカーン


室内に駆け込んだ夢田は、肩から狼男の背中に体当たりしていた。


「ガルッ?」


 確かに俺が希望する夢は、R18に該当する内容。

 だからといって、スプラッタなR18を見せられても困るという。


 夢とは楽しいもの。

 ドキドキしてワクワクして。

 起きたあと楽しい夢だったなと、気持ち良く終わるものだ。


 そして……これが俺の夢だということは。

 これは、ヒーロー物の夢だということだ。


 なぜなら今日は。いや、昨日はというべきか。


 毎週末の朝から放送しているヒーロー番組を見終えたばかり。

 この夢はその影響だろう。

 俺がヒーローとなって、狼男から園児を守る。

 そういう筋書きというわけだ。


 やれやれ。あいかわらずの推理力……天才すぎて困るな……


 この後、狼男を退治したそのあかつきには……ぐふふ。

 少女教諭を相手に、むふふな夢の続きを楽しめる。


 そういうことであるのならば──


体当たりしたにもビクともしない狼男。

ノソリ。面倒そうに夢田を振り返る。


その瞬間。夢田は軽くジャンプ。

園児を捕まえ掲げる狼男の腕を目がけて。


「ふおー! ヒーローチョップ!」


力いっぱい手刀を振り下ろした。


ドカーン


分厚い木材を叩いたような衝撃。

狼男の腕から園児が転げ落ちる。


「ぶにゃっ!?」


 ドスリ。園児は2メートル余りの高さから床に落下するが……まあしかたない。

 狼男に食われることを思えば、骨の1本や2本。かすり傷。


ついで、夢田は床に落ち転がる園児の身体を蹴とばし片付ける。


「ぶぎゃー!」


コロコロ。園児は床を転がり少女教諭の元へたどり着く。


「ひ、ひどい! こんな小さな子になんてこと!」


 そうは言うが、あのまま狼男の足元に転がれば、3メートルの巨体に踏まれ園児は死亡する。


 そう思えばこその咄嗟の判断。

 褒められはしろ、非難されるいわれはない。


 が、傍目にヒーローらしくないのもまた事実。

 ならば、ここからヒーローらしく狼男を討ち取り挽回するまで。


「園児を連れて離れていてくれ。ヤツの相手は俺がする」


バックステップで1歩後ろに飛びすさる。


「いくぞ! 怪人狼男! とどめのヒーローキックを食らえ!」」


距離を置き、勢いをつけての空中飛び蹴りである。


 やれやれ……これでヒーロー番組のとおり、怪人は爆発四散。

 後はお楽しみタイムという筋書きなわけで──


ズガドカーン


瞬間。すさまじいまでの衝撃音が辺りに鳴り響き。

宙を舞い、吹き飛ぶのは──夢田の身体であった。


「ごほっ……な、なにが……」


夢田の飛び蹴りにあわせて、狼男が右腕を振るう。


ただそれだけで、夢田の身体はトラックに跳ねられたように吹き飛び、壁に叩きつけられていた。


「ごほっ……ごっ」


ずり落ち床に倒れ伏す夢田に見向きせず、狼男は少女教諭へと向き直る。


「ひっ! や……やめて」

「こにょー! やめるにゅー!」


何やら遠くで少女らしき悲鳴が聞こえる……

ということは、鼓膜は無事というわけか……


だが──


「ごほっ……ごほっ」


 吐くばかりで、息ができない……

 肺がやられた? 折れた肋骨が刺さったか?


呼吸ができない。すなわち窒息死である。


 いや……待て……

 俺の夢で、なぜ主人公である俺が死なねばならないのか……

 そもそもが夢なのに痛いというのも、おかしな話……

 理不尽にも……程がある!


ぐぬぬ。気合とともに、夢田は膝に手を当て立ち上がろうとする。


しかし、遠くで何やら蹴とばす音とともに──


「うにゅー!」


ドゴーン


吹き飛んで来た園児の身体が、夢田のお腹を直撃していた。


「ごぼぉっ?!」


せっかく立ち上がりかけた夢田だったが、再び背中から倒れ落ちていた。


「うにゅう……うにゅっ?! ごめんにゅ。だいじょうぶにゅ?」


夢田の身体がクッションになったのだろう。

起き上がる園児は、踏みつぶす形になった夢田を見やるが。


「うにゅ……だいじょうぶじゃないにゅ。シーたんに力がないばかりに……ごめんにゅ。成仏するにゅ」


その身体の傷を見て、声を落とした。


「……いったい誰が成仏するだって……?」


自身のお腹に座り込む園児を持ち上げ、夢田は立ち上がる。


「にゅ?! う、動けるにゅ? その怪我でなんでにゅ」


 いったい何を驚くか?

 自分の夢で自分が死んでどうする。


「ごほっ?!」


 しまった。

 ただでさえ肺の酸素残量が少ないというのに、喋ったのではますます酸素を消費する。


「やっぱり無理にゅ。胸骨陥没。折れた肋骨で肺がぐちゃぐちゃになってるにゅ。おとなしく成仏するにゅ」


 園児のくせに難しい言葉を使うが……

 そもそもが肋骨だとか肺だとか……関係ないだろう!

 しっかり立て! そして、息をしろ! これは俺の夢なのだから!


「ごほっ……すー……ごほっごほっ! すー」


夢田が息を吸うのにあわせて、血まみれの胸が動き始める。


「にゅにゅっ!? ……傷が癒えていってるにゅ?」


淡い光が集まり、潰れた肺が、折れた骨が、その姿を戻していく。


「ただの凡人にみえて凄い夢パワーにゅ……」


 誰が凡人か? いちいち小うるさい園児だ。


 いや……今まで遠目だったため、気づかなかったが……

 こいつの身体も、狼男と同様の毛むくじゃらの獣である。


その姿は、まるで2足歩行するぬいぐるみ。


 こいつ……もしかすると園児ではないのではないか?


「ごほっごほっ」


 いかんいかん……くだらん思考に意識をとられては……

 まずは傷を治すのに集中だ。


「お願いにゅ。シーたんに力を貸してほしいにゅ」


そんな夢田の前で、園児あらため小さな獣が頭をさげていた。


「狼男を、悪夢獣を倒すのを手伝って欲しいにゅ」


獣といってもまだ子供だろうに。

3メートルを超える怪人。狼男と戦おうという。

その身体は、ちいさく震えていた。


 この珍獣が何者かは分からない。が──


「言われるまでもない」


 言ったはずだ。

 これは俺が見る夢。ヒーロー物の夢である。と。


「怪人狼男を倒すのは、ヒーローたる俺の役目だ」


 ヒーローが怪人を倒さずして。

 獣とはいえ子供の願いを叶えずして、夢から目覚めるわけにはいかない。


「ごほっ」


 とは言ったものの、まだ息が苦しい。

 おのれ……俺の夢だというのに傷の治りが悪いのではないか?


「それじゃ、これを身に着けるにゅ!」


そう言って珍獣は毛むくじゃらの身体から腕輪を取りだした。


「ごほっ……なんだそれは?」


「夢ブレスレット。身に着けるとヒーローになれるにゅ」


 怪しすぎる売り文句……いわゆるこれはパワーストーン商法。

 俺のような貧乏学生を狙わず、もっと金持ち相手にセールスすれば良いものを。


「ごちゃごちゃ考えず、とっとと腕にはめるにゅ!」


「あっ? こら。やめないか!」


 そんなお金はないというのに……珍獣は夢ブレスを夢田の腕にはめていた。

 なんてことだ……代金を稼ぐのに、どこか良いアルバイトはあるだろうか……


ピカリーン


腕に着けたとたん、夢ブレスが金色の光を放つ。


「身体の調子はどうにゅ?」


 どうと言われても、そんなすぐに効果が出るのならパワーストーンは馬鹿売れである。

 だが……おや?

 嘘か本当か。確かに珍獣のいうとおり、先ほどまでの痛みが消え去っていた。


「当然にゅ。夢ブレスは本人の持つ夢パワーを10倍に引き上げるにゅ」


 マジかよ! 夢ブレス凄すぎる!

 こんなありえん効能。まさに夢のようなブレスレットや!

 と、よく考えれば今は夢の中だった……それなら納得。


 とにかく。夢ブレスにより俺がヒーローとなったのは事実。


「待たれい。そこな怪人狼男!」


夢田は先ほど吹き飛ばされた狼男の元まで駆け戻った。


「他人の夢を勝手に淫夢に変えようなど不届き千万な行い……例え天が許しても、この俺。夢に生きる孤高のヒーロー。夢田太郎あらため……」


夢田が伸ばす右拳。


「このドリーム太郎が容赦せん!」


その指先が、ビシリ。狼男に突きつけられた。



──第1話 誕生 ドリーム全開! ドリーム太郎。前編──


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